第126話 【最終回】英雄の後日談

 そこにエレナがいた。

 長い金髪に青い瞳、その特徴はどちらかというとリリスのものだが、その背中には翼は無く白い布に身を包んでいた。


「本当にエレナ?」

 それは相手を傷つける質問だとは感じたが、どうしても聞きたかった。


「そうねぇ、私は女神フォルトナであり堕天使リリスでもある。

 元々一つだった存在が別れ、そして再び一つになったの。

 私の心には2つの記憶があるのだけど、リリスの堕天使としての意識は浄化されフォルトナに吸収された。

 だから私の人格はフォルトナのもの……、いいえエレナ、私はフリューの知っているエレナのままよ。」


「僕は……」

 自分の気持ちがぐちゃぐちゃになり、何も言えなかった。

 だからエレナを強く抱きしめて気持ちを伝えた。


「そうよ。 私はエレナ、あなたに愛されていて、そしてあなたを愛しているエレナよ。

 知ってる? 実はリリスもあなたに魅せられていたの。

 だから今はあなたのことが

を二倍愛しているのよ。」

 

 肉体は傷ついたリリスの身体を治癒魔法で修復した。

 そして女神と堕天使が一つとなり人となった精神を宿した。

 その選択により永遠の命は失われたが、女神フォルトナは人であるエレナとなり再生できたことが何より嬉しかった。


「私はもう女神でも堕天使でもない、きっとここままフリューと一緒に年老いて死んでいくんだわ。

 それまで、私はたくさん子供を作って育てなければならないの、人の一生は短いのだから。」

 エレナはそう言って僕の胸の中で微笑んだ。

 


ーーーーーーーーーーーーーーー


 それから15年が経過した。


 「勇者学園の入学式を開始します。」

 宰相ロメが入学式の開式の宣言をした。


 勇者学園は、ローゼンブルク王国の王都に設立された学園であったが、各国が出資し国を超えて世界で活躍する人材を育てるための学校であった。


 貴族も平民も身分の隔たりはなく、各国から12歳から15歳まで入学資格が与えられ、厳しい入学試験を突破した優秀な子供達が集まっている。

 その教育方針は、各国の思想に偏ったものでなく平等であり、裏には世界に散らばった学友が国の指導者になることによって平和を維持し、来たるべく世界の危機に備える意味合いがあった。


 ローゼンブルク国王のアウグストは入学式に毎年参列していたが、今年はその妃リンを伴い来賓代表ではなくとしての参列していた。


 アウグストはリンに小声で耳打ちをする。

「なぜ同じ年に子供達の入学が重なったんだ? これでは我が子アーサーが首席をとるのは無理だぞ」


「ふふふ、良いじゃないですか? あの逸材たちと学友になるんですよ。

 昔から知らない仲じゃありませんし。」


「逸材なものか、問題児たちだろ?

 あいつらの子供達だぞ!」


「おほんっ」

 

 ロメの咳払いでアウグストは我に帰り静かになった。

 

「新入生入場!」


 ロメの号令で講堂の扉が開かれ、500人を超える新入生が入場した。


 先頭は入学試験の主席であり、この学園長の娘である

   テミス=イスマイル

であった。

 

「生徒代表宣誓」


 司会のロメの言葉で、壇上にテミスが登壇したが、その姿を見て会場がざわついた。

 テミスは長い翡翠色の髪で耳の尖った生粋のエルフで、男子生徒たちはその姿に見惚れていた。


 来場者はその美しい学園主席の才女が何を語るか息を飲んで見守った。


「宣誓! 私はこの学園にいる間、絶対に首席の座を譲らないことを誓います。」


 テミスの言葉に再び会場がざわつくと、テミスは生徒たちを見渡し生徒たちに言った。


「あんた達、私は誰の挑戦も受けて立つわ。

 私を倒して見せなさい!

 そうしたら私がデートしてあげる! 私は女子でもいけるクチよ。」


「「「おお!!」」」

 その宣誓に生徒たちは沸き立った。


 型破りな生徒代表の宣誓の次に登壇した学園長は頭を抱えていた。


「おほんっ! 学園長のことば」


 登壇した学園長は、テミスの姉の様に見えたがエルフ故に本当の年齢は誰にも分からなかった。


「初めまして諸君、私が学園長のラヴィーネ=イスマイルよ。

 さて諸君らはこの学園で何を求める?

 私は諸君らが求める全ての知識を授けよう。

 武を求める者には、最強の師を用意しようではないか。」



「叔母も意外とまともな事を言うではないか」

 ラヴィーネの話にアウグストが独り言を言った。

 しかし、ラヴィーネの言葉は続いていた。


「たった今、首席の生徒が在学中最強でいる事を誓った訳だが……、お前たちに野心はあるか?

 魔術を志す生徒は、在学中にテミスを倒せ、さすればその生徒に私への挑戦権を与えようではないか!

 もちろん、上級生も含めてだ!」


「「おおーー!」」

 伝説の大賢者と戦える栄誉に会場が沸き立った。


 武術科の生徒から声が上がった。

「武術科の生徒は参加できないのですか?!」

 

 その声にラヴィーネは思案して答えた。

「うーん、そうだなぁ……、では今年の武術試験で満点を取った

   アレス=ブレイズ

を倒してみせなさい。

 勝者には私にコネを使って勇者アイリスへの挑戦権を約束しようじゃないか!」


 「「うぉーー!!」」

 今度は武術科の生徒が沸き立ち、テミスの横に座った赤い髪の精悍な顔つきの少年に挑戦的な目が向けられた。


「まったくお義母かあさんも何を勝手なことを……

 僕は大人しく穏やかな学園生活を送ろうと思ってたのに……」


 ボヤくアレスをテミスが嗜める。

「諦めなさい、それも勇者のジョブを持って生まれた定めよ。」


「姉さん……それは人前で言わない約束でしょ?」

 アレスは、初日から平穏な学園生活が遠ざかるのを実感して肩を落とした。


 その時、一人の少女が挙手をして立ち上がった。

 その少女は銀髪に金色の瞳、白い肌の父親似の美少女で、入学試験でテミスに次ぐ次席の才女だった。

 また、魔術科と武術科の両方に在籍する魔法戦士であった。


「どうぞ、何か言いたいことがあるのね。」

ラヴィーネに促されれ少女は願い出た。


「私はミレディ=ルクトヴァニアです。

 私は英雄フリューへの挑戦権を求めます。」


 その発言にラヴィーネは目を丸くした。


「困ったわね、フリューなら快く応じてくれるとは思うけど……、それに見合う条件はどうしようかしら?」


 ラヴィーネが会場を見回すと、アレスの横に座っていた女の子が立ち上がった。

 プラチナブロンドのショートカットで青い瞳を持ち、10歳にして飛び級で受験し学力ではミレディに次ぐ3位、武術ではアレスに次ぐ2位の力を持つ影の最強生徒

   アウロラ=オーランド

その人だった。

 

 アウロラはミレディを指差して言った。

「そこのヴァンパイアハーフ!

 パパに挑戦したければ私を倒してからにしなさい!

 私は誰の挑戦でも受けるわ!」


 見かけによらず勝気なアウロラは姉であるテミス同様、自信に満ちた啖呵をきった。


「やれやれね。

 じゃあそういう事で各自最強の座を目指して励みなさい! 以上よ」

 ラヴィーネはそう言い残し壇上から降りて行った。


 その間、アーサー王子は呆気に取られポカンと見ていただけだった。


 開校以来、最高の逸材が揃ったと言われた入学式は、予想に反して厳かな雰囲気の無いまま閉式した。


「ほらな問題児だろ?

 親も親なら子も子だな……」

 そう呟くアウグストに、リンは何も言い返せず、ただ息子アーサーの学園生活を案じた。


ーーーーーーーーーーーーー


 魔王国ファーレーンの魔王城のテラスに、すっかり大人になった魔王イブリンはいた。

 その横には護衛として使えるアイリスの姿があった。


 アイリスは、もう40歳を過ぎていたが、その見た目は30歳前の若々しい容貌を保っていた。


「今日は、アレスの入学式だったんでしょ?

 行かなくて良かったの?」


 イブリンに聞かれ、アイリスは答えた。

「アレスは、の子供たち3人の中では一番ですから心配ありません。」


 イブリンは、アイリスに返答にため息をついた。

「そういう意味じゃないのだけど……

 各国代表の合意とは言え、お前たちに離れて暮らすことを強いていることは申し訳なく思っています。」

 魔王イブリンが、いつも気にかけて言う言葉だった。

 その謝罪の言葉をアイリスは笑って答えた。


「いつも言っていますが、私たちは誰も恨んではいませんよ。」


「でも、最強の戦力を各国が別々に保有するなんて、あなた達を兵器扱いしているのですよ。

 私はアイリスが望むならフリューのもとで暮らして良いと思っています。」


 その言葉にアイリスは首を振った。

「あの人の元には私の聖剣を渡しています。

 私にはあの剣を通じてあの人の温もりを感じることができるんです。

 いつも一緒にいるので寂しくは無いのですよ。

 それに姫様に助けられなければ今の幸せは無かった、私は望んで姫様の側にいるのですから。」

 

「でも……、いいえ違うわね。

 ありがとうアイリス、私を殺しに来た勇者が私を守護しているなんて、私の魔眼でも予知できなかったわ。」


 イブリンはそう言って微笑んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 僕らは大海原にいた。


 僕は今、表向き自由交易船『シャドウブリンガー号』のキャプテン・フリューとしてこの船の船長をしてる。


 また裏の顔は、

   (と言っても各国の指導者には知られているが)

 どの国にも属さない平和維持組織『アンサング ヒーロー』のリーダーをやっている。


 世界を回ってトラブルを解決するというのが建前、実際は危険だからどこの国にも属するなというのが本音であり、各国首脳から押し付けられた肩書きである。


 とは言え、自由に船旅を続ける今の環境には満足していた。


 僕は今、後部デッキに作った艦長席という名のソファーでくつろいでいた。

 僕もおじさんと呼ばれる歳になり、手入れが面倒で無精髭なんか生やしたりしている。

 

「戦闘班長、次はどこ行くんだっけ?」

 僕の質問に、腕立て伏せをして身体を鍛えていた戦闘班長ウルが答えた。


「え? もしかしてそれをオイラに聞いてる?

 そういうのはさ、マーカス甲板長にでも聞いてよ。」

 そう言ってウルは腹筋を始めた。


「ははは! そんなに鍛えてばっかりいるから脳みそまで筋肉になるのよ。」

 僕の横でソファーに座り、昼間からワインを楽しんでいる副長アリタリアが酔っ払っていた。


 僕の首には後ろから抱きついている白い腕が巻かれていた。

 そしてその身体は光のオーラに包まれ、重力が無いようにふわふわ浮かんでいた。

 

「あのエレナ?

 普通人間はそうぷかぷか空に浮かないものだよ?」


「そう?」


 僕の首に抱きついているのエレナは、普通の事のようにぷかぷか浮かんでいた。


「それに君のいるべき場所はミース教国でしょ?

 長距離の瞬間移動なんて最強の魔術師ラヴィーネだって出来ないよ。」


 僕から注意を受けたエレナは言い訳をする。

「今ミース教国ではミース派とフォルトナ派で宗教戦争が起きそうなのよ。

 ほとぼりが冷めるまで逃げてきたって訳、

 それにね、教皇は私の言いなりだし実質私が国家元首みたいなものだから問題無いわ。」

 エレナは悪びれる事もなくそう言った。


「それよりも! 

 そこの泥棒猫、あなた抜け駆けするなら側室にでもなりなさい。

 私たちは、会いたいのをお互い譲り合って我慢しているのよ?」

 エレナがアリタリアに噛み付こうとするもアリタリアは華麗にスルーした。


「はぁ? 勝手に抜け駆けしてきて何が譲り合いよ。

 私は自由気ままな愛人で十分。」


「愛人ですって?」


 雲行きが怪しくなり僕はこっそり抜け出そうとしていた。


「ちょっと待ちなさい...」


「アリタリアが勝手に言ってるだけで僕は何も……」

 僕にはやましい事も無いはずなのに冷や汗が止まらなかった。

 

「ははは、信用ないのね〜

 そう言えば、あの正妻の座はどうなったの?」

 酔っ払ったアリタリアが余計なことを言った。


「ふふふ、それは当然私に決まってるじゃない! ねぇフリュー」


「そ、そうだね」

(ここは調子を合わせて逃れよう)


ーーードカンッ!ーーー

 その時雷鳴が響き、甲板に黒い剣が突き刺さった。


「ひぃ!!」

その精霊の剣シャドウブリンガーは、腹筋をしていたウルの尻尾をかすめ、毛が何本か焦げていた。


『聞き捨てならないわね? あなたの愛剣は誰なのフリュー?』

 そうラヴィーネの冷たい声が響いた。


「……なんで? 呼んでないけど?」


僕は後ずさってマストに追い詰められると、卓上にあった聖剣ライトブリンガーが突然飛んできて顔の横をかすめてマストに突き刺さる。


『なんか私をおいて勝手に話を進めないでくれる? 』

 

「アイリス? そんな芸当をいつ覚えたの?」


『前にも言ったよね? 聖剣で介してあなたと一緒にいるって。

 私が喋らなかっただけで全部聞こえているのよ?』


 え? いつから?

 僕は助けを求めてウルを見つめたが、ウリは尻尾を丸めて縮こまっていた。


エレナ「そろそろ決着をつける時が来たようねぇ」

ラヴィーネ『いつでも良いのよ』

アイリス『さあ、誰が正妻かフリューに決めてもらいましょうか?』



ーーーバシャ!ーーー


 その時、水音と共にウェヌスが甲板に上がってきた。


「聞いてください! 緊急の任務です!」


 この時ほどウェヌスが神々しく見えた時は無かった。


「どうしたんだい諜報部隊長」


「それが出たんです! 竜ですよ竜!

 それもティアマト様より大っきいのが!」


「はっはっは! それは良かった。

 次の相手は竜だね? さあ、さっさと殺しに行こうじゃないか

 ウェヌス君、案内したまえ」


「……良かった?」

 僕は戸惑うウェヌスの肩を抱いて、船首に向かった。


「さあ出発だぁ!」


 僕が号令をかけると、船員が復唱した。


「「「アイ、キャプテン!」」」


 シャドウブリンガー号は帆を広げ大海原を走り出した。



ーーーーーー 完 ーーーーーー

 

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