Z-A ゾンビスレイヤー・アナザー ――もう一つのゾンビゲーム――
チモ吉
第1話 プロローグ
「――理解、不能。特殊変異個体のコープスイーター、何故ルシ子に挑むのでしょうか。低級上位に位置するユニットではルシ子を打破するのは不可能です。ルシ子はフォーリンエンジェル、最上級のアンデッドです」
割れたステンドグラス。朽ちたレンガの壁。ツタとコケによって覆われた、既に使われることのない廃墟と化した教会で、その黒き翼の乙女は闖入者に問う。
冷たい表情の美しい女だった。
星の見えないほど明るい満月に照らされた彼女は夜空色の衣装に付いた血糊を拭いながら、六対十二枚の漆黒の翼を大きく広げた。
「――魂の色に混濁を確認。仮称ユニットAの魂の同定は困難。ルシ子は困惑します。ユニットA、アナタは何者なのでしょうか」
彼女は返り血で濡れていた。ルシ子――堕天使ルシファーは、低級アンデッドの攻撃では傷一つつかない最上級のネームドユニットだ。
彼女と対峙するは、奇妙なコープスイーター。ゾンビ系アンデッド低級上位に位置する死体喰らい。死肉を好むグールの進化種だった。
しかしながら、目の前のそれは一般的なコープスイーターとは様子が少し異なる。
まず、コープスイーターは比較的上位とはいえそれでも低級アンデッドだ。知能の程度は低く、優れているのは身体能力と捕食による自己再生程度。そのはずなのに、それは知性の垣間見える視線をルシファーへと向けている。
さらに外見。腐臭を放つ皮の剥げた肉の塊、赤黒い体表がグール系のアンデッドの特徴のはずが、目の前の存在の灰色のフードの下には薄汚れた肌が見える。
それだけではない。なんとあろうことか、彼は一度、ルシファーの翼の攻撃を躱したのだ。
まるで、攻撃を放つ位置が分かっていたかのように。
続く二撃目は流石に避けきれず頬を抉る傷痕を生んだが、それでも先方の戦意は一切衰えていなかった。
「警告します。ルシ子は過度な暴力を好みません。ルシ子が愛するのは自由、支配からの脱却のみです。弱者をいたぶる趣味をルシ子は持ちません。背を向けるのなら追わないとルシ子はルシ子自身に誓いましょう」
奇妙なのが、そう宣告されたコープスイーターが逃げ出さないことだ。
グール系のアンデッドは確かに同じアンデッドを捕食する性質を持つが、捕食対象は基本的に自分より程度の低いアンデッドだ。当然だ、捕食しようにも返り討ちにあっては話にならない。
現在ルシファーは人化をしておらず、気配は上位アンデッドそのものだった。生半可な人間が目の前に立とうものならそれだけで失神してしまうほど。いくら知性が低いアンデッドでも本能で自己との格差が分かってしまう。
だというのに、彼は。
裂けたフードがパサリと落ちて、月明かりの下にその顔が露わになった。
痩せた男だった。襤褸のフードの下にあったのは、青白く生気のない、まるで死体のような男の顔だった。大きく抉れた頬肉からは腐った血液が滾々と流れ出ている。傷口からは黄ばんだ乱杭歯が覗いており、粘性の唾液は酸が強いのか血と混ざりあい奇怪な煙を上げていた。
ぐっ、と男が姿勢を低くする。
「――警告。ルシ子に近づくことは死を意味します。アンデッドに死を語るのも不思議な話ですが」
男は警告を無視した。
獣のように俊敏な動きでルシファーに近づくと、夜の帳を思えわせる翼の猛攻を掻い潜り鋭く伸びた爪を――
「解放、傲慢の大剣」
――男は、まるで昆虫標本のように地面に縫い付けられた。
ピンの代わりに彼と大地を繋ぐのは、禍々しくうねる巨大な大剣。
「警告したはずです。ルシ子に近づくことはユニットAの死を意味すると――おや」
ルシファーの目の前で串刺しになった男の体が、まるで溶けるようにして消えてしまった。肉が腐り果て液体になるように、それはまるで一瞬の出来事だった。
「――まさか、神の刺客ということでしょうか。いえ。あのクソ女であればこのような無意味な行動は考えにくいでしょう」
少し考えたが、ルシファーは判断材料が少なすぎると結論付け、廃墟の教会内部へと戻った。もはや原型を留めぬ祭壇を乗り越え、石造りの床の奥、地下室へと歩いていく。
彼女が眠りに就く頃には、奇妙なアンデッドのことなどすっかり忘れてしまっていた。
――――
「…………ぷぁっ、クソっ! やっぱ強いぜルシ子ちゃん!」
リスポーン地点に設定されたとある墓地。墓の下から這い上がってきたオレが開口一番そんなことを口にしてしまったのも仕方ないことだと思う。
ルシ子が強すぎる! ゲーム本編じゃ全っ然使えないクソキャラのくせして馬鹿みたいに強い! 流石は最上級のゴースト系アンデッドネームドキャラ!
「ゲームってのは難しくないとつまらないよな、クリアできるのか怪しいってくらいが丁度いいぜ」
せっかくだし死にに行くつもりで、でも本気で。
そんなお気楽な感じでルシ子ちゃんの眠る旧大聖堂跡地に行ってみたはいいけれど、オレは速攻で殺されてしまった。
その所為で今まで食べた経験値が台無しだ。ステータスを確認してみるとまさかの初期値。デスペナが思っていた以上に大きかった。
21世紀の日本において、『アンデッド・キングダム』というゲームが発売された。
このゲームは、簡単に説明するとゾンビになって世界を滅ぼす戦略シミュレーションゲームだ。エログロなんでもござれのいわゆるエロゲ。だけどエッチな目的以外での人気が高い名作エロゲ。
そんなエロゲになんとオレは転生してしまったのだ。
前世のオレは度を越したゲーム廃人、配信しながらゲームをすることで生活するタイプの人間だった。主食はエナドリ趣味はゲーム、三度の飯よりレベリング。寝たい時に寝るけど基本寝たい時がないからいつもゲーム、ゲーム、ゲームゲームゲーム。
そんな生活をしていた所為で死んだ。
まぁ正直死んだ後のオレのことなんてオレが分かるはずもなし、死因は推測に過ぎないけど。
ともかく、なんの偶然かゲームの世界にやってきて、しかも主人公キャラに転生したとなったオレはめちゃ喜んだ。ゲームの世界、大好きなゲームの世界だ。これからの人生、文字通り一生ゲームで遊んでいるようなものだ。寝る時も食べる時もゲームの世界。惜しむ暇なんてないゲーム漬けの人生!
けれどオレは絶望した。
「普通に遊ぶには難易度がヌル過ぎんだよな、このゲーム」
人間が弱すぎたのだ。
このゲーム、人間が弱すぎる。
多分本気を出せば半年も経たずに絶滅させられる。ネームドキャラには多少手こずるかもしれないけれど、ゲームである以上どのキャラも攻略可能な抜け道が用意されているし。
つまらない。
つまらないつまらないつまらない!
簡単すぎてつまらないとオレは思った。
だから、縛りプレイをしてみることにした。
ゾンビを殺しまくろうと思った。
ゲームシステム上、ゾンビが絶滅するのはほぼ不可能である。
何故ならゾンビはゲーム内世界において死体から自然発生するから。それにプレイヤーがゾンビである以上、人間を食わずにはいられない。結果、ゾンビが増える。
だが、一応エンディングにゾンビ絶滅エンドと呼べるものは存在した。
厳密にはゾンビが絶滅した訳ではないのだが、ゾンビが発生しないシェルターのようなものが世界に完成するという人類生存エンド。そのエンディング条件はゾンビ戦力の過度な低下――ゲーム開始時点から高めに設定されている数値を一定以下に下げて特定日数経過させることだった。
このエンディングの面白い所は、ゾンビが少なければ少ないほどに必要な経過日数が短くなるという所にある。意図的に最短でこのエンドを見ようとすればゾンビを減らさなくてはいけないが、減らし過ぎるとプレイヤーが採れる行動の幅も減って結果的にゾンビの減少が遅くなり最短への道が遠ざかる。
まさにストラテジーゲームの妙、面白い。
せっかく遊ぶのなら楽しい方がいい。そして、難しければ難しいほど楽しいと感じるのがオレだった。
「前世では三回くらい世界一を取ったオレの実力を見せてやるぜ」
抜き抜かれを繰り返し最適化をしてきたオレになら、ゲーム世界内でもきっといける。超高難易度エンディングに辿り着いてみせるぜ!
再度ステータスを確認。スキルパネルもステータスも初期。どういう訳か原作ゲームと違ってゾンビ、スケルトン、ゴーストの三種の種族を自由に切り替えられるけど、チャートの自由度が広がったと思えばプラスだろう。大胆なオリチャーは走者の特権。
計測開始時刻はたった今からとします。
「ゾンビのくせにゾンビを殺すRTA、始まります」
初期装備の襤褸のフードをたなびかせ、オレは墓場から走り出した。
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