とある事業所(作業所)2

あらいぐまさん

第1話 望まれない、思い……

 一人の男が、絶望的な運命に抗(あらが)っていた。時は、令和6年6月の中頃、急に日差しが厳しくなり、若草が勢いづくと、風景が、ガラッと、変わる……。


 守は、自分の部屋の中で、独り冷蔵庫で冷やした、冷水を飲みながら、今までの記録を見返し、記事をまとめながら、1か月前の過去の事を、考えていた。

……色々あったなぁ……特に、支援員さんを、怒らせない様に、気を遣う事が、 大変だったよなぁ……

 

 このお話は、5つの言葉を教える話なのだが、決して、全ての人達に望まれたものではなかった。特に、支援員さん達には、不評だった。

 上から指示されたものではない為、上手くいっても評価されず、失敗したら、非難される。

 工賃は、減ることはあっても、増えることはない……。


 そんな中、守は、支援員さん達に、自分がしている事を、自慢して、「私は、彼らを指導しているんだ」と、言うと、事業所の偉い人から、「指導するのは、支援員です、あなたは、言われた事をすればいいのです」と、言う……。


 また、ある時は、「何度言ったら、分かるんです」と言って、守を責めたりする。


 守は、事業所の偉い人の言うことを、いちいち、聞いていては、自分のカラーが、出せない……。

 そこで、事業所の偉い人とは、距離を置いたり、施設サイドの人達には、自分の指導の事を、「アドバイスしているんです」と、苦肉の説明をする。

 そして、「何度、言ったらって、言いますけれど、何度も言うのが、貴方達の仕事でしょ」と、言って、偉い人に、激しく抵抗していた。


 そんな中で、再び、彼らに働きかけを始めた。守は孤独だった。味方は居ない、すべての抵抗勢力の圧力をはじき返して、この話を進めなくては、ならなかったからだ……。


 そうまでして、何故、守は、イナズマと、コトゲと、ゴウの3人に深く関わろうとするのか? 

 そこに、守の心の中に、「金津の魂」があるからとしか言いようがない……。

 

 それから、2週間後、新津仕様の5つの挨拶に、取り組んでいるが、「はい」と「有難う」の区別は、つくのだが、次の「有難う」と、「お願いします」の違いが、彼らには、判らず苦労していた。

 それを習得させる為には、長い、長い、時間を消費するのだが……。ここで、功を焦って、激しく叱責すれば、彼らの心は、離れていくのは、明白だ……。


 守は、彼らに、変化が起こるまで、忍耐強く我慢しなくてはならなかった。

 その時は、必ず来る。守は、給料分、働きかけを続けながら、そう思って、変化を待っていた。


 守は、彼らに、頭で考えて、言うのでなく、こういう感覚になったら、とっさに、こう言う、と言う事を、体で覚えて欲しいと、思っていたからだ……。

 これには、経験と時間が掛かる。


 彼らにとって、この様に、変化を促される、やり方は、自分が変わっていく、期待と、恐怖の間を行ったり来たりして、中々、前に、進まなかった。

 その為、お互い、習熟の度合いが分からず、守の指導は、困難を極めた。

 

 守は思った。

 ……彼らは、主軸の3つの言葉「ありがとう」、「お願いします」「済みません」を、区別して、過不足なく、使いこなすことが、出来るのだろうか?  ……

 守は、不安だった。

 

 それでも、守は、彼らの固い思考を削る事を、繰り返し、繰り返し、続けながら、彼らの心の健康に注視して、具合の悪い時を避け、調子のいい時を見計らって、接すると、段々、守の狙い通り、彼らの心が、変化していった。

 

 彼らの挨拶が、板についてきたからだ……。

 その事で、彼らの扱いにも、少しずつ慣れてきた。それは、大体、2週間後くらい後の事だった……。

 

 そこで、守が考えている、ここでの最終課題の「済みません」の働きかけを、する条件がそろった。


 でも、それは、良いことだと思うが、決して、望まれたものでは、なかったのかもしれない……。


 ただ、振り返って、この指導のやり方は、本を読んで、守が、自己流に、アレンジして、実際の場面に反映させているだけなのだが……。


 でも、良く、本を読んでみると、最下層に、降りて行って、とか、正直に、とか、どうゆう事か? 守には、分からない……。

 確かに、本を読んだからと言って、皆が、皆、出来る訳では.無い様だ……。


 何がわからないって? 

 

 例えば、誠実な心って何?

 優しさって何?

 謙虚って何?

 

 守には、まだ、まだ、知らない事が一杯あって、動画を視聴したり、本を読んだりして、学ばなくては、ならないことが、沢山ありそうだ……。


 ただ、一言言える事は、ここまでやり遂げた事によって、人生の一里塚を、超えたという感覚(達成感)があることだ……。それは、守の秘めた勲章の一つだった。


 その、ちっぽけな勲章をぶら下げて、守は、5つの言葉の話の、最後の仕上げに、取り掛かった。

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