1.森へ

 芽吹きの季節がやってきた。若葉が芽吹き、雪ごもりしていた動物たちが顔を出す。ニザの国花であるペリュドリーは例年より赤みがかった濃いピンク色をしていた。ニザの国はペリュドリー農園がいたる所にあり、農園通りは歩く人を笑顔にさせている。ナックは首から下げているペンダントのコインを握りしめた。コインには馬が描かれている。


 ナックの元にはナンナという名のめす馬がいる。こげ茶色の光沢のある毛並み、白から銀色へとグラデーションがかかった艶のあるタテガミと尻尾。筋肉質で頸が短く足が太い。「ナックが身に着けているコインの中からノハを助けにやってきた馬」としてニザの住民に受け入れられた。

 

 今日は、ノハ、ジョン、ナックそして、馬のナンナを連れて森へ行く日だ。ノハは朝から落ち着きがなかった。正確には、雪が溶け、いよいよ森へ行くことが決まった数日前から朝から晩まで浮足立っていた。


「森、森、森に行くー!」

 ノハが雪の森の中でいなくなった間、ニザミモの大木の近くの穴で過ごしていたと証言したので、現地確認をしようということになったのだ。ナンナの身元がわかる手掛かりがあるかもしれないと一緒に連れていくことにした。ナンナはノハとナック以外の人にはつばを吐くし、隙あれば足で蹴りを入れようとする。安全のため、ルカとナミ、ナックの家族はお留守番。ジョンはナンナから適度な距離を取りながら同行することにした。


「ちょっと位、触らせてくれてもいいだろう。何でオレはダメなんだ」

「これだけノハやナックを守ってくれる馬がいれば、森の中で何があっても安心だね」

 ノハは、拗ねるジョンを励ました。


「それにしても、ナンナとても強そうだね」

「オレのコインの馬が装着している馬具と同じものを調達したんだ」

 コインには、古代ラーナ帝国アル六世が大蛇を倒した時に活躍した馬が描かれている。ナンナも得意そうに鼻先を動かした。

 

 ニザの国は、芽吹き・収穫・整えの三つの季節に分かれている。芽吹きの季節は雪どけし緑が色づき、眠りから覚めた動物が動き出す頃から収穫前まで、収穫の季節は収穫祭前後から雪がふり森へ入れなくなるまで、整えの季節は雪深くなり動物が地中に潜る頃から雪どけまでで、次の季節に備える時期となる。


 今は芽吹きの季節。植物や動物が好きなナックにとって、森は宝の山だ。何度も止まってよく見てみたい気持ちを抑え、ニザミモの大木を目指した。ヤマネが木の上からちらちらと顔をのぞかせたり、ハリネズミの親子が目の前を横切ったり、森の動物たちも芽吹きの季節を歓迎していた。


 しばらく歩き、三人と馬一頭はニザミモの大木に到着。所々雪が残った場所もあったけれど、ニザミモの大木の回りに残雪はない。大木の幹は大人が十人手をつないで囲んでもまだ足りない位の太さがある。その上いくつも広がる枝も二人がかりで抱える位の太さのものが何本もある。木の直下は雪が積もらず少し温かいのだろう、ニザミモを囲んで小さな花が密集して咲きほこっていた。


「ノハがいた穴はどこにある?」

 ジョンはニザミモの木をぐるりと歩いたけれど、穴があるような形跡は見当たらない。

「うーん、ここで一度そりが止まって、ニザミモの木を見上げたのは覚えているんだけど、それからまた少し動いた」


「どの方向に?」

「わからない。全部真っ白だったもん。それに、寒くて、息が出来なくなって死にそうだったの。」

 それなら仕方がないと、三人はあちこち手探りでウロウロしてみた。が、まるで見当がつかない。

「ふう、収穫なしか」

 ジョンは早々に諦めかけ、携帯用の椅子と飲み物を取り出した。ノハはすかさずルカが持たせてくれたおやつの包みを開ける。


「ちょっと休憩しよう」

 ニザミモの木を前でちょっと一休み。朝焼きあがったクッキーは、香りもよくノハの大好きなはちみつがたっぷり入っている。甘くて、身体がじんわり温かくなってきた。


「ナンナ、ニンジン食べるか」

 ナックからニンジンをもらうとナックの差し出した手までべろりぺろりとなめた。森を歩いたのが嬉しかったのか、ナンナは、かなりリラックスしている。木々のにおいを嗅いだり、前足でふかふかな土を掘ったりと楽しげ。

「ニザミモの大木の近くという情報だけでは、探しようもないな」

「せめて、目印になるものとかあればいいのだけど」

 休憩後、少し距離を広げて探してみようと三人が話をしている時だった。


「ナンナはノハがいた穴の場所わかるかな」

 ノハは何気なくつぶやいた。


「うわっ! えっ、何? 何? 急にどうした」

 ナンナは急にナックの袖を引っ張り始め、バランスを崩して転びかけた。それでも、ナンナはナックを気にする様子も見せず、さらに森の奥の方へ引っ張ろうとする。先ほどとは一転してがぜんやる気満々である。


「ナック、ナンナが道を知っているのかも」

 ノハが立ち上がりナンナに近づき、タテガミにそっと触れた。目を閉じると盛り上った根、穴の中に置かれたノハのそりが脳裏に映し出された。


(これは、この間の場所だね。ナンナはちゃんと覚えているんだ)

「ナンナが道案内してくれるのね」

  

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