12.その後

 ノハは、三日間死んだように眠り、そして四日後、遭難そうなん前よりもっと元気になっていた。家族はノハが戻ってきたことをとても喜んで、少々家の中をバタバタ走っても、階段の上り下りの音がうるさくても、「ああ、これがノハの音だ」と容認できるようになっていた。

 ノハはその年のそり遊びは今回の一回だけ。そりを森に置いて来てしまったから、一人滑りできなかったのだ。けれど、雪が沢山積もったおかげで、雪で小屋をつくったり、雪の壁で迷路を作ったりいつもの年とは違った遊びを楽しむことが出来た。


 だけれど、ひとつとても気になることがある。ニザミモの木、ルーとジョーに全然元気がない。しょんぼりしているようでなんだか葉っぱや枝や幹から勢いを感じない。


「どうしたの? ルーとジョー。沢山雪が降ったから弱っちゃったのかな」

 ノハはルーとジョーの周りの雪を一生懸命にどかして、葉っぱや枝に積もった雪を払っていった。

「ノハ、そりに乗ったら大変なことになっちゃたんだよ」

 ルーとジョーに起きた出来事を話し始めると、まずます葉がしおれそうな位小さくなってしまった。


「ノハみたいに早く元気になるといいね」

 毎日、そう言ってルーとジョーをはげまし続けた。



 今、ナックの元にはナンナという名のめす馬がいる。こげ茶色の光沢のある毛並み、白から銀色へとグラデーションがかかった艶のあるタテガミと尻尾。筋肉質でくびが短く足が太い。すらりとした体型で足が細く、体高が高いこの地方にいる馬とくらべると、この馬は明らかに異質だった。雪山に遭難したノハを背に乗せて雪の中から突如とつじょ現れた馬。ほうぼう聞いてまわったけれど、「そんな馬は知らない」と誰もかれもが同じことを答えた。


「ナックがいつも身に着けているペンダントのコインに描かれている馬だよ」

 ノハは自信満々にそう言い切った。大半の大人は、ノハを相手にしなかったけれど、ザザの一言で流れが変わる。


「確かに。コインの馬に似ているな。今はなき古代ラーナ帝国アル六世が大蛇だいじゃたおした時に活躍した馬だ。もう千年前の話だが。この馬の体型や筋肉の付き方、毛並みどれを取っても今のニザや近隣諸国きんりんしょこくにはいない。ここ百年の間にこの種の馬が取り引きされた話は聞いたことがないな」


「おお、コインから出てきた馬だ」

「千年前から駆けつけた救世主」

 ニザの住民は素直すぎる。ノハが森に行ってしまって、助けたいと思ったナックがコインの馬を呼び寄せ助け出したということで、納得してしまった。


 ナンナはナックのもとから離れようとせず、餌もナックのあげたものしか口にしない徹底ぶり。ナックもナンナを初めてみた時から既にここへ来ることが決まっていたように思えた。ノハの言うように、コインに描かれた馬だと思うと親近感がわく。ザザが話したように大蛇を倒した時に活躍した馬だと想像すると、もう手放す気にはなれなかった。


 早速、ナックは自分の部屋から見える場所に馬小屋を作り甲斐がしく世話をしはじめた。小屋の柱の木材は高価なニザミモ。

「ナックとナンナは相思相愛だな」

 周りから冷やかされる程だった。

 

(生還から数日後)

「わあ、ナンナ。会いたかったよ」

 数日ぶりにナックがナンナを連れて、ノハのお見舞いにやってきた。ノハがタテガミをぐりぐりかき回してもナンナは嫌がらず、されるがままになっている。


「ノハは、大丈夫なんだな。うちの家族はオレ以外触らせないよ。ノハはもう大丈夫?」

「うん、前より元気かも。ナックは足治った?」


「ああ、思いっきり走るのはまだ無理だけど、日常生活は問題ないよ」

「そう、良かった」

「ノハは元気になったんだけどね、ルーとジョーが元気なくなっちゃったの」

「どうして?」

「わからない。雪が沢山降ったから、寒さでやられちゃったのかも」


 ナンナを連れてちょっと見に行くことにした。ノハはまだ完治していないナックととろとろと家の裏に向かって歩いて行った。二本の木が見えだすと、ナックが持っていた手綱を振り切って、ナンナは木に向かって猛ダッシュしていった。

バシッ!

バシッ!

 ルーの幹に後ろ左足、続いてジョーの幹に後ろ右足のローキックが綺麗きれいに決まった。


「わっ、ど、どうした」

「すごい音したね……」


ヒュールールールールー、ヒュールールールールー


 ナンナの嘶きが響き渡った。ノハとナックが木に急いで向かうと、それまで萎れかけていた木がみるみるうちにピンとなり、葉の先まで真っ直ぐになっていった。


「おお、ナンナのお蔭で、木が生き還ってきたよ」

「心臓が止まって死にかけた人間に心臓に強い刺激を加えると、心拍が戻ることがあるんだ。そういうやつかもな。それにしても荒療治だな」


 ナンナはルーとジョーに向かって、今にも枝を食いちぎりそうな勢いで鼻息を鳴らしている。鼻息がかかる度に葉っぱが小刻みに揺れた。

「なんだか、ナンナに説教されているみたいだな」

「うん、ルーとジョーもされるがままだね」

 これで、人も木もみんな元気になって良かった、良かった。終わりよければ全て良し?!

 


 ナンナに足蹴りされたルーとジョーは強力な衝撃しょうげきで根から幹、枝から葉までの導管・師管が収縮しゅうしゅく循環じゅんかんし始めた。根に少しのシークレが満たされている。

「あれ、オレたち何していたんだっけ」

「ええと、コインと……」

 コインとナックの意識をつなげた後、やり終えて戻って来てから、ぷっつりと記憶が途切れていた。


「あんたたち、ノハを森に入れたんだろ」

 突然現れた馬に話しかけられたルーとジョーは、自分たちが起こしたことを思い出し、穴があったら入りたい気持ちになった。


「ほら、ノハ元気になったよ。それより、シークレは全部使ったらだめ。枯れて、死ぬよ」

 厳しい表情と言葉に、ルーとジョーはブルリと震え、ナンナの鼻息で葉が揺れている。


「私たち枯れかけていたのね」

「ああ、少し、根に戻っている」

「あたいが蹴り入れて、少し足しておいた。これからは自分たちで貯めていくんだよ。若いうちは上手く使いこなせないから無茶したら駄目!」

 ナンナはルーとジョーそれぞれに荒い鼻息を吹きかけた。手荒だが、優しさを感じる鼻息だった。


「うん。わかった」

「助けてくれて、ありがとう」

「あたいは、ナンナ。ナックの所にいる」

「ナンナ、いい名前だね。オレはジョー、ノハの誕生日に生まれて五年」

「私はナミの誕生日に生まれたから七年よ」

 こうして、ルーとジョーとナンナはご近所さん仲間になった。


 ノハの初そりは不思議なことが多く驚きの連続だった。けれど、沢山の出会いが生まれた貴重きちょうな出来事だった。


第一章 ノハの初そり編 終わり

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