3.一人そりデビュー?

「おーい、ここにいるぞー」


 ジョンは大きく手を振り回して、着地点でノハが滑ってくるのを待っていた。

(父さんの所に向かっていけばいいね)

 ノハは安心するとそりに乗り、アーチ状の取っ手に両手をかけた。


「手を離すよ」

 ナックがそう言って手を離した瞬間しゅんかんだった。突然下の方から、『何か』がノハに向かってやってきた。もの凄い速さで。しかも、雪のしぶきをあげて一直線に。そしてノハのそりの底を包み込み、そのまま上に押し上げていった。


「わわ、わ」

 気がつくと、ノハはロールやミークより先に山のてっぺんに到着し、頂上から見下ろしていた。

 ジョンはさっきよりもっと小さく黒いゴマ粒みたいになり、ナックや山を登っていた子どもたちが呆気にとられた顔をしている。


「何? これ」


 そりが上がって行くってどういうこと? けれど、ノハは不思議と冷静で不安を感じていなかった。自分の身に起きていることだと実感が沸かなかったせいかもしれない。ノハは自分のそりの底をきょろきょろと見まわした。すると、そりは持ち上がり、今度はゆっくり方向を変えた。そりの先は反対側の森の方に向き、そのまま急な斜面を滑り出した。


 キャーーーーーーーーーーー


 思わずきつくつぶってしまった目を少し開けて外を覗くと、粉状の雪のしぶきが左右の木々に豪快に飛び散っていた。そりは木に衝突することもなく、曲がりくねりながら前へ進んでいる。


(あれ、周りが動いているみたい)


 速さは全く感じなかった。周りの景色の方が高速で進んでいるように思える。


キュー、キュー、バスン。

 しばらくして、そりは大きく前のめりになりニザミモの大きな大木の前で急停止。今後はそりが後ろに倒れ、そりの底が地面に着いた。ノハは取っ手を握り直し、顔を上げた。


「お主様、こんにちは」


 ここで暮らすニザの住民は誰でも知っているニザミモの大木。大人三人まとめたほどの太い枝。ごわごわで厚みがある樹皮。


(いつ見ても大きくて立派な木だなあ)

 ノハが上を見上げていると、急に身体がブルっと震えゾクゾクした。森の中は一段と寒く、しかもうなり声をあげ、雪が強く降り始めていた。


(さ、寒い、身体が凍りそう……)

 そりが動いていた時は感じなかったけれど、外はとてもとても寒かった。次第に手足や顔の感覚が無くなってきた。空気を上手く吸い込めない。


(は、ふ……、息が、出来ない……)


ガッタン!

 そりは大きな音を立てて九十度向きを変えると、急に猛スピードで進んでいった。ノハの身体はそりの上でガタンガタンと大きく揺れる。先ほどとは違う荒い運転だったけれど、凍りかけたノハには違いがわからなかった。


 さらにもう少し進むと、ニザミモの根が何本か大人の背の高さ位まで盛り上っていて、大きな穴があいているような場所に迷いもなく入って行った。そりは中に入ると、急停止。

キュー、バスン。


「うわっ」


 ノハは反動で大きく放り出された。鳥の羽が沢山敷き詰められていた場所にスポンと落ち、大きく一回、小さく三回バウンドした。ノハの家のベッドの何倍もふんわりとした感触かんしょく。無数の軽い羽が空中に舞い上がった。


「はあ、はあ、はあ、やっと息が吸えるー。ああ、びっくりした。助かったー」


 呼吸を整え、落ちた所を手で押してみた。ふっかふかだ。全然硬くない。自分の身体もどこも怪我をしていない。しかも、ノハの身体に雪が沢山積もっていたけれど、すっかり溶けて、乾いている。少しずつ身体を起こし、ぐるりと辺りを見渡すとそこは根と根の間に出来た空洞の中だった。


(森の奥にこんな場所があったのね)


ザザー、ゴゴー、バザン。


(わあ、駄目だ。当分外には出られそうにないね)

 外はものすごい風と雪。何かが飛ばされてガツンとぶつかる音がする。とても外に出られる状態ではない。わずかな隙間すきまから痛いほどの冷気が入ってくる。ノハは慌てて乗っていたそりを縦に置き、隙間風を防いだ。よし、寒さ対策は無事に対応完了。


 空洞の中は暗かったけれど、しだいに目が慣れてくると、切り株で出来たベッドと机と椅子らしきものがぼんやりと見えた。両手を真横に広げぐるりと回ってもぶつからないだけの広さはある。


(ベッドも机も椅子もあるね)


 穴の外では一匹のオオフクロウが枝に止まり、鋭い目つきのまま首をほぼ真後ろまで回して警戒していた。一匹の鼠が空洞の隙間に近づいた。その瞬間、急降下したかたまりが落ち、バサリと羽を広げると元の木の枝に戻っていった。何事も無かったかのように、小動物の姿は見られなかった。


フォーイ、フォーイ


 ときおり響く、低く鳴き声。歌っているような、誰かを呼んでいる様にも聞こえる。ノハがこの空洞にいる間、オオフクロウはずっと見張りをしていた。

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