ニザの国の物語Ⅰ
みいや
第一章 ノハの初そり編
1.報告
「お主様~、ノハのそりを見せに来たよ」
ノハ五歳。
「このそり、お主様から出来ているのよ。とっても軽いの」
お主様は、人ではない。
ニザミモはノハの暮らすニザの国だけに生え、二十三年に一度落葉し、その時だけ切ることが出来る不思議な木。葉や木材は、とっても軽くて長持ちで、丸太小屋、建物、馬車の荷台、家具などニザミモが使われ、ここニザの国の住民たちはニザミモに囲まれながら生活をしている。
木彫り職人のジョンは作品が仕上がる度、ノハと一緒に森のお主様へ報告に行くことにしていた。
「ノハ、思いを伝えるんだ。お主様はきっとわかってくれる」
ノハとジョンはごつごつした硬い木の皮をなで、
「ジョー、ルー、見てみて! 父さんにそりを作ってもらったの。ニザミモの木で出来ているの。ノハのそりだよ」
ノハは森から帰って来ると寄り道しないでルーとジョーの所へ向かった。
ルーとジョーもニザミモの木。ノハの父ジョンと母ルカが婚約した年に植えて、一本目はノハの姉ナミの誕生日、二本目はノハの誕生と同時に芽を出した。だから七年と五年しかたっていない二本の若木。
開国してから千年ちょっとのニザの国では、四百年以上前までニザミモの木が国中に生えていたけれど、今やノハのいる地区内では樹齢千年の大木一本と、ルーとジョーの合計三本のみ。
今までにニザミモをめぐって争いが起きたことがあったとかで、ルーとジョーがノハの家の裏庭に生えていることはノハの家族とその周辺の人だけの秘密。公には、この地区内にニザミモは、森の大木一本ということになっている。五つある地区を合わせたニザの国全体でも、現在では二、三十本しか生えていないと言われている。
ノハにとって、ルーとジョーは生まれたころからの遊び仲間。ニザミモでもニザミモでなくても友だちであることに変わりはない。小さい時はルカにおんぶされ、ジョンに抱っこされてこの木にやってきた。ノハのよだれでルーとジョーがべとべとになったこともある。少し大きくなって、走り回り、おしゃべり出来るようになってからは、ルーとジョーにほぼ毎日会いに行き、絵本の読み聞かせや、歌を
ルーとジョーはここ二、三年でつるつるしていた樹皮が少しざらざらとした触り心地に変わり、幹はノハの頭より太くなり、枝は縦にも横にも大きく伸びた。背の高さはノハの三人分ぐらい。
木登りが得意なノハは、木の上が大好き。古着や布を木の上に持ち込み、枝と枝の間に
「ノハね、お山の上から、このそりに乗って一人で
そりを大事そうに持ちながら、ルーとジョーの木の間を行ったり、来たり。慌ただしい。
「雪の上を滑るんだよ。ロールやミークみたいに高い所から滑るんだよ」
大きいお兄ちゃんたちが高い所から滑り降りてきて、ものすごく羨ましかったこと、ノハもあんな所から滑るようになりたいこと、何度も何度もルーとジョーの前で口にした。
「ひとりそり滑り初挑戦だよ。ノハのワクワク感、ルーとジョーわかってくれるでしょ」
そう言って、ジョーに心臓のドクドクする音を聞かせ、今度はルーの所に走って行って抱きついた。金髪がかった茶色のノハの髪がジョーの幹を優しくなでる。深緑色のノハの瞳とルーの細くとがった葉が陽に当たって同じ色に輝いた。
「はああ、今日も外に行けないのか」
ノハは、二階の部屋の窓から外を見渡して、特大のため息をついた。ニザの国は一年の三分の一が雪景色。そりや雪遊びが出来るのは良いけれど、それは雪がやんでおひさまが顔を出した時だけ。朝から晩まで雪・雪・雪。こんなに雪が降り続いては視界が悪くなるので、子どもの外出は止められてしまう。
ノハの家は、ジョンもルカも自宅で仕事をし、ニザミモで生計を立てている。ジョンの作る、からくり式の小箱や本物と間違えるほどの彫刻の動物は大人気。ニザの国だけでなく、外国にも固定客がいるほど。ただ、どんなにお金を積まれても作りたいものを作りたい時にしか
ルカは、ニザミモの木の
二歳年上の姉、しっかり者のナミはルカの横にいつもいて真似をしている。目指すはルカのような職人。
家族はずっとお部屋の中で手を動かしていてもいいという位、物づくりを愛している。だから毎日、毎日、外に出たがるノハに共感できる相手はいない。気晴らしにニザミモの丸太で出来た柱を登ったり、吹き抜けの階段を上ったり下りたり忙しく動き回った。
「ちょっと、走るのをやめてちょうだい」
「こっちに来て座ったら」
その言葉、何回言われたかわからない。
「ああ、もう、聞き飽きたよ!」
「雪がやみますように」
そう願って眠りにつくのが、ノハの日課になった。雪がやみ、晴れて、外遊びが出来ることはノハにとってとても大事なことだった。ベッドの中で願い、目を閉じた。
「明日こそ、雪がやんで、そりに乗れますように」
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