第12話

 冒険者としての実力は中の上だと思う。ただ、これはパーティー全体で見た時の実力だ。シンリ自身の実力を言い表したものではない。盗賊のシンリは正面切って敵と戦うことは避けるため、実力の度合いを示すのは難しいのではないか。そもそも盗賊が得意とする隠密術や暗殺術は目立たないことを前提とするものなので、戦闘スタイルが戦士や魔法使いと比べて見劣りするのは当然だ。


「っっつ………!」


 大剣を軽々と振り、イグルーを切り飛ばす。ハジットからすれば赤子の手を捻るほどの容易さなのだろう。大抵の重戦士は大柄だ。誰よりも前に立ち、前線を張り、維持しなくてはならない。小柄では務まらない。


 いやまぁ、務まらないと断言してしまうのはどうかと思うけど、こうして戦況を俯瞰して見る立場からすると、ハジットの大きな背中が無くなると思うと大分心許ない。重戦士に大柄な人が多いのは事実なのだ。体格なんてものは生まれ持った時点で備わるところが大きいわけで、変えようのない得手不得手だって存在する。


 シンリが盗賊なのも敵と正面切って戦うことが性に合っていないから。というのも事実としてある。ガツガツ前線を張るような戦闘も余り好きじゃない。ただ、決定的なのは子供の頃に左腕を壊しているからだ。右利きということもあるが、日常生活に支障が出るほどではない。しかし、大剣や剣を両手持ちして振り回すのは厳しい。


「凄い量ねっ」


 ハジット同様に前線を張るのは魔法使いのセリーナだ。剣を片手に押し寄せて来るイグルーを切り伏せる。舞踏のような足取りでイグルーを躱し、線を描くように剣を振るう姿は、まさしく剣舞師ソードダンサーだ。


 言っておくが、セリーナは後方火力を主とする魔法使いだ。あんな戦い方は魔法使いのするものではない。加えて、セリーナは魔法使いのローブを動きやすいように改造してあるだけで、鎧の一つも身に着けていない。パーティーのリーダーとしては、本当に危ないからやめて欲しい。いつも冷や冷やしている。


 隣にいるフリィも同じ気持ちだろう。光魔法を扱える神官はパーティーの生命線だ。フリィは誰よりも仲間の命を守ろうとしている。仲間が戦闘に支障をきたすような負傷を負えば、シンリが指示出しするよりも早くフリィは動いてくれる。戦況全体を把握するシンリと違って、フリィは仲間を注視してくれる。そのおかげでシンリは敵の動きを把握することに重点を置けるので助かっている。


「どっかに巣があるだろっ、これは流石にっ!?」


 セリーナを基点に戦場を縦横無尽に駆け回るイスカが叫んだ。ハジットと同じ戦士職ではあるが、イスカは軽戦士だ。どんと構えて敵を迎え撃つのではなく、柔軟な動きを交えた戦闘スタイルを主とする。しかし、それにしたってイスカは動き過ぎではないだろうか。戦況を掻きまわしている感は否めない。とは言え、誰かが窮地に陥れば真っ先にイスカが助けに入る。今だって、何故か前線にいるセリーナを守りながら、戦況を駆け回っている。


「ハジットの方にあるデカい木の根元っ!そこに巣があるはずっ!」


 神官のフリィを守ることに徹するシンリは後方に控えている。時おり、ハジットとセリーナ、イスカの戦線を抜け、迫って来るイグルーをダガーで仕留めるだけで、三人のように戦っているわけじゃない。


 イグルーは体長七、六十センチメートルほどで、酷く腰の曲がった老婆のような姿をしている。老婆のようではあるが、動きは俊敏だ。しかし、単体では大した脅威にはならない。武器とする自作の石斧は鋭利ではあるものの脆く、イグルーそのものの力も強くない。シンリが片手で扱うダガーでも容易に撥ね退けられる。


 そんなイグルーの脅威と言える点は数十に上る頭数だ。こうも大勢の敵が攻めて来るような場面だと、盗賊のシンリはお役御免だ。いや、それも言い過ぎかもしれないけど、味方が少数、敵が大勢みたいな戦況下では盗賊の隠密術や暗殺術は有用じゃないのは確かだ。


「セリーナっ!スイッチしろ!」

「了解っ!」


 お役御免と言えども、ただ突っ立ていたわけじゃない。


 フリィの護衛をセリーナと代わる。戻って来たセリーナと、すれ違い様に手と手を打ち合う。俗に言うハイタッチなのだが、全く持って意味のない行動だ。でも、スイッチする際の習慣的な、合図的なものなのでおれ達は行っている。真似する必要は決してない。


 シンリはイグルーの巣がある木の根元へ駆ける。イグルーが飛び掛かって来るので蛇行しながら躱し、躱せないイグルーはダガーで切りつける。隣を見れば、いつの間にかイスカが並走していた。


「援護に来たぜ!巣を潰してこいっ!」

「そのつもりだよ!」


 前方からイグルーが二匹飛び掛かって来る。示し合わせなくともイスカとの付き合いは十年以上になる。連携に言葉はいらない。駆ける足を緩め、イスカが前に出る。飛び掛かって来た二匹のイグルーをイスカは走りながら切り飛ばした。攻撃力や突破力で見ればシンリより、イスカの方が何倍も上だ。


 しかし、順調なのもつかの間で、今は背を合わせてイグルーの猛攻を耐え凌いでいる。巣があると思しき木の根元に、近づけば近づくほどイグルーの数が増す。シンリとイスカを囲うイグルーだけでざっと十匹はいる。強行突破するにも、もう少し数を減らさないと危険だ。


「おいこれ多すぎだろ、マジで」


 イグルーに囲まれる状況に愚痴を吐くイスカだが、シンリはそう悲観するようなことではないと思っている。十匹ものイグルーが一斉に攻めかかって来ることはあり得ない。イグルー同士でぶつかり合い、邪魔をし合うことになる。牽制さえしていれば道は切り開ける。


 ほらね。


 シンリは内心でガッツポーズを取った。


「あちっ!?」


 吹き付けてくる熱風にイスカは声を上げた。まぁシンリも熱いことは熱いが、このチャンスを逃すつもりは毛頭ない。セリーナの放った魔法“炎壁ファイアウォール”がイグルーの巣まで続く道を形成したのだ。突如、炎の壁が現れ、イグルーは明らかに狼狽している。


「行くぞ!」


 狼狽するイスカの背を叩き、前を走らせる。


「こなクソがっっ………!!!」


 あれは狙ったものなのか。イスカは炎の壁に剣を突き刺しながら駆け、巣までの道を塞ぐイグルーを炎の剣で切り払う。躱されはするが火の粉がイグルーに降り掛かった。


「ガジャッ!?」


 精一杯の掠れ声を発するイグルーは態勢を崩した。


「ほら邪魔だ、どけっどけやっ!」


 先頭を駆けるイスカが火の粉を浴びたイグルーを炎の壁の外へ蹴り飛ばす。巣までの道を邪魔するイグルーは消えた。走る速度が自然と上がる。あっという間に木の根元まで到着した。


「ほんとに巣なのか、ここは?」

「巣だよ。イグルーは巣穴を草木で隠すから分かりづらいと思うけど」


 ダガーの切っ先を木の根元の草木に突き刺して払う。空隙が姿を現した。小さな穴だが、身を屈めたイグルーなら通り抜けられる。耳を澄ませばイグルーの声も聴こえてくる。


「んじゃ、ちゃちゃっと潰しちまおうぜ」

「そうだな」


 腰に提げたバックパックから小瓶を取り出す。中には可燃性の液体が入っている。そんな小瓶を巣穴の出入口付近へ投げ、液体を散布し、ダガーと発火水晶を用いて火種を起こす。巣穴の出入口が盛大に燃え上がると同時に炎の壁が消えた。


「残すは残党狩りだなっ!ちょっくら行って来るわ」


 残党と言っても、イグルーはもう十匹もいないんじゃないか。フリィを庇うようにして立つセリーナの近くにハジットがいる。三人とも固まって、残党のイグルーを相手にしている。援護に向かわなくとも容易に切り抜けてしまえる。そこにイスカが向かったものだから、あっという間に方が付いた。


 まる焦げになったイグルーが何匹も見られる。思いの他、セリーナの炎壁ファイアウォールに巻き込まれたイグルーが多かったようだ。加勢に向かったイスカが最後に残ったイグルーを背後から貫いた。


 未だ燃え盛る巣穴からイグルーが出て来ることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る