第5話

 変わらない造りの個室だった。六人でも広く感じられたわけなので、二人だと少々落ち着かない広さだ。テーブルを挟み、向かい合って席に着く。本当に足を悪くしているようで、腰を下ろす時のぎこちなさには思わず手を貸そうと動いてしまった。


「大丈夫だ。ありがとう」

「いえ……」


 腰を下ろすとクノース神官は深く息を吐き、背もたれに身体を預けた。


「自らお越しにならなくとも、ギルドへ一報を入れて頂ければわたしの方から向かいまいすよ」

「君は調査官で所在が曖昧なんだ」

「そうですけど」

「足が悪いだけだよ。それ以外は至って健康だ」


 個室の扉を給仕がノックする。飲み物を持って来てくれたみたいだが、シスは食後で喉は乾いていない。飲みもしないのにもらっても無駄になるだけだ。シスは遠慮し、クノース神官のところにだけグラスが置かれる。


 喉を潤してから、クノース神官は本題に入った。


「要件についてだが、君は百年前のことを覚えているかい?」

「内容によります。エルフのような記憶力はありませんので」


 とは言っても、一般的な人間より記憶力はある。半分とは言え長命種エルフの血が、この身には混じっている。


 一呼吸置いて、クノース神官が告げる。


「ちょうど百年前になる。聖歴3100年、ルドミラ北部にあるエリアス神殿で起きた不可解な出来事についてだ。覚えているかい?」

神の救いギュスターヴ、ですか………」


 あの光景は今も記憶の底に焼き付いている。わたしがこれまで扱ってきた調査任務の中で最も不可解で気味の悪いものだ。忘れようにも忘れられない。それに未解決で終わっている。


「あの出来事は当時の教会によって秘匿された。直接関わった当事者も君以外を除いて、もうこの世にはいない」

「あなたはハアツ・ランドゥー神官の弟子だったと聞いています。もし、神の救いギュスターヴについて聞かされていないのであれば、今さら、この事件を掘り返すのは良い事ではないと思います」

神の救いギュスターヴについては教会の上層が知る程度の情報しか私も持ち合わせておらんよ。君の言う通り、ハアツ師匠からは何も聞かされていない。ただ、君が忠告する程のものとは」

「関わるべきじゃないと思っているだけです」

「そうかい………」


 神の救いギュスターヴについて、わたしは調査官として任務についた。エリアス教会によって秘匿されたとクノース神官が述べた通り、調査は途中で中断された。と言っても、調査は難航し、未解決のまま終わりを迎える頃合いだった。


 異常事態の発生したエリアス神殿の解体と周辺に土葬されていた遺体全ての焼却によって、あの出来事は秘匿された。現場を目撃した者には口止めがなされた。長命種エルフの血を引くわたしへの口止めは、ギルドでの終身的な雇用の確約だ。エリアス教会はギルドへの多額な出資を行い、大神官がギルドの役員に名を連ねるため、それが可能だった。加えて、監視にもなる。


 だが、秘匿されて以降、わたしはあの出来事を深追いはしていない。するべきじゃないと感じたから。理由はそれ以外にない。


神の救いギュスターヴについて、わたしは誰にも口外していません」

「君を裁きに来たわけじゃないよ。そもそも、己の目で見なければ到底信じられないような話だろう」

「でしたら、なぜ今この話を?」


 クノース神官の深い息遣いがやけに大きく聴こえた。そんな一呼吸を置き、意を決したかのように口を開き始めた。


「教会による秘匿作業によって、あの土地にあった神殿と墓標は全て取り壊された。ただ、百年という歳月は実に長いものだ。あの土地には、今ではレーヴェという街が形成されている」

「存じています。ここ数十年は冒険者の街として有名ですから」


 ルドミラ北部には人間と敵対するゴブリンの国“アガシャ”がある。エリアス神殿と数多の墓標が建てられていた、あの場所は敵対し合う二者間の境界であり、領土開拓をする人間とゴブリンとの争いが絶えなかった。当時はギルドに所属する“冒険者”は少なかった。しかし、それに類する者たちが、ゴブリンとの領土争いに命を散らした。


 ギルドに所属する者が増え、冒険者にある程度の統率が取れるようになったおかげで、ゴブリンとの領土争いは人間が優勢となった。その結果、領土の境界であったあの場所に冒険者の集う“レーヴェ”と呼ばれる街が形成されるに至った。


「数日前、レーヴェのエリアス神殿で事件が起きた。礼拝堂に遺体が並べられ、エリアスの神画が真っ黒になっていたと。遺体はレーヴェの街外に位置する墓場のもだったらしい。百年前、教会によって秘匿された出来事と全く同様のものが、同じ土地で起こったんだ」


 首筋に気味の悪い冷たさを覚える。


「教会の意向は原因の究明だ。調査官は君が適任だろう」

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