第3話

 あれからシンリは一言も喋ることなく、調査書をまとめるシスを眺めていた。見るなとは言わなかったが、ずっと見られ続けるのは落ち着かない。耐えられずに「見過ぎ」と指摘すると、シンリはチラチラ見てくるようになった。


 調査書の作成は早朝から始め、終わったのは正午になった頃合いだった。これでもギルドの調査官を百年以上勤めている。調査書も何百枚書いてきたことか。最後に残った調査書の作成を終え、デュオデラ大森林の調査任務は完遂となった。


 今日明日に新たな調査任務が通達されることはない。これまでの経験上、一週間は休暇が取れる。明確に休暇が与えられているわけではないが、調査官の仕事は危険も伴えば負担も大きい。立て続けに長期任務をさせるわけにはいかないというギルドなりの配慮なのかもしれない。


「何か食べに行く?」


 終わったのを見計らってシンリが昼食を誘ってくる。断る理由はないけど、シンリと一緒に昼食を食べる理由もない。しかし、恒例的なものにはなっている。


「セリーナたちも、もう来てると思うからさ」


 セリーナとはシンリのパーティーメンバーだ。役職は魔法使いであり、わたしの指示でデュオデラ大森林に火を放った張本人。


「そうね」


 シンリ一人だけでなく、彼女らも来ているのなら昼食を一緒に取るのもやぶさかではない。何もシスは人嫌いなわけじゃない。シンリたちとはこれからも良好な関係でいられたらいい。必要な付き合いもある。しかし、好意を寄せて来るシンリには困らされる。今はもう適当にあしらってしまっているが。


 シンリと一緒にギルドのロビーへ。幸いなことに室長の姿は見られなかった。今朝の慌ただしさも無い。そんなギルドのロビーにシンリの仲間はいた。


 魔法使い特有のローブを動きやすいようにアレンジした軽装姿のセリーナは、錫杖を持っていなければ魔法使いには見えない。魔法使いなのに護身用の中剣を腰に提げてもいる。


 白を基調にした神官服に身を包んだフリィは相変わらずおどおどしている。常日頃から緊張しているような雰囲気を放っている。決してそういうわけではないのだが、人と話すのが苦手なのは事実なため、決してそういうわけではないのかもしれない。わたしは何を言っているのだろうか。


 全身を板金鎧で固めた長身のハジットは戦士であり、寡黙な武人と言った風貌だ。顔の彫が深く、ニメートルにも迫る大柄な体格も相まって、そこにいるだけで視線を集める。一概に強さを比較することは出来ないが、ハジットはパーティーの要を担っている。


 最後はお喋り男という異名(自称)を持つ、つり目が特徴の戦士イスカだ。自称する異名の通り、イスカはお喋りだ。パーティーのムードメーカ的な役割を果たしている。ハジットと同じ戦士職ではあるが、板金鎧で全身を固めてはいない。胸当てのような要所要所を鎧で覆っている。戦士職の中にも二種類あり、ハジットは重戦士で、イスカは軽戦士だ。


「シンリっ!昼食ジャンケンするで!参加しないんなら不戦敗で昼食はシンの奢りな!あとシスもなっ!いつもシンに奢ってもらってるけどな、シスが金持ちだってこと俺は知ってるんだからなっ!」


 大して人はいないギルドのロビーだが、そんなに叫んだら目立ってしょうがない。お喋りなだけでなく、羞恥心すらもイスカにはないのだろう。シンリも呆れたようにため息を吐いている。


「シンリが勝手に奢ってるだけで、奢られてるわけじゃない」

「そうだ。おれが勝手に奢ってるだけで下心は一切ない」

「シンリぃ、下心がないのは嘘だろ。少しはあるだろぉ」


 つり目を細めるとイスカの軽薄さが何倍にも増す。そんなイスカに対して、シンリは親指と人差し指を顔の前まで持ってくる。


「ほんの少しだけ」

「奢るのはダメだ。もっと別の方法でアプローチしないと、シスには効かないぞ」

「別の方法って言ってもな……シス、何か欲しい物とかあったりする?」

「お金や物で私が釣れるとでも思ってるの?」


 全く持って不毛なことなのでやめて欲しい。勝手に奢られるのも、物を渡されるのも、こっちが困る。


「いっいや、そうは思ってないよ……?」


 あからさまに動揺を見せるシンリはわたしが怒っているとでも思っていそうだ。少しは考えを改めてくれればいいのだが。何とか取り繕おうとするシンリに「まぁ落ち着けって」とイスカが肩に腕を回す。小声で何か話し合う二人は子供の時からの付き合いなため仲が良い。


 二人のことは放っておく。きっと、その方がいい。どうせイスカがシンリに無駄な助言をしているだけだ。


「嫌やったらアタシに言ってくれていいからね。あの二人に爆発ブラスト入れて頭冷やさせる」


 シスの隣りにやって来たセリーナが物騒なことを言う。爆発ブラストだと逆に温まってしまいそうだ。いや、そんなことはどうでもいい。


「シンリとイスカは口だけだで何もしてこない」

「あぁそうかも。二人ともヘタレだからねぇ」

「誰がヘタレだっ!こう見ても俺は経験豊富だぜっ」


 何を持って経験豊富とするのか。イスカの中での基準は大分低そうだ。


「お、おはよう……」


 恐る恐ると言った具合でフリィが挨拶をしてきた。仲良くなりたいというフリィの気持ちを図れないほどシスは鈍感ではない。他人行儀な感じより、いくらか言葉を交わせるような間柄になれるに越したことはない。


「おはよう」


 とは言っても、フリィとはこれくらいの距離感でいい。フリィに合わせて仲良くなっていければいいと思う。


 フリィの隣りに立つハジットがシスへ目を向け、軽く会釈する。


「ハジットも、おはよう」


 シスは言葉で返す。

 フリィとハジットが隣り合って立つと、その身長差は二倍くらいあるように見える。二人はお喋りではないし、人付き合いを好まないところも似ている。


 一通り挨拶を済ませるとイスカ主導のもと、昼食ジャンケンが始まった。三年もの付き合いになれば、シスも仕事外で彼らと食事をする機会はあり、その度にこうして誰が奢るかをジャンケンで決めている。恒例行事的なものなのだろう。加えて、調査任務を終えた翌日の昼か夜に、シスとシンリたちが一緒に食事を取るのも恒例となっている。


 今回はシスもジャンケンに参加することになった。今までも何回か参加したことはあった。でも、シスが負けて奢ることになってもシンリが無理矢理奢ってしまう。好意を寄せているからなのだろうが、それではジャンケンをする意味がなくなるし、特別扱いされても困る。


「はいっ!シスが奢りっ!」


 ジャンケンの結果、シスが奢ることになった。

 声高らかに叫ぶイスカは非常に嬉しそうだ。そして何故か、ジャンケンに勝ったはずのシンリが頭を抱えている。


「聞いて驚くなよ、シス。今日の昼食場所を旬雲亭じゅんうんていって決まってたんだ。俺が今、決めたとかじゃないぞ。全員にリスクがあったわけだから、フェアってことだ」

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