第十七場。

  船橋。

  クランクが舵輪の前に立っている。


クランク:やはりここは良い世界だよ。地上のゴミ溜とは違って、清澄な風が吹く、素敵な場所だよ、リリィ。このまま昇っていったら、いつか天国にも辿り着けるだろうか。


カウアドリ:(の声)誠に残念ながら、これからあなたが向かうのは、黒い七つ星の隣に死兆星まで並べた監獄シェフお手製、地獄よりも尚酷い飯が出てくることで有名な、豚も逃げ出す最高の豚箱ですけどねぇ。


  マーチとカウアドリが入ってくる。

  カウアドリ、クランクに銃を向けている。


クランク:お前達をこの船に招待した覚えは無いが。

マーチ:気にすんな、ただの無賃乗船だよ。

クランク:それなら、お引き取り願おう!


  クランク振り向きざまに二人へと銃を向ける。

  避ける二人。

  クランク、物陰に身を隠す。

  二人も身を隠し、マーチが耳打ちする。


マーチ:俺が近付いて奴を抑え込む。お前は、奴の気を逸らしてくれ。

カウアドリ:分かりました。人を煽るのは得意なんですよ。


  カウアドリ、立ち上がる。

  マーチ、姿勢を低くして慎重に進んでいく。


カウアドリ:そうつれないことを言わないで下さいよぉ。こんな空の上まで落とし物を届けに来たんですからね。丁重におもてなしすべきではありませんかねぇ。

クランク:落とし物? 銃ならくれてやる。地獄で家宝にでもするんだな。

カウアドリ:おやおや違いますよ、何を落としたか忘れたんですかぁ?

クランク:知らんな。

カウアドリ:落とし物が多すぎて何のことか分からないんですか?

クランク:俺が何を落としたって?

カウアドリ:人の心だよ。

クランク:心? たかがチンピラが笑わせる。街の品位を落としているお前らには言われたくない!

カウアドリ:そうやって見下すことしかしてこなかったあなたの心はどこにあるんでしょうかね?

クランク:見下す? 勘違いするな、お前らなんて見ちゃいない。そんなゴミ屑に興味など無い。俺が見てるのはいつだってこの空の向こうだ。

マーチ:上の空も大概にして下さい。もっと現実を見た方が良いのでは? いいえ、見るべきは鏡ですか。ああ、そうそう、リリィでしたっけ? 恋人がいたとか言ってましたけど、その小汚い格好では振られても仕方ありませんよねぇ、どうです? これを機に、身だしなみを整えてみては? 囚人服などお似合いですよ。……まぁたとえあなたが何を着ようが、あなたの屑は誤魔化せませんが。

クランク:黙れ!


  クランク、飛び出して銃を構えるが、それより早くカウアドリが銃を撃つ。

  クランク、銃を取り落とす。


クランク:くそっ!

カウアドリ:今です!


  マーチ、駆けだしてクランクを捕らえる。

  クランクを縛り上げる。


クランク:放せ!

マーチ:お前さん本当によく銃落とすよな。

カウアドリ:まぁ、彼は素人ですからね。

マーチ:その素人に土手っ腹撃ち抜かれてちゃ、世話ねぇよな。

カウアドリ:返す言葉もありませんねぇ。

マーチ:というか、素人ってことは、こいつ特殊部隊とかじゃねぇのか?

カウアドリ:ええ。少なくとも本業の方では見てませんねぇ。

マーチ:……お前が何者かはさておくとして、こいつは何者なんだ?

カウアドリ:飛行船を操縦できることからして、大方ホエールズの関係者でしょうね。

マーチ:そうなのか?

クランク:お前らなどに話す舌は持たん。

マーチ:あっそ。でも、そんな奴が何だってこんなことを?

カウアドリ:教えていただけますか、クランク・スコウクロフト。

マーチ:……だんまりか。

カウアドリ:……まぁ、言いたくなければ別に構いませんがね。あとはスレングの旦那に任せるので。

マーチ:なぁ、ところでよ、このあとどうするんだ?

カウアドリ:このあと、と言いますと?

マーチ:こいつを連れて地上に降りようにも、イルカは二人乗りだろ? どっちか残るってこと?

カウアドリ:いえ、それだとシャチを残して、いや、えっと、ああ……どうしましょう?

マーチ:は?

カウアドリ:よく考えてみたら俺、中型以上の船操縦したことありませんねぇ。困りました。

マーチ:いや、困ったって……おい、俺達どうなるんだよ。

カウアドリ:そりゃ、落ちるしか無いでしょう。

マーチ:ふざけんな! 結局何も解決してねぇじゃねぇか!

カウアドリ:仕方ないでしょう! 急なことでしたし、後先なんて考えてませんよ!

マーチ:考えとけよ! 何事も事後処理が一番大変なんだよおめぇ! ひとまず、この船を街中に落とすわけにはいかねぇ。せめて、人の居ない地区に。カウアドリ、船の向き変えるくらいは分かるんだろ?

カウアドリ:ええ。ですが、高度の維持も着陸も出来ませんよ? それだと街は大丈夫でも、我々は挽肉になりますねぇ。

マーチ:それだけ出来りゃ十分だ、俺に考えがある。

カウアドリ:嫌な予感しかしませんねぇ。まぁやってみますよ。


  カウアドリ、舵輪に駆け寄り大きく回す。


カウアドリ:ちょっと揺れますよ!


  歯車の軋むような音。


カウアドリ:マーチ、そこのメーター見ててくれませんかねぇ。針が赤いところにいったら教えて……!

マーチ:今!

カウアドリ:レバー引け!

マーチ:あいあいさぁ!


  二人、船橋を忙しなく動く。


カウアドリ:これで航路は確保できました。あとは不時着を待つばかりです。

マーチ:目的地は?

カウアドリ:スクラップヤードですよ。

マーチ:そいつは後始末も楽でいいや。

カウアドリ:クランク。今更あなたが何を考えていたかなんて知りたくもありませんが、夢の終着点にはぴったりだと思いませんかね。

クランク:……そうだな。

カウアドリ:ふん。……ところでマーチ。あなたの考えって何ですか? 大方の予想はつきますが。

マーチ:墜落する寸前にイルカでここを出る。

カウアドリ:ははは、それは最高に良い考えですねぇ。安全は保証できませんが。

マーチ:分かったら二人とも、行くぞ。


  カウアドリ、船橋を出ようとするが膝をついて倒れる。


マーチ:おい、どうした。

カウアドリ:ははは、少し無理をし過ぎましたかね。

マーチ:だから言ったんだよ、無理すんなって。

カウアドリ:でも、結構こき使ってましたよね?

マーチ:……しゃあねぇ、格納庫までおぶってってやるさ。

カウアドリ:すみませんねぇ、イルカは根性で動かしますよ。

マーチ:当たり前だ。……おい、クランク。そういう訳だから、お前ついてこい。

クランク:……いや、遠慮しておこう。

マーチ:はぁ? お前何言ってんだ、この船はもう沈むんだよ。

クランク:お前達は脱出でも何でもすると良い。

カウアドリ:何馬鹿なこと言っるんですか? あなたも来るんです。

クランク:お前達の飛行船は二人乗りなんだろ? なら、俺はここに残る。

カウアドリ:ふざけんな! お前は豚箱に入るんですよ! そして娑婆に出たら、うちの組織に詫び入れるんです。

クランク:そうだな。それも悪くない。運良くここから出られたら、そうしてもいい。だがな、俺はここに残る。あんたは変な奴だったが嫌いじゃ無かったよ、カウアドリ。無事に逃げてくれ。

カウアドリ:おいおい……、最後に良い感じのこと言ったら、罪が帳消しになるとか、そういうのは、この世界に無いんですよ、そんな言葉であなたをみすみす逃がしたりなんてしませんよ!

クランク:分かっているさ。だから、俺はそれを抱えて地獄に落ちるよ。

カウアドリ:クランク!


  カウアドリ、クランクに近付いていく。


クランク:来るな!


  クランク、壁のスイッチを背中で押す。

  鐘の音と共に機械人形が入ってくる。


マーチ:っち、警備か!

クランク:お前らはもう行け! 間に合わなくなるぞ、早くしろ!

マーチ:行くぞ、カウアドリ!

カウアドリ:しかし!


  マーチ、カウアドリを背負う。


マーチ:良いんだな。


  クランク頷く。

  マーチ、出て行こうとする。


クランク:……なぁ、この世の果てって知ってるか?

マーチ:さぁな。


  マーチとカウアドリ、去る。

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