第十四場。
マーチの家。
寝台に横たわるカウアドリ。
そのそばにスレング。
少し離れて、マーチとヴィオラ。
マーチ:医者はなんて?
スレング:幸い、内臓はやってなかったようでな、命に別状は無いが、しばらくは絶対安静だそうだ。
マーチ:はぁー、あのお医者さん、あのなりで腕は良いんだな。人は見かけによらないって言うかさ。というか、あの人、この前の雇いぬ……、
ヴィオラ:ッシ!
ヴィオラ、マーチの口を押さえる。
ヴィオラ:依頼の件は旦那にばれたら面倒よ。
マーチ:あ、ああ。
スレング:どうした、お前ら?
ヴィオラ:何でもないわ。……ん?
窓の向こうに手。
ヴィオラ、窓際に移動する。
マーチ:ああ、人の縁ってのは不思議だなって思ってな。
スレング:ああ、確かにな。まさか俺がこうしてこいつの看病するなんて、思ってもみなかったよ。鬱陶しいやつだって思ってた筈なんだがなぁ、実際いなくなるかも知れねぇってなったら、こいつをどうしても活かしてやりたくなる。不思議なもんだな。それにしても、よく寝てやがる。はは、これでしばらく街も平和になるよ。
マーチ:旦那……。
ヴィオラ:そうとも限らないわよ。
スレング:何?
ヴィオラ:さっき入ったばかりの情報だから、確かなことは言えないんだけど、飛行船が一隻奪われたそうよ。
マーチ:飛行船泥棒? そりゃまぁでかいことやる泥棒もいたもんだな。大空を自由に飛び回るなんてのは、俺達庶民からしたら夢みたいなもんだしな。
ヴィオラ:そんな暢気な泥棒だったら良かったんだけどね。どうもそれだけじゃ無いみたい。
スレング:どういうことだ?
ヴィオラ:奪われたのは、最新鋭のキラーホエール型高速艇オルキヌス・オルカ。
スレング:なんだと!
マーチ:キラーホエール? なんだそりゃ。
ヴィオラ:シャチよ。
マーチ:シャチ? それだと何かまずいのか? 大金を積んでるとか。
スレング:いいや、積んでるのは兵器だ。
マーチ:兵器だって……!
ヴィオラ:キラーホエール型は、軍用船よ。夢も希望もありはしないわ。待ってるのは、悪夢よ。
マーチ:……そんなのすげぇやべぇじゃねぇか。
ヴィオラ:ええ、最悪ね。
マーチ:おい、どうするんだよ?
ヴィオラ:どうしようも無いわ。いずれ、この街は火の海になる。出来るのは逃げるか祈るかよ。私はもちろんお金抱えて逃げるわ。
マーチ:いや、でもよぉ、まだ犯人がそんな過激なやつとは限らないじゃねぇか。もしかしたら反戦派とかの仕業じゃ、
ヴィオラ:いいえ、それは無いわ。
マーチ:どうしてそう言い切れるんだよ?
ヴィオラ、銃を出す。
ヴィオラ:こんな物持ち歩いてるやつが、反戦? それは無いわ。過激派のテロリストよ。
マーチ:マジか、あいつが犯人かよ……。
ヴィオラ:分かったら荷物纏めなさい。
スレング:なぁ、その犯人の男というのは、もしかしてこの馬鹿を、カウアドリを撃ったやつなのか?
マーチ:おい、ヴィオラ。
ヴィオラ:……そうよ。
マーチ:ヴィオラ!
スレング:そうか、分かった。俺は行くよ。
マーチ:行くってどこに! まさか。
スレング:勘違いするな、仕事だよ。街の平和を守る。俺の仕事だ。
マーチ:無茶だ! 相手は飛行船だぜ、どうやって空まで行くんだよ!
スレング:すぐに討伐隊が編成されるだろう。俺も志願する。この街には何隻も飛行船があるんだ、空の上に行くくらい。
ヴィオラ:無理ね。相手は軍用船よ? 万一行けたとしても、馬鹿でかい船じゃ的も良いとこ。打ち落とされるのが関の山よ。
スレング:くそ……!
マーチ:じゃあどうすれば良いんだよ!
ヴィオラ:言ったでしょ? 逃げるか祈るかだって。
スレング:何か方法は無いのか、何か!
カウアドリ:方法なら、ありますよ。
カウアドリ、起き上がる。
スレング:……カウアドリ? お前、気が付いたのか!
カウアドリ:おかげさまで。
マーチ:傷はもう良いのか?
カウアドリ:いい訳ないでしょう? 死にそうですよ。でも、のんびり寝てて、のんびり火あぶりなんて嫌ですからね。
スレング:お前、起きてたのか!
カウアドリ:ええ、まぁ。
マーチ:それで、方法って言うのは?
カウアドリ:うちにイルカがあります。
マーチ:イルカ?
スレング:そうか! 小型艇なら補足されずに近付くことが出来る!
ヴィオラ:ちょっと待って! どうしてあんたがそんな物持ってるの? あんなの貴族の道楽でしょ?
カウアドリ:言ってませんでしたかね? 俺は貴族ですよ。……何ですかね、その目は。心外ですねぇ。今はそんなことどうでもいいんじゃありませんかね?
マーチ:そうだ! 俺達でこの街を救うんだ!
スレング:やれることがあるのなら、やるしか無いだろう。ただ見てるだけなんて俺には出来ない!
ヴィオラ:あんた達ねぇ!
カウアドリ:……ああ、でも問題がありますね。
スレング:何だ?
カウアドリ:俺のイルカは、二人乗りなんです。
スレング:そうか、だったら俺が行こう。
マーチ:俺も行くぜ。
スレング:すまん、マーチ。俺に命を預けてくれ。
マーチ:ああ!
カウアドリ:盛り上がっているところ申し訳ないですが、お二人は飛行船の操縦出来るんですかね?
マーチ:いいや。
スレング:出来ん。
マーチ:ヴィオラは?
ヴィオラ:理論は知ってるけど無理よ。
カウアドリ:じゃあ、やっぱり俺が行くしかありませんねぇ。
スレング:お前、その傷で動けるのか?
カウアドリ:船を動かせるのは俺だけですからねぇ。それで、どっちが行くんですか?
マーチ:俺が。
スレング:いいや、街を守るのは俺の使命だ。
マーチ:何言ってんだよ、スレングの旦那に何が出来る? 俺の方が適任だ!
スレング:俺だって警察だ。ちゃんと戦える!
マーチ:俺だって一度あいつを!
スレング:なに?
カウアドリ:やれやれ。
ヴィオラ:困った奴らね。
カウアドリ:スレングの旦那。
スレング:どうした?
カウアドリ:一つお願いがあるんですが、良いですか?
スレング:あ、ああ、何だ? 何でも言ってみろ。
カウアドリ:旦那には、地上で待ってて貰いたいんですよ。
スレング:え?
カウアドリ:旦那がいると心強いですがね、俺の帰ってくる場所に居てくれた方が、俺はやれるんですよ。こんなこと言うと気持ち悪いかも知れませんがね、親父が死んで、お袋も居なくなってから、俺にとっての親父は旦那だったんですよ。それに、いつも世話掛けっぱなしで、誇れることなんてこれっぽっちもありませんがね、この街を救ったとなれば、旦那の鼻も高いと思うんですよ。
スレング:カウアドリ、お前……。
マーチ:俺も同じ気持ちだぜ。スレングの旦那は、帰るところを守ってくれよ。
スレング:マーチ、お前まで……。分かった、だが、無理はするな。そして絶対に帰ってこい。
カウアドリ:ええ、分かってます。
マーチ:当たり前だろ?
三人、抱きしめ合う。
ヴィオラ:話は済んだ?
マーチ:ああ。
ヴィオラ:行くのね?
マーチ:ああ。
ヴィオラ:死なないでね。
マーチ:ああ。
ヴィオラ:帰ってくるのよ?
マーチ:ああ。
ヴィオラ:愛してる。
マーチ:ああ。……っえ?
ヴィオラ:二度は言わないわ。
マーチ:ああ。
ヴィオラとマーチ、ハイタッチで手を打ち鳴らす。
音楽。
マーチ:行ってくる。
暗転。
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