第七場。

  裏通り。

  マスクで顔を覆った紳士ディクラインが歩いてくる。


ディクライン:ここには無いか。はて、どこへ行ったのか。


  そこへエラムが駆け込んでくる。

  道の真ん中で二人がぶつかる。

  エラム、尻餅をつく。


ディクライン:おや。すまない。少し捜し物をしていたのだが、前がよく見えなくてね(と、少年に手を差し出す)……だろうな。いまそう思ったかね? そうだろうそうだろうね。世の中というのは常に真っ暗さ。ただ、事情があってね。聞きたいかね? ふふふ、まだ語るまい。まだね。しかしそうだね、私にとってこれは必要なものなのだよ。君にとっての、この私の手と同じように、ね。しかし、目当てのものは見つからなかったが、思いもよらぬ落とし物か。私が取るのか、君が取るのか。どうか選び給えよ。……恐れずに、さぁ。


  ディクライン、膝を屈めて少年に手をより深く差し伸べる。


エラム:……あ、


  と、エラム手を取ろうとする。

  そこにコートを羽織った男、クランクが現れると、二人の間に入ってくる。

  ディクライン、後方にさがる。


クランク:やめておけ、小僧。他人に手を差し伸べるのが、神の遣いだけとは限らない。

ディクライン:おやおや、神の遣いだなど、確かに恐れ多いこと。だが……、そうだね、迷える子羊の手を引いてやるのは、私のような年長の務めである故。

クランク:それを心から言えるのは聖人か、でなければ魔道の者だ。お前はどうだ?

ディクライン:どちらでも。私は君のそんな心ない言葉に酷く傷つけられたがね。私は、人形技師のディクラインという者だ。私の差し伸べる手が、果たして神の手か、魔の手かは、それは心の目で見て判断してくれ給えよ。さて、私もそれなりに多忙な身の上故、そろそろ失礼するよ。縁があったらまた合おう。……少年達。


  ディクライン、去る。


クランク:おい、小僧。……お前、その帽子。

エラム:帽子が、どうしたの?

クランク:いや。何でも無い。小僧、気をつけろよ。他人のことを言えた義理ではないが、この辺りは碌でもない奴が多い。他人を頼るなとは言わないが、まずは自分を持て。まだ立てるのなら自分の足で立て。それが出来ないならまず何か目標を立てるんだ。

エラム:目標?

クランク:たとえ辛い現実に挫かれようとも、目指すものが、成すべきことがあるのなら、人は再び立ち上がれるものだ。どんなに苦しくとも、たとえそこが地獄の底であろうとも。(空を見ながら)それを見据えている限り、な。


  エラム、視線につられて空を見上げる。

  クランク、去る。


エラム:……っあ、飛行船。……あれは、グレイホエール、かな。


  エラム、空に向かって手を伸ばし、引っ込める。

  座ったまま懐から一枚の紙を取り出すとじっと見つめる。

  紙を放り出して空を見上げると、はぁーっと息を吐く。


エラム:父さん。僕、生きるよ。


  エラム、立ち上がり去る。

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