あいつとボクの違い

フルリ

第1話(10:15)

 ドアが開いた。

 まだお客に入ってもらうには早い。清掃の手を止めて、案内係の女の子を制止しようと口を開く。教室の引き戸に目を遣ったところで背筋が凍った。

「何でここにいるの」

 声が震えたのがわかった。

「翳さん、仕事だっていうから。俺が」

 近くに落ちていた、乾いたウェットティッシュを拾い上げる。明らかに自分は動揺しているのに、乾いたウェットティッシュって面白い、なんて思っている辺り、私は危機感が足りていない。

「翼一人か? 掃除はローテーションで回してるって聞いたけど」

「知らないよ、残りの班員なんか」

 あぁ本当、この男には驚くほど空気感とリズムを狂わされる。存在するだけで空気を乱すなんて、どんなふざけた能力だ。

「しかし、なかなかいい学校だな。校舎も広いし、新しいし。何より翼がいる」

「数倍高い学費の私立行きながら言わないでよ。しかも男子校」

 床に散らばったお菓子のごみ屑などを教室の隅に集める。塵取りはどこに置いたっけ。

 

 ごみ箱にごみを捨てて帰ってくると、

「あら翼さん、こちらに少々ごみが残っておりますよ」

 すーっ、と窓枠に指を滑らせる仕草をする。

「あのね、この教室をボク一人で掃除してんの。手が回るわけないでしょ。そういうこと言うなら手伝ってよ」

「変えてなかったんだ」

「は?」

「まだボクって言うんだ、自分のこと」

「お兄ちゃんから聞いていないの? ボクはこのせいで親に見放されたんだけど」

「自分から望んだことだろ」

「そういうところもあるかもね。お兄ちゃんがどうにかしてくれるって、思っていたところもある」

 濡れぞうきんを持って来て、さっき祭が示したところの埃をふき取る。一つ奇麗になると、あとがどうも汚く見えて、結局すべての窓枠を拭いてしまった。

「律儀」

 突然耳元で言われてびくっとすると、にやにやしている祭がいた。

「面白」

 この男のこういうところが嫌いだ。

「何しに来たの」

「劇をやるっていうから見に来たんだ」

「ボクが出演しないのに?」

「そんなことは知らない」

 何でもは知らないよ、という、こいつが言うとただの嫌味にしか聞こえない、そんなお決まりの科白を聞いたところで。ボクの自分語りを始めようか。

 ボクの名前は、小野寺翼。

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