第27話 地獄絵図
「あ、あぁっ……」
目の前の光景に、頭が真っ白になる。
死んだ。天国の扉の教祖、鮫島は──頭に拳銃を突き付けて、引き金を引いた。間違いなく即死だ。脳味噌のような物が散り、デスクには血だまりが広がっている。
また、俺たちの目の前で、人が死んだ。
「……蓮くん。金縛り、解けてるよ」
「えっ……あっ……う、動ける……」
御子の一言で、いつの間にか金縛りが解けていることに気付く。恐らく、鮫島が死亡したせいだろう。
しかし、今はそんなことはどうでも良かった。なぜ、鮫島は俺たちの目の前で拳銃自殺をしたのか。
そもそも、ここは日本だぞ。拳銃なんて代物を所持しているのがおかしい。いや──それこそ、銃の出処なんてものは一番どうでもいい問題だ。やばい、もう頭がどうにかなりそうだ。冷静な思考回路でいられない。
鮫島のピンク色の脳味噌が再び視界に入った。その瞬間、猛烈に胃の底から酸味が湧き上がってくる。
「うっ⁉」
「蓮くん? 大丈夫?」
吐きかけた俺を見かねて、御子が背中を摩ってきた。いつもはその胆力に感心していたところだが、この状況では逆に不気味に感じる。
「へ、平気なのか……御子」
「まあ、私もそこそこ驚いてるよ。でも、取り乱しても何も解決しないし……死んでるね、これ。頭を撃たれて平気な人間なんていないけど」
御子はデスクに駆け寄り、鮫島の瞳孔を見て、本当に死亡しているか確認する。
「拳銃、か。まさか、こんな物を隠し持っていたとはね。もし、こっちに撃たれてたら、さすがに私でもどうにもならないかな」
「ど、どうなってるんだよ……これ」
「……ごめん、蓮くん。私も一生懸命考えてるけど、ちょっと理解が追い付いてない」
御子は天井を眺めながら、虚ろな目で、何か考えているようであった。
あの御子すらも、混乱するほどの状況が起こっているということか。凡人の俺には正気を保つだけでも精一杯だ。
これで、目の前で人が死ぬのを見たのは二度目だ。一人目はあの老婆で、二人目は司祭の鮫島──っ。
「……っ⁉」
その時、何か──糸が繋がったような感覚がした。
ちょ、ちょっと待て。そうだ。この二人は天国の扉に所属している。これは偶然、なわけがない。
デスクの上には彼が死の直前に放送で使用したマイクが転がっていた。そんな──あり得ない。あってたまるか。徐々に、全身に鳥肌が立ち、下腹部の辺りに寒気を感じた。
俺の脳裏には最悪の可能性が浮かんでいた。あり得ない。そんなことを実行するわけがない。だが、現在進行形でそのことを裏付けるように、奇妙な現象が起きていた。
なぜ、鮫島の放送があり、銃声のような音が響いたにもかかわらず、誰もこの部屋に来ないんだ。おかしいじゃないか。もう既に、鮫島の放送から二分は経った。あれが定期放送、なわけがない。俺たちをこの部屋に案内した比津地は何をしているんだ。
『……とうとう、この日が来たのだ。我々が天の国に渡る日が』
ふと、鮫島が放送中に放った言葉を思い出す。
我々が、天の国に渡る日が、来た。天の国、これが指す意味とはなんだ。教団の名の通り、天国、あの世を指しているのか。そうだ。俺を呪ったのも、天の国に使者を送るためだとも言っていた。使者を送るという行為が指す意味は悪霊の影を使って行う呪殺だ。
つまり、鮫島が最後に残した我々が天の国に行く時が来たという言葉の意味は──
「……蓮くん」
「み、御子……?」
声を掛けられ、咄嗟に彼女の方を見ると、その様子に俺は言葉を失った。
御子の顔は──先程とは打って変わって、今までに見たことがないほど、青ざめていた。俺と同様に、全身が僅かに震えている。こんな姿を見るのは初めてだった。
「……ちょっと、まずいかもしれない。今すぐ、ここから逃げよう」
「ま、まずいって……どういうことだ?」
「わ、分かんない……でも……ここにいたらダメ。早く。何か、私もよく分からんだけど……嫌な気配がする。ものすごく、今までに感じたことがないくらいに」
「わ、分かった。行こう」
冷静を装っているが、明らかに御子は取り乱していた。事情を聞いている暇はなさそうだ。俺も──御子と同様に、吐き気とは別に、本能的な嫌悪感のようなものが湧き上がってくるのを感じていた。この場所にいるのはまずい。逃げなくては。
急いで扉を開けて、廊下を駆け走り、階段を目指す。校舎の中には──他に物音はなく、俺たちが廊下を走る音だけが反響していた。おかしい、なんでここまで静かなんだ。さっき通った時は誰かが談笑する声が聴こえていたはずなのに。
そ、そうだ。あそこになら、誰かいるはず。俺は脚を止めて、ある教室の前で立ち止まる。そこは──比津地と共に通った子供達がいる教室だった。
先程まで、あの子達は授業を受けていたはず。きっと、まだ中にいるに違いない。窓から教室内を覗き込んだ。
「……っ⁉」
「れ、蓮くんっ!?」
「あ、あぁっ……嘘、だろ……こ、こんなことが……こんな……」
教室内には──確かに、子供たちがいた。だが、全員が鮫島と同じように、眠ったように机にうつ伏せになり、ピクリとも動かなかい。そして、机の上には紙コップが置かれていた。
「……っ。これは……ダメだ。もう、死んでる」
御子も目視したようで、顔を歪めている。
その異様な光景を見て、俺も本能的に──あの教室内の子供たちは既に全員絶命したということを察してしまった。
紙コップに入っているのは恐らく毒だろう。それを飲んで命を絶ったのだ。まだ年端も行かない子供達が、自ら率先して、司祭の鮫島と同じ末路を選んだ。
やはり、当たっていた。鮫島が最後に行ったあの放送はただの命乞いでも、別れの挨拶でもない。
信者への〝命令〟だ。この施設にいる全員に「自殺しろ」という命令だった。
「な、何が……何が……天国だよ。これのどこが……天国なんだよ……地獄だろ……こんなの……」
自然と、目から涙が零れ落ちる。
俺の中で、感情のタガが外れる音が鳴った。今、この場で何百もの命が失われている。そんなところで平静になれるわけがない。
ただただ、恐ろしかった。自分も、この死の渦に巻き込まれるのではないか。恐怖で身体が動かない。今すぐ、どこかに隠れたい。嫌だ。死にたくない。
「蓮くんっ!」
背を丸め、震えている俺の頭に──御子の手が触れる。
「……不安なのは私も同じだよ。大丈夫、蓮くんは一人じゃない。行こう。私が守ってあげるから」
地に伏している俺に覆いかぶさるように、御子は抱擁をした。
すると、どうだろうか。寒気が収まり、震えが収まった。温かい──御子の肌は極寒の地に灯る炎のような温もりを感じた。
「はぁっ……はぁっ……だ、大丈夫だ。ありがとう……」
足腰に力を入れ、何とか立ち上がる。呼吸が荒れるが、深呼吸を繰り返し、何とか息を整える。
「行こう……」
御子に支えられながら、階段を目指す。その途中──また、何人かの信者の死体が目に入った。彼らの傍にも紙コップが置いてあり、服毒自殺を実行したようだ。
そして、ようやく階段に差し掛かったところで、見知った人物が倒れていた。
「ひ、比津地……」
階段の下で、比津地は仰向けになり頭から血を流していた。
状況から察するに、階段から落ちて自殺を図ったのだろうか。首が妙な方向に曲がっている。確認するまでもない、即死だ。
「ク、クソ……どうなってんだよ……」
「……今は出口を目指そう。階段を降りたら、もうすぐだよ」
二階に降り、そのまま一階へと続く階段を降りる。
その最中にも、転落死したと思われる死体がいくつかあった。なるべく視界に入れないようにして、ようやく一階へと辿り着く。出口はもうすぐそこだ。
だが、その時、御子の足が止まる。
「ど、どうした?」
「……蓮くん。ごめん、先に外に行ってて」
そう言うと、彼女は背を向け、どこかへ駆け出して行った。
「御子っ⁉ どこに行くんだ⁉」
俺の制止を聞かずに、御子は廊下の角を曲がり、姿を消す。
な、なんで──どこに行ったんだ。一刻も早く、ここから脱出した方がいいと言ったのは御子の方だ。それに彼女が俺を置き去りにして、単独で行動するというのは今までの傾向からして、異常な事態という他ない。
ま、まさか……今、集団自殺だけではなく、まだ別の何かが起きているのか。御子はそれを感じ取って、その対処に行った──のではないだろうか。
「……おい、行くぞ!」
竦む脚を叩き、動くように命令する。
一人で行かせてたまるか──俺も、手助けしなくては。彼女が駆け出した方向へと駆け出し、後を追った。
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