第23話 運命の赤い糸

 *


 翌朝、合計二十時間近く眠っていたということもあり、早朝に目が覚めた。ここまで眠ったのは実に久しい。いや、初めての出来事だった。それだけ、疲労と安心があったということだろうか。

 御子から来たメッセージによると、二日後、あの教団、天国の扉に見学をするという形で潜入する手筈になっていた。二日──か。長いようで、短いな。


 一通り、朝の準備を済まし、俺はテレビを付ける。

 今日は大学の授業は……あぁ、午後に入っていたな。さすがに、最近休み過ぎたということもあり、そろそろ顔を出しておかないと。まだ命の危険があるというのに、単位の心配をするのは我ながら呑気な思考だと思うが、怯えながら過ごすよりはマシだ。


 暇な時間ができたことで、俺はスマホのブラウザアプリを立ち上げて、ある単語を入力する。

 天国の扉──あの教団について、自分でも少し調べておこうと思った。昨日、御子と共に見た公式ホームページがすぐに出てきたが、それについてはもういい。誰か、俺たちと同じように、あの教団に不審な点を見つけた者はいるのだろうか。それが知りたかった。


 検索結果を上から眺めると、いくつか一般の人間が取り上げた記事が出てきた。ただ、そこには大したことは書いていなかった。

 廃校を買い取り、共同生活をしている不気味な宗教団体がいるという情報だけが載っており、それ以上のことは何も書かれていない。一時間近くかけて、上位のサイトをいくつか閲覧してみたが、大した情報は得られなかった。

 少し、検索ワードを変えてみる必要があるかもしれない。天国の扉の後にスペースを入れ、カルトと入力し、検索してみる。結果は──ダメだ。特に変化はなし。


 もうちょっと、直接的な単語を入れてみるか。奴等と関わったことがある人間のみが、知っている情報。数分、悩んだ俺は検索バーにある単語を打ち込む。

 『天国の扉 呪い』──これではどうだろうか。すると、検索結果に、今まで引っ掛からなかったブログが出てきた。


 サイトの名前は『とあるフリーライターの便所の裏の落書き』。

 ピクリと、俺は無意識に肩を震わせる。当たり──なのか。これは。すぐにそのサイトをタップし、閲覧することにした。

 記事のタイトルは『2018/03/09』。更新日時と同日であり、タイトルは日付を表しているものだった。


『さて、何から書いて行こうかな。じゃあ早速だが、この前の記事で伝えておいた天国の扉とアポを取ることができたことを報告させてもらう』


 記事の文頭を読んで、息を呑む。

 読み進めて行くと、この〝とあるフリーライター〟という人物はオカルト雑誌の記者をしている人物であり、天国の扉に取材を試みるという趣旨の内容が書かれていた。


『天国の扉に関する噂は……まあ、前回の記事に書いた通りだ。表向きは共同生活をすることで、俗世間からの呪縛を解き、身を清めると言った信仰を持っているそうだが、俺が入手した情報では呪いで人を殺しているとか、神をこの世界に降臨させるとか、イカれたことをやろうとしているらしい』


『と言っても、あんまり信用できる情報源じゃないってのも事実で……正直、半信半疑ってのが、今の心情だな。でも、面白い記事になるのは確信してる。今のご時世に、カルト教団の内情を暴くってのはどこの出版会社もやりたがらねえ。だからこそ、俺がやるべきだ』


『続報に関しては次の記事で報告できると思う。最悪SNSか動画サイトを使ってでも、手に入れた情報は公開するつもりだから、期待して待っててくれ』


 やはり、と言うべきなのか。俺たち以外にも、行動を起こした人物がいた。

 この人は一体、どのような情報を持ち帰ることができたのか。サイトの上部からトップページに飛び、最新の記事を確認しようとする。

 記事の更新は――『2018/03/09』で止まっていた。


 *


「……で、あるから、このように地域復興には」


 左耳から講師の声が聴こえてくるが、そのまま脳を通り抜けるように、右耳から流れ出るような感触がする。あんなこと知ってしまったら授業の内容なんて入ってこない。

 この数時間で、例のフリーライターのブログの記事をすべて読破することができた。そこから分かったことは──あの人は業界で二十年近く働いているベテランの記者だということだった。


 ブログの内容自体は名の通り、ほとんど独り言のような報告が多かったが、そこからでも彼の几帳面で情熱的な性格が見えてきた。記事にすると決めた事件や事象はとことんまで追求していたようで、取材費が赤字になっても、手を抜くことは自分で許せなかったそうだ。

 そのおかげで、常に金には困り──妻とは離婚、六歳になる娘とも、離れ離れに。ただ、それでも彼の記者魂というのは収まらなかった。あの天国の扉との接触を試みたのも、常に事実を追求しようとした結果だろう。


 だが──恐らく、彼はもうこの世にはいない。

 実名は分からずじまいだったので、生死に関することは調べても出てこなかったが、そんな気がする。あの教団に関わってしまったのが原因なのは間違いない。直接殺されたのか、それとも俺のように呪いで死んでしまったのか。


「……本当に、行っていいのか」

「はい、では本日はここまで」


 俺の呟きと同時に、授業も終わったみたいだ。あぁ、出席カードの内容──どうするかな。授業の内容、聞いてなかったぞ。まあ適当に、耳に入ってきたことを書くか。文字数を稼ぐのはレポートで慣れている。

 大学生活で培った無駄に文章を引き延ばす術を使い、俺は講師に提出した。帰宅をしようと、振り向いた時──教室の扉の影に、彼女の姿が見えた。


「蓮くん、お疲れさま」

「……あぁ」


 御子と合流し、俺たちは大学内の談話室へと移動した。


「ブログの内容、私も見たよ。よく見つけたね、これ」

「……なぁ、御子。本当に……行ってもいいのか。奴等の本部に」


 俺は正直に、胸に抱いていたことを御子に投げかける。

 このタイミングで、あのブログを見つけてしまったのは偶然ではないような気がしたのだ。俺は──俺自身の勘が「行くな」と警告していると受け取った。このままではあのライターの二の舞になるぞ、と何かが訴えかけている。


「そうだよね。こんなの見たら、怖いよね。でも、大丈夫だよ。蓮くんだけは……何があっても、守るから」

「……そうじゃ、ない。俺じゃなくて……お前のことが心配なんだよ。御子」

「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、御子は驚きの表情を見せた。

 そうだ、俺が、御子の身を案じるなんて──身の程知らずも甚だしい。だが、彼女の猪突猛進というか無鉄砲な性格を考えると、本当に、どんな無茶をやらかすか分からない。


 何度も彼女が放った「俺を守る」という台詞は──その証拠だ。これは俺を守るという意味ではなく、俺のために死ぬという意志表示に聞こえる

 正直、俺が死ぬのだけはいい。短期間で何度も死に立ち遭ってしまったせいで、そこら辺の境目が曖昧になってしまっているだろう。でも、その死に御子が巻き込まれるのは──絶対に避けたい。彼女の力はもっと人の役に立てるモノだ。こんなところで、散って良い命ではない。


「御子……もう、いいんだ。俺……もう、死ぬのも仕方ないかなって、思い始めてる。事故や……災害と変わらない。俺の母さんが事故で死んだように、呪い殺されるのが俺の運命ってやつじゃないのかって。でも……御子、お前は無関係じゃないか。わざわざ危険な目に遭う必要なんて……どこにもない」


 ここまで自分のうんめいを受け入れられるようになったのも、多分、母のことがずっと心の中で引っ掛かっていたせいだ。


 なぜ、母は死んでしまったのか。ずっと、考えていた。人の死というのは──いずれ、必ずどこかで訪れる。短命だの長寿だの、そんなのはただ偶然の結果だ。俺の命がここで終わるのも、運命だ。そう思えば、そこにどれだけの悪意が干渉していても、どこか受け入れられるような気がしていた。


 俺の言葉を聞いた御子は数十秒間、黙り──目元から、一滴の涙を流した。


「えっ……御子……?」


「ごめんね。ちょっと、嬉しくって。私……今、すごく幸せだよ。蓮くんが……そんなにまで、私のことを想ってくれているなんて。でも、蓮くんが私のことを思っていてくれているように……それ以上に、私は蓮くんのことが好きなんだ。だから、蓮くんが呪いで死ぬのが運命なら、私が蓮くんを守って死ぬのも……同じ運命ってやつだと思うよ」


「……御子」

「大丈夫、怖くないよ。一人にはさせないから……もし、蓮くんが死んだら、私も一緒に死んであげる」


 御子は本気の目だった。

 本当に、俺と一緒に──死ぬ気だ。


「でも、これはあくまで最悪の可能性。一緒に生き残るのが、一番望んでいる未来だよ」

「な、なんで……そこまで俺のことを?」


 あの最初の夜、御子に命を救われた時から、ずっと胸に秘めていた疑問だった。俺は御子に大して何もしてあげたわけでもない。なのに、なぜ彼女は──そこまで俺を愛していてくれているのだろうか。


「別に、理由なんてないよ。あの時、大学で初めて声を掛けてくれた時から、蓮くんは私の中で、一番大切な人になってた。これも運命ってやつなのかな。うん……そうだね。間違いない。で結ばれてるって……私は感じたよ」

「う、運命の……赤い糸、か。ははっ……そう言われたら、何も……言い返せないな」


 してやられた、とでも言えばいいのだろうか。完全に、言葉を返されてしまった。俺と一緒にいるのも、運命であり、共に死ぬのも運命だと言われたら、何も反論できない。

 なら、やるしかないか。御子と一緒に〝死の運命〟を乗り切るしか──俺に道は残されていなかった。

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