人を見る目①

 中学校に入学すると、僕は美術部に入部した。漫画家になる、という夢を持って。

 入部初日、顧問の井上いのうえ先生が僕たちに二、三年生を紹介してくれる。井上先生は若い女性の教師だった。

「三年生は三人、二年生は四人なんだ。二、三年生合わせても新一年生とほぼ変わらないね!」

 先輩たちは意外と少ないな、と思った。ライバルは少ないほうがいい。

「先輩たちがどんな絵描いてるか気になるでしょ」

 井上先生が作品を持ってくる。先輩たちの作品だ。

「『はな』っていうテーマで描いてもらった作品なんだけど」

 話しながら、井上先生は黒板に「はな」とひらがなで書く。そして一つずつ、作品を公開していく。

 先輩たちは皆、僕とは比べ物にならないほど絵が上手かった。

「入部テストってわけじゃないけど、一年生の最初で『はな』をテーマに描いてもらおうと思っててね。同じテーマで二、三年になってもう一度描いてもらうんだ。一年経ってどう変わったか、二年経ってどう変わったかを自分自身で確かめてもらうためにね」

 僕が今見ている作品は、先週、二、三年生が描いた絵だという。

「先輩たちの一年生のときの作品も見る?」

 井上先生がいたずらっぽく言うと、先輩たちが「やめてください!」と全力で止めた。場が賑やかになる。とてもいい雰囲気だった。

 ただ、これだけ絵の上手い先輩たちは、絵を描くことが好きなだけで、将来仕事に活かそうという考えはないらしかった。

 一年生の美術部員は六人だ。飯田いいだくん、長谷川はせがわさん、町田まちださん、岡野おかのさん、丸山まるやまさん、と僕。

「じゃあ、実力を見せてもらおうかな。テーマは『はな』で」

 僕たちは「はな」をテーマに、絵を描いた。そして、完成した作品をそれぞれ見比べた。

 僕が五人の絵を見たなかで、一番上手いと感じたのは飯田くんだった。ハナ差でゴールを掴み取った馬の絵には躍動感があった。

 長谷川さんはひまわりの絵、町田さんは丘一面に咲く紫の花の絵と、二人とも風景画が得意なんだと分かる。岡野さんは独特なタッチで、散る花びらをユニークに描いていた。シンプルな赤いバラの絵を描いた丸山さんは、他の四人に比べると、画力が劣っているように感じられた。僕が言えることではないけれど、あまり上手くはなかった。だけど、彼女には誰よりも伸びしろがあるように感じられた。

「他の人の作品を見て、感じることはたくさんあると思うけど、誰が一番上手いかってことじゃないんだよ。どの絵が一番好きか、っていうところを見てほしいんだよね。商業的な画家からしてみれば、どれだけ人に好かれる絵を描けるかってことが重要だったりするからね。漫画家とかは特に!」

 そうか。自分の好きに描いているだけではダメなんだ。人に好かれる絵を描かなくちゃ。

 それから一年半の間、全比重を絵にかけてしまったことで、僕は勉強にあまりついていけなくなっていた。テストでは悪い点ばかりを取った。

 同じ中学校でも、友助とは少し距離ができてしまった。僕が絵に没頭していたから、邪魔しないように距離を取ってくれていたようにも思う。

 だからこそ、絵だけは絶対いい成績を出したかった。それなのに……。

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