13.無理くらいします

 少年と手をつなぎ、その後ろに隠れるように立っている少女。そんな彼女の左目には、金色に輝く守護石がはまっていた。


「あなたは石人いしびと、なの?」


 ミオソティスの問いかけに、少女はふるふると首を振った。


蒸着水晶オーラクリスタルの守護石……半石人亜人、だな」


 難しい顔で少女を見るオルロフに、ミオソティスは驚きの声をあげた。


「石人と人間との間に、子供なんてできるの⁉」

「普通はできない。一部の石人と半身同士を除いては、な」


 オルロフの言葉に、改めて少女をまじまじと見つめるミオソティス。すると居心地が悪かったのか、少女は少年の後ろに隠れてしまった。


「あの、この子、リコリスだけでも連れて行ってもらえませんか? この子は、半分は石人なんです。だから、極夜国ノクスで保護してもらえないでしょうか」


 懇願こんがんする少年に、しかしオルロフは首を縦に振らなかった。


「残念だが俺の、権限……で、は…………くっ、これ、は――」


 つい先ほどまではなんともなかったオルロフが、突然膝をつき苦しみだした。


「オルロフ様⁉ やだ、どうして、どうすれば――」

「くそっ……毒、か」

「どいて!」


 少年はミオソティスを押しのけると、素早くオルロフの容態を確認し始めた。


「これ、蛇の王バジリスク毒の症状だ。しかも遅効性で、じわじわ効くように調合された。さっきのタキシムってやつの剣に塗ってあったんだ」


 少年の見立てに、みるみる青ざめてゆくミオソティス。


「そんな……だって、蛇の王の毒は石をも砕くって……。だから、私たち石人には最も恐ろしい毒の一つで…………」

「しっかりして! 君がそんなに取り乱してどうするの。この人、助けたいんでしょ? だったらまずは、極夜国に連れて行こう。蛇の王の毒が石人の弱点だって言うなら、その石人の国なら当然特効薬を常備しているはずだから」


 少年に活を入れられ我に返ると、ミオソティスはすぐさまオルロフの隣にしゃがみこんだ。


「立てますか、オルロフ様」

「すま……ない。くっ、まさ……か、人間の、世話に……なる、と……は」

「それだけ口がきけるんなら、まだ大丈夫。あと僕、人間じゃなくてヘルメスね。じゃ、いくよ」


 ミオソティスはヘルメスたちと共に、大柄なオルロフを半分引きずるようにして運んだ。

 この百年、曲がりなりにも伯爵令嬢として暮らしてきたミオソティス。こんなに重いものなど運んだことなく、二、三歩進んだだけですでに足が悲鳴を上げ始めていた。


「無理、する……な」


 苦しそうに息を荒げているくせに人の心配ばかりするオルロフに、ミオソティスはきっぱり言い切ってやった。


「いやです! 無理くらい、しますよ。……だって、オルロフ様だって……無理、したじゃ、ないですか」


 ぜいぜいと息を切らしながらなので少々不格好だが、それでもミオソティスは足を止めることなく、少しだけ弱気になっていたオルロフに言い返してやった。


「ばーか……んっとに…………」


 オルロフはそれだけ言うと、すでに限界だったのか気を失ってしまった。

 急に重さが増したオルロフに、ミオソティスは祈るように軽口をたたく。


「どうせ、ばか……です、よーだ。…………ねえ、私の話、聞いてくれる……でしょ。だから……死んじゃだめ……ですから、ね」


 その後は三人とも無言で、ぜいぜいという荒い呼吸の音と、重いものを引きずる音だけが静かな森に響いた。



 どのくらい歩いたのだろう。いつもなら一駆けの距離が今、ミオソティスにはとんでもなく長く感じられていた。

 隣で一緒に支えてくれているヘルメスの心配そうな顔に笑みを返すとミオソティスは一度立ち止まり、ぼうっとする頭を振った。そして気を取り直すとヘルメスにうなずき、再び足を踏み出す。しばらくして、目に入ってきた汗を拭おうと顔を上げた時、不意に見慣れた景色が飛び込んできた。


「戻って……きた」


 ミオソティスの一言に、ヘルメスとリコリスも顔を上げる。


「ここが……」

「極夜国」


 と、その時。ミオソティスたちのもとに一人の石人がやって来た。それはミオソティスの見張りをしていた兵士で、たまに見かける顔の男だった。


「なっ、なんで人数が増えてるんだ……って、オルロフ殿下⁉ それにその二人、お前ら――」


 動揺する兵士に、ミオソティスは最後の力を振り絞って叫んだ。


「お願い、オルロフ様を助けて! 蛇の王の毒にやられたの。早く、はや……く…………」


 ミオソティスの意識は、そこでぷっつりと途切れた。



 ※ ※ ※ ※



 体が熱い。いや、それよりもなによりも、とにかくあちこちが痛くてだるい。そんな不快感に叩き起こされ、ミオソティスは目を開けた。

 目に入ってきたのは、いつもの見慣れたベッドの天蓋てんがい。いつ、部屋に戻ったんだっけ? などと考えながら顔を横に向けた時、ミオソティスのぼやけた視界に映ったのは、泣きそうなアルビジアと両親だった。


「どうしたの、みんな。何か、悲しいことでもあったの?」


 思ったよりもかすれた声が出て、これは熱があるな、などとミオソティスがのんきに考えていると、突然アルビジアが泣きながら覆いかぶさってきた。


「ばかー、ティスのばかばかばかぁー‼ 心配したんだから! 死んじゃうんじゃないかって、すごく怖くて、私、私……」


 最後の方は言葉になっておらず、アルビジアはミオソティスの上に突っ伏したまま子供のように泣いていた。そんな妹の頭をそっと撫でると、ミオソティスはぼうっとする頭で、なぜ、自分はここで寝ているのだろうか? と考えた。そして一瞬の間の後、いきなり起き上がりこぼしのような勢いで上体を起こして叫んだ。


「オルロフ様‼ …………ったぁ」


 身体中にはしった痛みに、ミオソティスは思わず苦悶くもんの声をもらす。大柄な男性を引きずって森を歩くという貴族令嬢らしからぬ重労働は、ミオソティスの全身に筋肉痛と発熱をもたらしていた。


「しっかりして、ティス!」

「大丈夫、大丈夫。ただの筋肉痛……だと思う。あんなに重いものを運んだの初めてだったから……って、そうだ! オルロフ様は? ねえ、オルロフ様はご無事なの?」


 起きた途端にオルロフの心配をしだすミオソティスに両親は苦笑い、アルビジアは少しだけ不満そうな顔をする。


「大丈夫、だと思う。ただ、今はまだ療養中だって使いの人が言っていたわ」

「……よかったぁ。あ! じゃあ、私たちと一緒にいた男の子と女の子は?」

「え? ああ、あの子たちなら兵士に連れていかれたわよ」


 アルビジアはきょとんとした顔であっさりと答えた。それを聞いたミオソティスは驚き、思わずアルビジアの両腕を掴んでものすごい剣幕でまくしたてていた。


「そんな! だって、あの子たちは命の恩人なのよ。ねえ、今はあれからどのくらい経ったの?」

「ちょっ、落ち着いてよ。一日、まだ一日よ。ティスは森から帰ってきた途端倒れて、今の今まで寝込んでいたのよ」

「大変、行かなきゃ」


 慌ててベッドから起き上がろうとするミオソティスを、アルビジアと両親が必死で押しとどめる。


「落ち着きなさい、ミオソティス。あの子たちは大丈夫だ。それに、もう極夜国ここにはいないんだよ」


 父の言葉に、ミオソティスの顔が一気に青ざめる。頭の中に次々と恐ろしい考えが浮かんできて、ミオソティスは思わず「そんな……ひどい」と呟いてしまった。

 勝手に暴走し始めるミオソティスにアルビジアはため息をつくと、両手で姉の頬を挟み込みんで、正面から目を合わせた。


「ティスが何を想像したか知らないけど、それ、違うから!」

「でも、いないって……」

「殿下からの口添えで、あの子たちは一泊した後、無事旅立ったの。だからもう今頃は、自分たちの世界に帰っているはずよ」

 

 アルビジアから聞かされた命の恩人たちの処遇に胸をなでおろすと、ミオソティスはそのままへなへなとベッドに倒れこんだ。


「よかった……本当に、よかった。そうだよね、そもそも極夜国には死刑なんてないものね。本で読んだ人間の世界のことと混同しちゃって。私、また暴走……しちゃった、みた、い…………」


 それだけ言うと、ミオソティスは再び微睡まどろみの中に沈んでいった。

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