第1章 ⭐︎ルミちゃん⭐︎①

 その後、登校する時には必ずぬいぐるみをカバンに入れて持ち歩いていた。そして、ゴールデンウィーク三日前、廉はようやく「結衣ちゃん」に会えた。


 少し会わない間に髪が伸びている。つややかな黒髪は健康的だ。今日はご機嫌のようで、鼻歌を歌いながらバスを待っている。その姿を見た廉は自然と小走りになる。


「ね、ねえ」

 バス停二メートル手前で、変な調子で声をかけてしまう。「結衣ちゃん」は不審そうな目で廉を見ていた。


「このぬいぐるみ、さ」

 少し慌てて、ぬいぐるみをカバンから出した。


「あー。ルミちゃん!」


 目を大きく見開いてる。「結衣ちゃん」は大切そうにぬいぐるみを受け取った。


 名前までつけてたのか。

「地面に落ちてた。土に汚れてて可哀想だったから、洗濯もした。それじゃ、俺、これで」


 廉は片手をあげて、かっこよくキメようとした。しかし、これでは、「結衣ちゃん」とのせっかくのつながりが途切れてしまう。

 そもそも、同じバスにこれから乗るのに、「じゃ、これで」もない。


 しくじった。


「結衣ちゃん」はルミちゃんを優しい目で見ながら言った。

「先輩のこと見たことありますよ。もしかして、入学式で挨拶されてた生徒会長さんではないですか。忍田先輩ですね。先輩はぬいぐるみがお好きなんですか?」


 結衣ちゃんは朗らかに笑って、廉を見た。大きな目が嬉しそうに輝いてる。


 廉は嘘なんてつけるはずはない。


「ひとつ上の姉貴は外遊びが好きで、ぬいぐるみなんか嫌いだった。なのに、たくさんぬいぐるみや人形、プレゼントにもらってた。それは全部、俺のところに行ったよ。人形に服を手作りしたりもしたかな。簡単なスカートとか。正直、小学校五年生くらいまで遊んでたかも」

 

 でも。言葉少なくなってしまう。


 いつからか、その気持ちを封印してた。ぬいぐるみも人形も、「もう大人になったから」と、段ボールに詰めて親戚の小さな女の子にあげてしまった。


 

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