コーポ・ディッシュの管理人

貴船弘海

中1になる

1 親ガチャ

 うららかな春の日差し。

 その中を、私は一人で歩いていた。

 向かっているのは、おばあちゃんち。


 私の名前は、本宮もとみやすみれ。

 この春から、うぐいすみさき中学に通う新一年生。


 中学生って、良いよね。

 大人の階段、第一歩って感じ?

 だってJCだよ?

 絶対、楽しいに決まってんじゃん!


 買ってもらった制服を、何度も部屋で着てみる。

 うん。

 なんか大人だよ、これ。


 何と言うか、ウキウキ&ワクワクが止まらない!

 これからきっと、めちゃくちゃハッピーな毎日がやってくるんだ!


 えぇ……はい……まぁ……あの……そうなんです……。


 私、めちゃくちゃ幸せでした……。

 あの話を聞くまではね……。


       〇


「は?」


 仕事から帰ってきたママの言葉を聞いて、私はボーゼンとした。

 だけどママは、百パー・超ハッピースマイル。

 会社帰りに買ったっていう花柄ワンピで、クルッとその場で華麗なターン。

 最後の決めポーズは、まるでアイドル。


「それ、どういうこと?」


「あれ? 聞こえなかった? 明日から、すみれは『ママ』といっしょに住むんだよ?」


 ママが言う『ママ』っていうのは、つまり私のおばあちゃんのこと。


「な、なんで私がおばあちゃんといっしょに住むの?」


「なんでって、あなたを一人暮らしさせるわけにはいかないでしょう?」


「一人暮らし? え? あの、ちょっと意味わかんないんだけど?」


「はぁ……あなたは、どうしてそんな子に育っちゃったかな? ひょっとして、私の育て方、大失敗?」


「わ、私ぃ? 私が悪いの?」


「いいから。ほら、すみれ。ここに座りなさい」


 シリアスになったママが、私をテーブルの席につかせる。

 花柄ワンピをひるがえし、ママは私の向かい側に座った。


「私ね、明日から外国に行くの」


「は、はい?」


「ん? わからない? 外国だよ、外国」


「外国……明日って……そんなの、いきなりすぎるでしょ!」


「わかってないなぁ、すみれは。恋っていうのはね、いつも『いきなり』なものなんだよ?」


「恋ぃ?」


 目の前で頬杖ほおづえをつく、夢見るような乙女のまなざし。

 ママは、私と同じ歳みたいな笑顔を浮かべてる。


 マ、ママ……も、もしかして……。


「あの、すいません。ちょっと質問いいですか?」


「ん? どうぞ」


「ひょっとして、ママは、その……ご、ご結婚されるのですか?」


「ふふふ。さすがね、すみれ。私のこと、すべてお見通し」


「ママ、あの、本当にごめんなさい。失礼ですけど――何回目?」


「5回目よ」


「とりあえず、回数は覚えてるんですね」


「何? 何か問題ある?」


「あの、そろそろご自分が結婚に向いてないことに、お気づきにならないんですか?」


「まったく気づかないわ。それに、ほら『5度目の正直』って言うでしょ?」


「『の正直』な……」


「まぁ、とにかく、私は明日から外国に行くの。だからあなたは、明日から『ママ』といっしょに暮らしなさい」


「ねぇ、ママ」


「ん?」


「外国って、どこ?」


 私が聞くと、ママは立てた人差し指をくちびるにあてた。

 ん~~~と、甘えた感じで考える。


「どこだったっけ? 忘れちゃった」


 ダメだ、この人……。

 自分がこれから行くとこの、国名も忘れるなんて……。


 私、親ガチャ、確実に失敗してます……。

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