②
上を見上げると、大好きな優しい笑顔が覗き込んでくる。心臓が跳ねて、慌てて離れようとするが剣を振る逞しい腕は、フィーナの抵抗にビクともしない。
「ジ、ジーク様、皆さんが見てます 」
ふっとジークハルトが笑みを深くする。
「そうだな、いつものその呼び方の方がいい。」
聞いているんだか、いないんだか、クイッと顎を更に上に上げられ、ジークハルトの顔が近付いてきた。
「だが、もうそろそろ『様』は取ってくれるとありがたい 」
待って、待って、近い近い近いーーーーっ!!
バクバクと大騒ぎする心臓。ジークハルトがフッと口元に笑みを浮かべたことにもフィーナは気付けない。
もう駄目……、思ったその時だった。
「初めまして。貴女がフィーナさんですのね。私、エリアーナ•フォルリと申します」
先程ジークハルトの隣りで微笑んでいた美女がそう言った。
動きの止まったジークハルトにハッとして、その腕から逃げ出す。ジークハルトが少し残念そうな顔をしていたのは見なかったことにした。
助かったと思いつつ、しかし今聞いたその名前は……。
「もしかして、《聖女》様ですか? 」
美女が淡い金髪をサラリと揺らして、ニッコリと笑う。
「私のことを知ってらっしゃるのですね? 」
知っているも何も、ここの所その話題で持ちきりだ。この国で、50年以上見つからなかった聖女様が見つかった。聖女の力を発現したのはフォルリ侯爵家の令嬢。今、エリアーナ•フォルリの名前を知らない者などいないだろう。そうか、この方が……。
「それなら、話が早いわ。フィーナさん、ジークハルト様に貴女からも言ってくださらない?」
「何をでしょう? 」
「ジークハルト様が、私の加護などいらないと言うのですよ 」
聖女様の加護? 防御力をあげてくれるという、ありがたい聖女様の祈り。
それをどうしてジークハルトは受けないというのか、そして、それよりもどうして加護が今、必要なのか。
フィーナの傾げた首が更に折れる。
すると、ジークハルトが溜め息を
「俺は団員全ての命を預かっている。俺1人が貴女の加護を受ける訳にはいかない。くれると言うなら、うちの団員全てに頼む。俺は1番最後でいい」
「幾ら
ジークハルトは静かに首を振る。
「俺は12ある騎士団の一つを預かる者に過ぎない。将に加護を授けると言うのなら、全ての騎士団を纏める王に授けられるのが筋というもの。ひいてはそこにおられるマリウス王太子殿下に掛けられるべきでは?」
あれ? マリウス殿下がおられたの?
視線の先を追うと、なんだか居心地が悪そうなマリウス殿下が壁際に立っている。どうしてこんな所にいるのだろう。
「マリウス殿下は瘴気の滞るような危ない場所には行かれないではありませんか!ジークハルト様が団長でありながら先陣を切って戦われるのは有名な話。私は心配なのです!!」
ジークハルトが困った様に、ポリッと頭をかいた。フィーナはある事に気付いてハッとする。
「瘴気場に行かれると言うのですかっ?! 」
「……まったく、俺の婚約者殿は聡い 」
「今の会話を聞けば誰でも分かります!それは、第一騎士団が赴かねばならない案件なのですか?」
ジークハルトは少し考えた後、そうだなと呟いた。
「隣国との堺、ハートリ辺境伯の領内で
「グレイウルフ…… 」
「襲われた者の話では、フェンリル、しかもフローズヴィトニルではないかと思われる 」
「……っ?! 」
知らずに喉がコクンと鳴る。
「瘴気は魔物を狂わせる。俺が行かねばならない案件だろう? 」
「……分かりました」
フィーナの返事にエリアーナが、「嘘でしょう!それだけですかっ?!」と叫んだ。
「そんな簡単に承知して、フィーナさんは心配ではないのですか? せめて私の加護を受ける様、ジークハルト様を説得してください!」
「私にはそんな権限はありません 」
「何を言っているんですか? あなたはジークハルト様の婚約者なのでしょう? 心配ではないのですか? 」
「……」
黙っているフィーナに苛ついたのか、エリアーナが「フィーナさんはジークハルト様を愛してはいないのですかっ? 」と言った。
フィーナはそれにも答えずに、ただ深く頭を下げる。
「お話は伺いました。私は自分の仕事がありますので、下がらせて頂きます 」
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