嘘つきは英雄のはじまり

@sagisou

第1話

成人式。それは20歳を越え、子供として扱われていた人が大人へと変わるための行事。この認識は昔の人のものだ。共に学び舎で過ごした仲間たちとの再会を祝い、その頃に戻ったかのようにバカ騒ぎする。なんとも楽しそうな話だな。

明確な年月は明らかになっていないが、数百年前、もしくは数千年前かもしれない。この世界にダンジョンが誕生した。

中に蔓延るは人類では到底敵わない化け物たち。幸い、中から溢れてくることはなかったため、土地の所有権などの政治的な問題の解決やそんな危険なものをどう扱うか。延々と話されていたらしい。

らしいとつくのは当時の記録がほとんど残ってないからだ。

人類にはその歴史の転換点がふたつある。ひとつは何もしなければ安全だと考えられていたダンジョンから化け物が外界へと現れ、人を虐殺した『終末』。これによってそれまでの歴史の一部は誰も知ることができなくなってしまった。特に当時の人がどう生きていたか、そういった習慣や文化的な面の情報は消失した。


そしてもうひとつが『成人』。島国だということもあり、日本という国は被害が比較的軽微だった。また、災害の多い土地であるということが味方をし、住民の避難も怪我人はあれど死亡者は数えられる程度に収まった。

終わりの見えないこの未曾有の事態。避難所では常に重苦しい空気が漂っていた。そんな中、偶然にも日本の成人式の日が訪れる。そうだということを忘れていた地区も、その不安をなくそうと式を行った地区もあった。

奇跡は偶然にも成人式を選んだ。

その年、成人を迎える、迎えた人たちは『力』に目覚めた。ある者は化け物を焼き払える火を手にした。またある者は玩具に成り下がっていた銃に化け物を撃ち殺せる弾丸を与えた。

多種多様、十人十色の力に目覚めた彼彼女らは反撃を開始した。奪われた生活圏を奪還し、ダンジョン攻略へと段階を進める。

ダンジョンの最奥まで行けばきっとこの悪夢が終わる。そう信じていた。しかしそこには何もなく、ただダンジョンがなくならないという事実だけが残った。『成人』を迎えて3年の話だ。


それから人類は新たなフェーズへと移った。生活のために必要なエネルギーをダンジョンから得られる魔石という物質に込められた魔力で補う技術を開発した。魔力は大気を汚染することもなく、かつ無限に魔石を得られるとわかっていたためそれ以前のエネルギーに頼ることはなくなった。

政府機能が復活し始めると、それに伴ってダンジョンを扱うための法が整備された。『終末』を経験した者たちだ。全てが円滑に進み、ダンジョンを管理する機構が全世界統一で発足した。国によってその呼び名は様々だが、日本では流行していた小説から『ダンジョン協会』と大衆からは呼ばれていた。過去形ではないか、今も確かにダンジョン協会と呼ばれている。


その機構が今でも続いていることに子供の頃は驚いたものだが、あそこまで大きな組織になってしまうと誰も手を出せなかったのだろうと納得した。


そんなこんなで世界の技術レベルは常に最高を更新し続け、今やダンジョンは生活に欠かせないものとなっている。

さて、歴史の授業はこんなもんでいいだろう。今じゃ誰だって知ってる話だ。足し算引き算、掛け算を習う前にダンジョン学。子供への刷り込みは早い頃から行われていたってことだ。


というわけで、子どもたちの将来なりたい職業ランキング殿堂入りはダンジョン協会御用達の戦闘員。名前の通り、ダンジョンに潜って化け物と戦い、魔石や特殊なアイテムをダンジョン協会に売っぱらう職業。

御用達にもなれば、一回の仕事で数年先の心配はいらないレベル。子供たちが憧れるには夢がないって?下手な特撮よりも派手でかっこいい戦いを魅せる戦闘員に惹かれない奴はいないね。


そういう俺こと、虚井 真もまた戦闘員に憧れる19歳である。そして明日は俺の誕生日であり成人式。遂に夢への一歩を踏めると思うと眠れなくてダンジョンに関する情報を羊を数えるが如く思い出していた。まあ、言葉ほどの興奮ではない。理由は簡単で、転勤続きの家庭が故に人間関係の構築ができないまま成長して、感情の発露が下手な人となった。

追加でいうならば、明日の成人式で弱い力を得てしまったらどうしようという不安もある。そうなったらそうなったで最大限の努力は惜しまないつもりだが、不安は消えないものである。


窓から何やら音が聞こえる。体を起こし、カーテンを少し開ける。音の正体は雨粒だった。確か2.3時頃に降り始めると寝る前に調べた予報に書いてあった。寝れないなんていってる場合じゃなさそうだ。

この時期のこんなタイミングで雨なんざ、今日はついてないのかもと思いつつ、目覚ましまで寒さで起きてしまわないよう厚手の毛布に身を包み俺は眠りに落ちた。


翌朝、予報以上に天候が悪化したため日を改めて力の確認をする行事を行うと連絡がきていた。なんのために頑張って寝たんだと、もう一度布団に潜り、力のことを忘れてまた眠りに落ちていった。



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