~二重の壁~(『夢時代』より)

天川裕司

~二重の壁~(『夢時代』より)

~二重の壁~

 炎天下、宇宙の寒さに夢中に成った人の身体(からだ)は何処からとも無く陽炎に浮力を与えられて上気し、丁度現実の温度に目覚めた頃に意識を垣間見た後(のち)、御座なりにされた儘の暗雲を明るみに引っ張り出そうとしながら人の解らない事でより悩み始め、青が白にも、赤にも黒にも成って行く白煙の内に拡がり続ける灯篭の様な灯を一刻も早く懐へ仕舞い込んで他人には良い表情(かお)を見せようと、尋常じゃない猛火に咲いた人のテレパシーを、この世に向かって認(したた)め挙げた。孤独に苛まれた幾年月は、程好く何処かの炎天地で子供の真似事を構築した儘の手っ取り早く片付けられ得る小生の小才に保(も)たされた透明の空き瓶に順繰り回収され始め、人は神の名を呼ぶ事で、恐らく諦めさせられた月下の歯止めに人の思想と臨界とを見、尚孤独で居なければ成らぬ海神に似た青い群象(ぐんしょう)には程好く溶け入った空気の揺らめきさえ見る事も出来て居た。際限無く繰り返される白色の転移は矢張り人の構築した儘の理解の尺度を単純に越え始めて居て、混紡にも成り落ちた人の貪欲は終始或る目的への帰路に就きながらも赤い欲望の矢に射られて自身の為に苛まれて活き、男女に分けられている人の正義を呼び戻した際の断面に、一端(いっぱし)の意識の在り方を見て居た。遠く、唯遠く、木霊の様に行っては還って来る波動の構築はその自然に追い付く事が出来た人の感情の領域が姿を変動し始めた際に、同様に変容した様な空気の振(ぶ)れを生み出し、それを人に見せた事で現実は又振動し始めたかの様に自穴(ピット)を各々の位置に定めて掘り出し空(くう)を埋め込み、人の欲望は或る密接の内で透明のタンジェントに在る美を認め置き、屈曲の成す形成に自身を上乗せする様に電子を見たアナログの哀しみと悦びとに抑揚を付け、未来を誑し込む自然の能力を身に付ける事が出来た。親密な人と自然との関係に於ける形容の輝きを発した物体は、遠くに浮んだ人と自然の或る意識が着面した空(そら)の集合体を射止めた様子で、まるで文系の学問と理系の学問とが接面した凝縮が成す浮世の神秘を露わにする事を意識的に「懸命の内」で表現しようとし始め、人の歴史が始まった様だった。人は、自分達の身の周りに落された「歴史」というテイストの一ピース(piece)ずつを美味しく食するだけで、その一つが肉体にどの様な効果を成すのか知れない為に、精神に於いて認めた歴史を遂には教科書の様に正しく信じて修めた様に編纂仕上げ、言葉が岐(わか)れた不問に呼吸が一々揮わされる反応を人は始終驚きつつも明日を夢見て、宇宙が壊れる事を空想して居る。意味深が意味深でなく成り、微分され行く鬱積され始めた人の懊悩の末路とはまるで板書され続ける事と成る〝歴史の編纂〟に要約・集約される性質を憶えた儘で、人の欲望が向かう為の或る容器を用意して唯しどろもどろと成っている様子が在り、人の編纂とはやがて編纂能力を失い続けて行く事と成り、アルファとオメガのタームの長短に就いての意味と意識とを静かに麻痺させていた。人の生(せい)の最果てに落ち行く落陽には凍て突く程の人の孤独が唯波打っており、何時(いつ)までも失敗(しくじ)っては成らないとするレモネード色の基準に心身が織り成す振動と自然と意識との重複とが彩る或る批准に向けた重要を構築して行った。二つの和とは或る重力と振動とを融合しつつ分けた自然の体裁を表している様子であり、個人は宇宙から見る波動の調子を隣人と共鳴し合って何等かの基準を設けようとする試みに当て嵌めて再度微塵に成るまで凝縮を微分して行く姿勢を人々に保たせた様で、太陽と月と星とスピードが空に昇る時人はふっと足を掬われる様に又自分が浮遊する自由を意識し始めては織り成される或る固定されたサインを空と心とに位置付けて見て取り、諦め切れない何等かの誘惑が表情(かお)色を変えて行く自然が操る連動に体(からだ)を落された様な振動を尚も感じ始める。真実を求める際の思惑の複雑と多量とがお仕舞を見る時に、或る正義がその体臭を転がして来ては全てが素通りして行く一種の冷遇にその意識を予め何者かに構築されて置かれた固定値に戻らされる感動をつい憶えては、骸に蔓延る暗黒物質の様な白色に対する或る暴露(ぼうろ)を成そうと試みるのである。晴天の下(もと)に咲いた淡い盲目が何時しか冬の到来を我が物にした上で或る活性を構築しようとし続けている図が未だにその固定された図と同様に拡げられているのだ。谷も山も壺も蜜も人の生死に全く密接の物であって、或る種の白色から咲き乱れたオリジナリティの現実への網羅は挑戦と化して、その瞬間からその試みは固定されたムードから外れ始めて、季節の変遷が成す意味とはまるで宇宙に放り込まれた挙句の人々と自然との連動を挟んだ現実描写と変わって行く様(よう)である。晴天は人の「淡さ」を明確に目論み出して人の足元から離れた夢を見始めた様子が在り、容易い漫画の樞を貶め始めた幼妻の筵に己(おの)が葦を咲かせ始めて、一つも時間を求める術を持たない儘、あの時の白色に一端(いっぱし)の身体(からだ)は天然から得た才能を埋め始める。開始の逡巡は淡い思考の変化をまるで三面鏡に映し出された様な曖昧を背負い始めて、無数の開始を構築するのは次元の早まった人の快楽がその踊りを忘れた様なムール貝の竜巻を悉く論じ始めて、人が解らない真実への壁を構築した事に依って疑惑をやっと明るみに引き摺り出すだけの能力の腕力を持たせる事に成功し、人が抱えた黒色はやがて緑に落された白線の一つに変えられて行く。せめて青春の原野(げんや)に自分の残影を永遠(とわ)に残したいと欲するものだが、孤独は自然と談合したような表情を以て人に染み込んで来るものであり、宇宙の大地と人の大地とは自ずと青春という骸が拡げた墓地の上で或る共有を成すものだ、と例えば男は信じるのである。女は昔から或る補助力と成る為に男の目前に置かれた真実に変わりは無い筈なのだが、自然が変遷する混紡の肉食への挑戦を人に始めから見せて来た、という言い訳を以て人は自動的に受容させられた事に依り人の思いは翅(ばね)の様に弾力を以てしまい、命題を置き忘れた様な呆気に身を落して、現実が浮ばせた人への警告が成した基準に合せた。背負わされた自然の風を人は自ず一生持ち運ばねば成らぬ或る種の媒体と成った様で、白色に落された太陽の黒点は跳び撥ねて、現実の空気に新しかった。人と自然との共有された価値観はやがて世界観と称された後(あと)の人の心の広さの様に曖昧と成り、一倍から八倍程の孤独の凝縮は勇気の内に分散されて行って人に炎と氷とを与え、剣に打ち勝つ楯をその心に灯し、牛歩を闊歩へ変える為の人の糧とさせて行った。音を追い続ける口の様に人の盲目は目の役割をして、鼻は夢と孤独とを嗅ぎ分ける鮮明を求め出し、白色の内にふと落された勇気が講じた闊歩は人の背を時に押し切って、辿り着いた挙句に於いて本能に無い物強請りをさせた。本能は自ずと自制をも心得て居た筈であったが、人が構築した外部の強面が鮮烈を極めた上で覚悟をその背に追い付かせ、或る纏まりの在る煩悩が見せた白壁に色付けをし始めた。或る展開は人の構築を屈託の無い悪魔の企みの様に自由な傀儡を作り出し、その〝傀儡〟とは天から吊るされながらに、人の為を思い過ぎて弛(たる)ませられたその傀儡を縛る紐とは地上に於いて長過ぎて、つい間延びを憶えた個人は他人と自分が作ったと信じる人の道徳との距離の長さに嫌気が差して、歩く事に疲れ、透明の波長に身を千切られた分身は個体と成り、初期基準を自ずその身に掲げては何等かの力に転倒させられる欲情の襲来に孤独を絆され、束の間でも他人との絆を保たされ、遂には山の様に大きな確固足る骸の構築に汗を染み込ませる苦渋の快楽に身を任せる迄に至れた。連続して口から吐き落される黒い空間の寒風は自ずと人のまるで郷里に対する理想を自身の未熟に解け込ませる様にして温め始め、刹那を愛する事が出来たようにその温もりを大事とし、あわよくば光をその自分が向かいつつあろう闇の先に置こうと企んで居た。訳の分らない〝グレー・ゾーン〟とは、何故か人の心中に解け込む様にして居座り続けて居て大声を出しても消える事無く一層(いっそ)人の孤独と共鳴するように或る模範を模造して行く様子を持ち、鮮明と銘打たれた古典の純然は純朴成る躊躇を携えた儘でコンピューターをクリックして開始する時の人の軽やかさを自然に対して見せ付けるように映し直し、その連続を一枚の写真に写した儘の姿でずっと人の横に居座って居た。人の昔は悲しい迄に寂れた褐色に彩られながら今にもその姿を、残影迄もを自然の内で消されてしまいそうで、人が以前に味わった沢山の書物は空に舞い上がった様にその重量が軽く成り過ぎてまるで人にとって意味を成さなくなった様に在り、沢山闊歩した広場や青天、街中、路地裏、狭い道、等はいとも簡単に明るい見知らぬ時代の活力に零まで解体されて絵に作り変えられて食べられず、人の糧と成り得ない矛盾の増幅が無遠慮に散らばって行った。人は過去からやって来た自称〝強靭〟の正義漢を楯に取った男を指し、私はその男を〝私〟と名付ける事にした。私は、人々が、栄光の様な光が細く差し込んで来る狭い、その狭さの故に人々の頭と背中の所為で殆ど見えない程の出入口へ向かって歩くその足跡を追って、半ば当ての無い旅をして居る様子の内でかたこと、呟いて居た。「命を懸けた作品」と題して以下を書いた。作家の作品の題材に成りたくて、数々の犯罪を成して来た犯人が居る。一人の作家が、現実に於いてしては成らないとされる常識を破った行為を或る者にして貰い、その者に、手紙か口承に依ってそうした時の内情、写真に写せた場合の光景、又は情景について知らせて貰うといった行為は、或る時を起点にして続けられた。その者は、その一人の作家からまるで突如分身した様に現れて、行き成りそれ等の事をする、とその一人の作家に打ち明けて、夜明けから行動を開始したが、少し二人共に躊躇して、その日の夜から作業を始めて行った。一人の作家はまるで記憶喪失を患う患者の様に黒い深々と座れる社長が使うような一人分のソファに腰を下して居り、机に向かって鉛筆をぽんぽんと自分の額や頬、机面に打ち付けて居る内に、そのもう一人の分身の成果は突然郵便と電話で先ず送られて来る。新鮮にそれ等の物事、事柄を見知る事が出来るように、と、その一人の作家はそうした癖を自ず以前から練習して習得して居たのかも知れなかった。その為、新鮮は斬新を生み、人々により受ける作品(もの)と成って表れ、その作家と分身とを喜ばせていた。時には、予め、決められていた通りに、一人の作家と分身は敢えて喫茶店や他の飲食店で待ち合わせをして落ち合う等して、まるで刑事物のドラマの犯人役に成る試みをし、より感動と刺激とを体感する事で喜びを得て、暗い死地の様な〝人間の一番深い部分(ところ)〟に居る様な自分達だと自分達を大袈裟に評価して、どちらが犯人なのかも分らなく成る程に結託をし、時に犯罪を成す時の人の衝動や様子を、その一人の作家は未経験者ながらにアイディアを煌めかせ、閃かせて、その分身と競争でもするかのように、より残虐でリアルな状態を描く為の核を提案したりした。そうして居る内に、犯人の方の心の内に「経験して居ない癖に、偉そうな事ばかり火吐(ほざ)きやがって、てめぇは俺の言う事だけを有難く頂戴して、先を行く俺が成した功績の一つ一つを描(か)いて作品にして行くだけで良いんだよ。余計な事はするな!言うな!殺人や、サスペンス物を描いて他人の心を揺さぶる作品を書くこの暗い領域では、それを描く為の題材を提供して居る俺の様な存在の方が遥に高尚で、価値が在るんだ!」と一つ勘違いでもしたのか、その事を思った瞬間からその犯人は、自分の功績を描く作家を脅し始めて行った。「俺は電話も出来れば手紙で人に事細かくリアルにお前と俺のして来た事を伝える事だって出来る。今まで本当に殺して来た死体の山を今度は写真に撮って警察に贈られたくなければ俺の言う通りにしろ、」という単純なものだったが、その一人の作家にとってみれば独人(ひとり)の故に、周囲から〝軽く〟見られる落度の様なものも在り、より不安に成って、連日ニュースで報道されている死体の行方不明が教えて来る咋(あからさま)な恐怖に作家の強靭な精神は流石に耐えられなく成りつつあり、この自分が創り出した悪魔の様な分身、男、の言う事を聞き続ける事に当たり前に恐怖を憶え、書く事を止(や)めて、自分の罪を償いたい思いが在った。最後の作家精神を振り絞って、有りの儘の現実を描き、彼は自分の作品の内で自分と分身とが成して来た内容を告白した為、この二人は警察に捕まった。しかしノンフィクションの作品はその出来が余りにも良く、独り歩きをしてしまい、その何冊か、殺された人数分描かれた作品の一つずつを見た夫々の作家希望の人々は〝これ以上無い作品〟として、その自分の目前に在る彼の作品を褒め称え、影響されて、彼と分身とが成した事と同じ事を次々と成して行き、今度は、あちこちで各オリジナリティが開花されて、中には彼の様に改悛せず、捕まらない犯人も出た。彼と彼等の内で有名に成ったこの作品はやがて文字通りの「命を懸けた作品」として他の人々からも評価され、日の目を見る事と成った。

 この様な作家としての一種の挑戦とも採れる悪い夢を呟いた後で見た夢を又、以下に記す。〝私〟は現実に於いて自己に慣れつつ、段々〝俺〟と称するように成った。

 俺と幼馴染の色白で小太りの、将棋は誰かに教わったのか強かったけれど、一見、知恵遅れを象る様な脆弱(よわ)さを持った少年が、もう大人に成った筈だがその様相を敢えて子供の頃の矮小に戻したのか、一見、見知らぬ程の魂の白色をも心に宿して俺の目前に現れた。「現れた」と言っても、その小さく白身が詰まって重そうなピンク色した少年はまるで家の間の空間を浮いて居る様にふわふわとしたオーラを灯して居り、不思議な軽さを俺に見せ付けた儘、密接した住宅地に在る二つの内の一つの部屋の窓から、もう一つの俺の部屋の窓を通して、自分の部屋に小じんまりと丸く収まって居た俺の様子を覗き見て居た様である。俺は確か一階でテレビを観て居り、彼(か)の二階の窓からはあらゆる細々とした障害が邪魔して直接覗けない筈なのに、覗き見て居た。否、正確には、その少年が覗いて居た気配を俺は密かに感じて居たのかも知れず、その小太りの少年からの視線が在る事実を譬え親でも、他人に喋る事は、自分の置かれている如何しようも無い恐怖を暴露して騒がれる現実を恐れて、きっと出来なかったのである。その少年は、自分の窓から身を乗り出して俺を見て居る様だったが、その気配がそれ故に突出した儘の体(てい)で気付かれる存在(もの)であっても俺はその少年と目が合う事に気不味い思いがして恐れ、暫く気付かない振りをして、自分の日常に自身を解け込ませてそうする内でその視線に対抗出来るだけの強さを得ようと考えて居た。時間が当然に流れ、俺は自棄が構築した様な、生活を捨てるだけのごろつきが持つ様な強さを心に秘めた事で、その少年の変わらぬ自分への視線に次第に腹が立ち始めて、自分でも不意に俺は、小太りが発して居た視線の方へぐいっと振り向いて、あわよくば威嚇して説き伏せようとした。

 しかし、俺の家の一階の家屋を仕切る窓は擦り硝子が嵌め込まれて在り、振り向いても未だ、小太りの男の表情ははっきりと見て取れず、同時に、擦り硝子であった事に依る〝見られていなかった〟という安心と、〝敵意を露わにした自分の視線が、少々知恵遅れを呈した幼馴染に届かなかった事に依る憐みの情が成した安心〟とを覚え、生来の善人に戻ろうと一瞬試みたが、その擦り硝子の向うの方で、微動だにしない小さな人影がその模様に依り十中八九、自分の方を、表情を、凝視して居る様子がそれでも確信を与える位に俺に教え、俺は途端に又、さっき捨てようとした自分の為の強靭を地から取り戻す様にして身に付け、今度は本当に一戦交える覚悟で、知恵遅れの、小太りで色白の幼馴染の少年の顔を直視してやろうと決めて、がらがらっ!と擦り硝子の窓を開け、数々の不思議を吹き飛ばす位に鼻息を荒くして、少年の目を見上げた。窓を開けた勢いで少年の顔を見た俺は、想像され得なかった純朴、且つ純粋の少年の頃合いを見知って驚いて居た。小太りでも、自分の前身を知って居る幼馴染でも、知恵遅れでも、実に少年らしい、愛らしく微笑ましく成るような、何かを懇願する様な目付きを以てじっと俺の方を眺めて居り、その目は喧嘩を売る様(よう)な目では無かった。

(幼馴染の少年)「うちのお母さんの様子がおかしいから助けてくれ」

と言う。この少年一家の「お母さん」は、もう十年以上も前に亡くなって居り、そこが夢の中故にその時の俺は夢とは思わず、直ぐ様俺は解決への衝動に駆られたが、医者ではなく、それ迄に保って居た心の姿勢を未だその時には解体して新しく組み立てられて居なかったので、少々間誤付き、こいつが子供の頃に還って居たのにはこんな理由が在った為だったのかなぁ、等と、少々別の事を考えて居た。しかし俺はその幼馴染の相談に乗ってやる事にした。矢張りその少年のお母さんはそこでは健在だった様で、その時はまるで、何処かお店へでも出掛けて居る様な体裁を以て、二人の前には現れなかった。相談に乗ろうとして、事情が仄かにも朗(あか)るく成り出した途端に俺は自分と、その少年を恐らく隔てていた壁を乗り越えて少年の家へ入った様子だったが、どの部屋を探しても、寝て居る小母ちゃんの姿は見当たらなかった。まるで昼下がりの薄暗く、初夏の頃の涼しさが在る、電気を付けていない家屋に俺達は居り、その光景が何時(いつ)か味わった事がある光景(環境)であった為、俺は懐かしく思って居た。

(俺)「何かあったら直ぐ連絡してくれ」

 暫く懐かしさに浸り、少々算段を模索するのに飽きて来た俺は、退屈な昼下がりでの過去を次は思い出し、感じて居り、幼馴染のその少年にそう伝え残し、取り敢えずその場を切った。その後、俺は好い加減にその少年を見守る事を、事のついでにし始め、二人の友情がそうさせたのか、二人の間に在った壁が無くなった事で、互いの家屋の状況は筒抜けに成り、その少年の家にはその少年の親戚と思える人達が沢山集まって来始め、その内には、その少年の二人の姉も混じって居た様だった。姉の方は、弟の少年と同様に色白で、髪は生来金髪に近い色素の薄い煌めきを見せており、豊満な肉体は如何しようも無く男を惹き付ける生活臭を漂わせていて、俺もその惹き付けられる男の内の一人だった。その姉の妹は唯のでぶであり、頭が女にしては大きく、器量も非常に悪く少しでも一緒に居たいとは思わせない、詰らなさを自然に発する女であり、俺は、その妹の姉とは思えぬ程のその姉の方を頻りに愛して居り、先ずその肉体を欲して居た。しかし、その姉妹は喪服の様な黒い服を着た儘家の玄関を出入りして居るだけであり、一向に、俺に真正面(まとも)に立って向き合ってくれず、俺は仕方無くずっと妬捥(やきもき)して居た。

 沢山、がやがやと人数が集まって居たが、特に何が起ったのかについては教えてくれず、俺は唯風を見る様に、その光景を眺めるだけだった。まさか小母ちゃんが亡くなったのでじゃあるまい…、等と想像を膨らませつつ思い直して居たが、その想像は当てが外れていた様だった。しかしずうっと何をするでもなく、唯少年の家を出入りして居る来客の群れと流れは自然に同化する様にして続けられており、俺は壊された壁に頬杖突いて、その光景を見て居た。そうして居る内に俺は段々眠くなって来て、うとうと、夢を見始めた。

 その夢は、眠る前に俺が感じて居た他人の家の匂いを空気に解け込ませて漂わせて居た様で、その夢の主(あるじ)であるのに俺は腰掛け程度の姿勢を以て、その夢を見る事にして居た。「中国へ行きたい」と俺は自分の母親に言い、そう言った時の俺の姿勢が真っ直ぐだった為か母親は、「じゃあ行きなさい」と〝仕方が無い…〟という心象を以て応えてくれて居た。しかしそう言われた俺は、それ迄の熱意を込めた姿勢が解放された為か目的を失って他所を見始め、その途端に俺の脳裏では、あの日航ジャンボ一二三便の墜落事故が見せた凄惨な緊迫が鎌首を擡げる様に表れて俺に振り向き、俺の感覚は当時に戻って御巣鷹山に登り、「凄惨」の新聞記事に隠された真実の活気を、一々確認して行った。無論それでもそこには、当時の報道写真に写された内容が出て来ただけであり、それ以上の真実には届かず、千切れ飛んだ、真っ黒に炭化した人の左腕を見た時には以前に味わったのと同様の衝撃に触れ、同時に、自分に対するジャンボ機・飛行機墜落の恐怖と、一体どれだけのスピードが出てたんだ…、という半ば呆れ顔をしてしまう俺が居り、そう思った時から、〝絶対に飛行機には乗りたくない〟とする半熟ではあったが確固足る決心の様なものが俺の心中に芽生えたのである。その故にか、俺は前以て感覚だけで、先に中国へ船に乗って行って下見をして居た。船に乗って居る時に俺は船内アナウンスの「間も無く、中国の○○港に到着します」と言う声を聞いて居り、その後、段々見え始めた、左右に長細く延びた、又、俺がこれ迄に中国について知った歴史を凝縮して乗せた様な広大な大陸が、静かに、襲って来るかの様にして、俺の視界に入り始めて来た。かと思いきや次の瞬間、俺は上空からその自分達がこれから入る中国の港と浜とを見下ろして居り、疎らに散りながらも少しその港の奥に見える街中には無数に居るのだろうと想わせられる中国人を見て居た。「これが中国の港かぁ…、浜なのかぁ…。これが中国の人達かぁ…」等とぶつぶつ高所で呟きながら俺は、自分の旅行の愉しみを期待しながらも、近頃中国人に対して妙な負けん気の強さを憶えて居り、又、俺の嫌いな中国人独特の自分達の世界を守る為に張る他人へのバリアーに対する偏見により日本人独特の侍気質を敢えて構築して身構え、少々、中国人に対する一触即発の心情を秘めて居たのだ。

 ふと、その中国大陸から注意が逸れてもう一度同じ方向を振り向くと、俺は、まるで中国旅行をし終えたかの様にして、何処かで見知った小父さんの好意に甘えて、その小父さんが所有して居たダットサンに乗り、帰宅途中に在った。未(ま)だ、走って居るその場所は中国の街中の様であり、独特の黄砂に依る黄色い風が街中のビルと空と人々を隠すようにして漂っており、少々何時(いつ)か見た同様の景色が構築した懐かしさの内に俺は埋れて居た。その小父さんのダットサンに乗せて貰う為に、俺は知らず内に一緒に来て居た友人達と帰宅する為のツールを探そうと必死に成って居たのであり、その時珍しく俺は、見知らぬ人達に向かって積極的に話し掛けて、自分達を郷国(くに)へ迄連れ帰ってくれる人と情報とを出来るだけ一杯に集めて居た。同じ質問を何度もしたりして居た。そのダットサンは走行中に形態が変わり、露出していた荷台に幌が付いて家屋の様に成り外界と遮断されて、俺達には守るべきものが出来ていた。俺にはその事が嬉しかった。その家屋の様な幌の内には「大草原の小さな家」というドラマの登場人物が辺りを占める様にして居り、それ故か、移動距離も途轍も無く長い物と成っていた様子で、「家までどれくらい掛かるかなぁ」と言う俺の問いに、「二十七時間は掛かるだろう」と平気な顔をして、微笑を浮かべながら言った輩はエドワーズとドクターであり、困ったものだった。しかしその幌に取り付けられていた柔らかい窓から前方を覗けば、何やら日本で見知った見慣れた風景が現れ始め、さっき二人が俺に言ったのは冗談だったんだな、と自ずと分る程に、その街の、自分を段々取り巻いて行く景色は、自分にとって落ち着くものと変わって行った。唯自分が住む京都ではなく、好く言ってもそこは、自分が京都に移り住む以前に住んで居た大阪の景色を彩っていた。しかし、はっきり場所を俺はその時知る事は無かった。

 真実を追求する事に疲れて来た俺は、目覚め、又、壁は壊された筈だが一向に他人の敷地へは入れない自分のテリトリーに於いて、見知らぬ人間模様を未(ま)だ眺めて居た。その光景がずうっと、自分から遠ざかって行く様に思い、感じた。現実から意図的に自分の意識を剥ぎ取ろうとする時に俺は、次は何とか、この目前の現実を我が手中に収めて、次は見得ない壁を壊してあの少年の悩みを解決し、愛した姉の方を自分の僕(しもべ)にしようと思って居た。



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~二重の壁~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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