~灯篭~(『夢時代』より)
天川裕司
~灯篭~(『夢時代』より)
~灯篭~
「女の子が好きでね、どうしても好きで、…どうすれば直るんでしょう?てっくりとっくり考えてみても直し方が一向にわからんのです。如実には勝てないんでしょうか?女の子についてなら、僕は幾らでも喋ります。(そう言って、黙って居る。黙って居ても心の中では永遠に喋り続けて居るのだ。自分ではもう止める事は出来ない。)母にこそ〝女〟を見ないものの、街へ一歩出ればあなた、そこは綺麗いで可愛い女が居ます。やはりいつも(僕を)待ち構えて居るのです。今日、本屋へ行っても背後に女の気配を期待し、飯を食ってる時も遠くからの女の視線を気にして、その時大学構内の中央広場の様な所で女が多いグループ(バンド)が歌を唄って居るのを見たんですが、そんな場合でさえも、唄ってる途中で唄うのを止めてとくとくとくと自分の所まで他人の目を盗んで歩いて来て何か僕を気持ち良くしてくれる様な〝告白〟をしてくれないか、と悩んで居たんです。僕は可笑しいんでしょうか?でもこんな事皆やって居るんですかね?
僕は女の破片を集めて居ました。明日の光をさえ知らぬ片言の命です。今日を生きられないで、明日が生きられましょうか。どこへ行くのでも僕にはあなたの御言葉が必要なんです。そうしないと、きっと僕は折れてしまう様で…。あの日、チューリップが咲いた日、僕は君子ちゃんと子供の頃に見た夜さ来いを踊って、〝早く咲け、早く咲け〟と小躍りしてキスまでして、次の日にチューリップと君子ちゃんも自称〝大人〟の様な者達に取り上げられてしまいました。水が無ければチューリップ、否花は育ちません。その水は自然から来て居ます。自然に在る物なのです。その自然の内に僕を苛める欲望が在ります。僕にはこの〝欲望〟が必要なのではないでしょうか?誰に聞いたって、いつもやってる〝常識〟しか教えちゃくれませんで、あの最寄りの教会でもうずっと牧師をして居るお父さんにも、これ迄納得させられる答は得て居ません。納得とは、一時のものですか?あのチューリップも君子ちゃんも、今は遠くでずっと微笑みながら、僕がこうして生きて居るのを見送って居る様です。時には僕が行く場所へ先回りしてヘラヘラと笑ったりして居ます。
今日、日本の美術についての講義中に私に話し掛けて来てくれた、人の好さそうな初老を少し超えた程の爺さんが僕に自分で書いた帳面を見せて、〝一緒にどこか行こうか?〟と誘ってくれました。その人は一見優しかったですけど少々〝他人の壁〟の様な物が見え、又ここ(D大)特有の学歴のオーラか、なんて呟いていまして、それでも正直言って嬉しかった。一度、本気でこの人と旅に出たい、とも考えたりして居ました。叶うかどうかは解りませんが、どうも講義の成り行き次第で僕等の成り行きも落ち着きそうですね。あの人はずっと腕を組んだり小声で笑ったりしながら、近くの物を眺めて居た様です。どうも出身は関東の様ですって、東京で生まれて静岡を転々として今京都迄辿り着き、もう暫くずっと、京都の地で住んで居る様子です。お寺とか文学が本当は好きなんでしょうか。自分は理系だ、って言ってました。〝理系ったって他に色々在るじゃないか、代数が好きだったり、化学が好きだったり、又数学の哲学や机上の空論が好きだったり、〟私はでも、なかなかそんな事現実に於いて言えません。教壇の上では強面の教授が脂ぎって少年の顔で何か不動明王や如来の事をずっと話して居ます。私等はそれを見て居ましたが、可笑しな虚無が二人の間を飛び交って居る様にも見えました。
木の葉が舞い散る風の中で行き交う人混みを見ながら、僕は懐かしい友人に出会いました。まるで、二カ月そこら会わないにしても、僕は〝出逢う〟様にその人に会えます。良い気に成って二人で喋ってました。いつもの御託が宙を舞った後、又僕は帰路に就きます。あやふやな疑問や結論は御免蒙りたいと水を飲んでジュースを買うのは止めましたが、そのまま今日は別の駐車場迄歩きました。今朝はいつも停めて居る駐車場が満席だった為、僕はそこのおじさんに言われて、別の細い畦道を下った所に在る川横の駐車場に停めたのです。そんないつもと違った朝の言動が功を奏したのかも知れません。きっとこんな事思うのも、良からぬ妄想が祟った所為でしょうかね。自分を書き切ろうとすれば幾億枚の紙が要るんだろうか?ああやって教卓を前に席に着いて居る時でも、友人と喋って居る時でも、見知らぬおじさんやおばさん、お姉ちゃんや爺さんと喋って居る時にも僕のペンは休む事無く動いて居る筈なのです。
青い表紙が見えて中に自分の書いた幾億の物語が浮かぶ。手中に弓を取り、蝦蟇を撃つ勢いで撓(しな)らせ、ピュンと鳴った矢先にぶら下がるのは七夕で見る様な短冊に書いた短い手紙である。私は今日、夢を見ました。あどけない夢で、何故見たのか良く解りません。自分は今、自分のスタンスを未だ決め兼ねて居るのでしょうか?なんぼやってもなかなか自分の手が心から溢れる言葉と思惑に追い着きません。遠くで蝦蟇が鳴いて、急に晴れる空には小鳥が鳴き、僕はピンクの茶碗に入った少しの卵掛けご飯を大事に大事に食べてぼんやり、天井か空を眺めて居る。何をしたいのか今一解らず、『るろうに剣心』という漫画で見た志々雄真実が背後に忍び寄り、〝わかっちゃねぇようだな〟と他人顔で僕を呼び止めます。この空中に僕は何を見て居たのだろうか。うんともすんとも空気が動きそうにない。
三つ編みの女の子が雨の日に僕の前に現れ、飴玉をポチャンと地面の水溜りに落とし、又拾って、懐かしい子供の笑顔を見せながら口に頬張った。雨に濡れて居るのに三つ編み、ブラウス、スカートは濡れて居ないかの様に真新しい。僕は抱き付きたく成り、その子に近付くとその子は懐かしさの中見知らぬ笑顔を見せて、身動きしないのに僕の前から消えた。都会へ行ったんだろうか?田舎へ行ったんだろうか?しかしその時その子の風貌から僕は、その子の行き先に雨の降る緑の茂った山の畦道と、民俗が飛び交う田圃が一面に広がり、藁ぶきの民家の散らばる山村の様な場所しか想像出来なかった。その子が消えたので僕は又次の人を求めて深い森に沈んで行く山道をてくてくピチャピチャ、歩いて行った。傘は差して居ないが、不思議と濡れる事に躊躇する節はない。ずっと歩いて行ける様子なのだ。それにいずれその〝深い森〟に自分はこの道すがら入って行くのだろうと踏んで居るのだけれど一向に森の暗闇と自分との距離が縮まらず、又、僕はどこかで一生この距離は縮まらないのを知って居る。空は明るいが曇って居り、お天気の中に雨が降って居る様で、気だるさと辛い懐かしさも覚えて居た。
僕は先程まで自問自答するかの様に心中で誰か神の様な人、存在、に向かって心の嘆きの様なものを呟いて居たが、この道を渡り切れば納得出来る真実に出会えるのでは、と考え、いつしか横に従えたピューリタンの様な赤い十字の紋章の付いた白衣を着た恐らく若者と、団欒しながら仲良く歩いて行った。
俺『もう少ししたら向こうに俺の田舎が見えて来るねん。故郷は久し振りやなぁ、久しく帰ってないから家族も町の人も虫も、どんな顔するかな?ほら、あの田圃を曲がって、見えるやろ?小高くなった丘みたいな堤、あそこに立てば見えるで、俺ん家見えるで』
としきりにピューリタンの男に話し、嬉しい反応を期待して居た。
ピューリタン『あの角を曲がったらかい?!なぁるほど君の家は静かな所に在るねぇ。俺んとこも馬車は通るがレンガ造りの家で、なかなか静けさ溢れる良い所だよ。今度一度来て見るかい?ここまで案内して貰ったお礼に君を少し招待したい気分に成ったよ』
と妙に元気にしゃかり気になってまぁまぁ無難な返答をして来た。
俺『君の家は確かイタリアだったねぇ?』
ピューリタン『ちがう、イギリスだよ』
俺『そうか、どうりで…』
ピューリタン『どうりで、何だい?』
俺『赤い服着て、派手な帽子被って、元気だと思ったよ。お前は友人を装い俺の母に危害を加えに来たか!?』
途端に険相を厳しくして俺はピューリタンに食ってかかり、今度はピューリタンが俺の敵と成って、隠し持って居た短剣の様な杖を鞘から抜刀する様に取り出し、威嚇めいた事を俺にする。
ピューリタン『…フフフ、どうやら気付いた様だな、そうさ、俺は君の母君に引導を渡しに来たのさ。幸い、夕日もまだ遠い。雨が降って居るから今日は顔を見せぬ。いいか、俺の国では太陽を目視出来る形で見送らねば〝夜が来た〟とは言わぬのだ。故にお前のハートは今日中ならいつまでも俺の手の内に在る。どうだ苦しかろう、辛かろう、泣いて見せるが良い。本来の恨みはお前の母になくお前に在るのだ!お前がこの前〝ぶさいくなイギリス人〟と題して作った歌に我が敬愛するヴィクトリア女王を汚した一文が在った。お前は〝ジャック・ザ・リッパー〟を罵倒したと言うだろうが、裏の画策を知れば解る事。リッパーは我がエリザベスに刎ねられたヴィクトリア妃の手足。我が大英帝国イングランドにもう一度陽を注ぐべく模索した手段が、お前の罵倒した言葉の内に在った。よって私は十字の法衣を纏いて命を懸け、これが終われば妃の後を追う覚悟でここへ来たのだ。お前はてんで知らぬだろうが、陽の当らぬ英国では未だに日本で言う霧雨の様な雨が降って居る。道端に落ちたパンを喰い、家畜の鳴き声と排泄物に紛れる中で一日の労苦を終わらせ、小さな子供は口に入れた飴玉でも暗く狭い煙突の中で落とせば、誰も見てないのを良い事に、又誰も買ってくれないから拾って食べるのだ。お前は英国人の体面だけを見て、内に秘めた恐怖と苦労を知らぬだろう!?もっと思い切り良く物を考えるべきなのだ。お前は唯楽をしようと苦のない町で時間を貪って居るに過ぎない』
長々と話して居たがこれも又やはり一瞬で俺に染み入る。
俺『しかし、そんな事は皆お前の逆恨みだ……、(続けようとしたが口が思う様に動かない。仕方がないので諦めて、私は持ち前の〝夢の力〟でその男を消す事を試みた)』
徐々に徐々に力を入れて行き発揮し始めたクリーンファイトの刃がピューリタンに働き始めた様子で、ついに天空に穴を空けてその赤と白の男を四次元の内に放り去った。放り去られる時、その男は声高らかに一声を放って消える。
ピューリタン『ハーーハハハハハ、お前も所詮この程度の器よ。赤を青としか言えず、青を白としか言えない。そんなでは全く歴史のお勉強をしても無駄に終わるなァ、…俺の言葉は魂と成ってお前の空間にさ迷い続ける、ようく見て居るが良い!お前の一生を俺の言葉が呑み込むであろう!さぁ、母親のもとへ帰るが良い、行って日常に浸る事だ』
嘲笑と共にその男は彼方に消えた。それまで歩いて居た道が消えたのかどうかは知らない。
私は瞬時で母方の実家の夜に居た。
母親と夏に、母の実家に居た。母の実家はN家であり、ベランダから出る戸の鍵を開けたまま冷房を利かせて寝て居た。〝これではいかん〟と鍵を閉めようと寝掛かって居た身体を起し、一杯に腕と体を伸ばして頭上の鍵を閉めようと奮闘するが、「いい、いい、いい、」とここではいつも開けて寝るんです、といった具合に寝たままの素振りを見せて、およそ母の言葉とは思えぬ言葉を言い俺を窘め、もう寝なさい、と言って居る様だった。
その自然に対する「母の大胆」が俺には闇の中、嬉しかった。」
密かに探究した〝我が追想の筵〟はこんな末路を辿った様だ。
~灯篭~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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