~惰性~(『夢時代』より)

天川裕司

~惰性~(『夢時代』より)

~惰性~

とても奇麗な女の子に女装した旧友を、刃物で殺そうとして、結局、殺していた。その娘は恐らく着物のようなものを着ていて、足の脛(すね)の部分が顔を覗かせていた。私は、〝嫌な奴〟と成り(眠る前にTVで見知った、父親を殺し、小一の少女を監禁したあの何か始末をつけたい男に似ていた気がする)、その脛が見えた確か娘の左足を、ぶった斬ろうとしたり、ごしごし丁寧に斬ろうとしたり、と、無理をして奮闘していた。自分にはそんな惨い事は出来まいと、余りに可哀想だからと、悟り顔して、それでもやはり斬ることを続けていた。(そこで一度、はっと目が覚める。)

飛行機がすごく低空を飛行しており(左から右へ)、場所は恐らく大阪だったように思う。空には雲(それも積乱雲のようなものすごい雲)が辺り一面を埋めており、「あの飛行機、大丈夫かな?揺れてるな、落ちないかな?雷に打たれたりしないかな?」などと、半ば期待をしながら見知った地上で私はうろうろしていた。積乱雲の断片を通り抜ける飛行機は、不規則に「ガゴン!」とその機体を少々動かしていた。宙(そら)から地上(あたり)を見下ろす際に、どこかで見たことのある気色だ、と悟り、その飛行機がもう着陸姿勢に入っているのに遅れて気付き、その着陸しようとしている空港の周囲を眺めた上で、「ここは大阪空港、大阪空港の周辺(ちかく)だ」と自身に聞かせた事を仄かに俄かに、夢の皮膚にて跡を辿れる。

「笑うせえるすまん」というアニメの登場人物である〝喪黒福造〟の様な男の声と別人が、私がその時乗っていた電車に同乗していた。車掌室のドアから顔を覗かせる男がいた。器量は不味かった。声と言動(動作の成り立ち)に覚えあり、私は嫌な予感に絡まれていた。その声は、喪黒の声と「嫌な男」の声とを使い分けている。私は車窓の向こうで右から左へとゆっくり流れる田舎の景色を、瞬時だったが、眺めていたのだ。山と田圃(たんぼ)が黄金の夕日に照らされながらに明美が在って、少々下りて出で立ち、その場の景色と生活人との「関係性」など持ってもみたいと考え始めて趣向を燃やし、同じ場所にて地団太踏みつつ欠伸もしていた。しかし途端に空は怪しく成り行き夕日を退け、辺りを暗くし、仄かに騒いだ希望(あかり)の行方を透けさせ行って、私は無念と共に下車する事さえ諦めている。経過(とき)に体を延ばして行く頃、まるで車掌室から呼ばれるように私は自身を縮めて、今から「その車掌室へ向かう自分」を知っている。予測よりも少々根強い、「運命(さだめ)」を解した。「夢とは、予め定説(さだめ)が決まっており、その定説に服するようにと、つくづく感覚(そと)と妄想(うち)との予定の調和に頗る神経(からだ)が惨って行って、個人の環境(ねじろ)に這入り込むまま〝夢の調子〟を決定している。予めその時に見る〝夢〟とは決まっているものなのだ」等と目覚めて私は、悟り顔してすごすごくどくど、喋って行きつつ回想していた。私は辺りの景色に少々目を惑わされながらも殆ど脇目も振らずに一直線に「呼ばれた声がした」、「嫌な奴の顔(見知った気だるい顔)を覗かせた」、車掌室へてくてく歩いて行って、おおよその自分の始末等に目星を付けた。その「嫌な顔をした奴」とは、何か、ファミリーマートでバイトしている男を以前に見て知って居り、その男の顔と体裁(からだ)を併せた様な、紡ぎ行くまま感情(おもい)を離れてふらふら暴れる浮力(ちから)を有した。路線を束ねて外界(そと)の散歩(せかい)に浮遊さえする屍である。

それ迄、車掌室へ向かっていると思っていたが、実は、その手前(向かって)右側にある個室の様な客室へと行き先が変わっていた。夢ではよくあること。私はその個室へ入って行った。〝ガラガラ…〟と、入った瞬間、ドアが惰性で閉まる。その個室には、入った際、真正面(まむき)に窓があるのが認められ、少々、景色が覗けるようにもなっていた。その窓から室内の左やや室内の下方へ目を遣ると、包帯でぐるぐる巻きにされた両手足の無い呆けたような顔して宙を見ている男の姿勢(すがた)が、パイプ椅子の上に単純に座らせ(乗せ)られている。私は又、瞬時に悟った。「こんな風にこれから私が成るのがこの夢の結末なんだろう!?もうわかってるよ」と。私は、その包帯に巻かれながらも顔は左目辺りの下部だけを覗かせながら、大病人の様に居座る男の顔に自分の顔を少しばかりの勇気を絞って近付け行って、自分の主張の火の粉を散乱させ得た。男の様子は宙を見ているというより、座った(置かれた)姿勢の為に自然にその方を向いている、といった調子で、生気は見えない。何か、「途端に向かって来そうな隠れた生気」だけがあった。それでもずっとその姿勢に身構えさせられ、私に飛び付く等の荒れた勇気は一向咲かずに男は無言で惰性の振動(ゆるみ)に狼狽えて居る。一度も向って来なかった。わかっていながら、一応閉まったドアの向こうへ潜って抜けるを試みたのだが、予定通りにロックで閉ざされ、調子に乗らせたドアの在り処は外界(そと)の環境(ねじろ)に置かれて在った。私はその薄気味悪い包帯男にぐっと寄り添い顔を近付け、「わかっちゃいるさ…!」と心中で呟いた後、「オォーーーン!!」とけたたましい雄叫びを上げつつ上気を保って男を避けた。明るみが差し、知らぬ間に夢から覚めていた。



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~惰性~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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