縮こまる高身長令嬢、いいと言ってくださる方もいるんです

uribou

第1話

「はあ……」


 また婚約者のエリック様に叱られてしまいました。

 落ち込みますね。


『モトコ、君は身体が人並み外れて大きいのだから、もっと慎ましくしたまえ!』

『申し訳ありません』


 わたくしも所作には気をつけているのですが、背が高いせいかどうも動きが大きくなってしまうのです。

 それどころかわたくしとの婚約を解消することを考えさせてもらうとまで言われてしまいました。

 でも今以上どう注意すればいいのか。

 困ってしまいます。


 背が小さくて可愛らしい御令嬢はいいなあ、と思います。

 むしろ大きい動作が優雅に見えますものね。


 いえいえ、いけません。

 この高い身長もお父様とお母様にいただいたもの。

 文句を言ってはバチが当たります。


 お父様とお母様は愛情一杯に育ててくださいました。

 婚約解消にでもなったら悲しませてしまいますね。

 もっと慎ましく、お淑やかにしなければ……。


          ◇


 ――――――――――カール・ウェストン伯爵令息視点。


 いつものように宿題のための集まりと言いつつ、たわいもない雑談に興じる。

 『高身長令嬢を見守る会』の会合とも言う。

 オレの友人達は皆スタイルのいい令嬢が好きだから。


「やはり特筆すべきはモトコ・フォレスト子爵令嬢だな」

「子爵令嬢なのに最優秀クラスってすごいよねえ」

「うむ、美しいし淑女だし。ダンスなんて惚れ惚れする」


 モトコ嬢は貴族学院の令嬢の中で最も背が高いから、とにかく目立つ。

 しかし君達全員婚約者持ちだろう?

 こんな話をしていていいのかね?


「モトコ嬢を婚約者にしているエリックが羨ましい」

「しかしエリックはモトコ嬢に当たりがキツいよな」

「ああ、オレも同じことを思った」


 何故だろうな?

 あんな華やかな令嬢が婚約者なら、もっと自慢してもいいくらいなのに。

 というかオレだったらそうする。


「エリックとモトコ嬢って、幼馴染なんだろう?」

「ラドフォード伯爵家領とフォレスト子爵家領は隣同士だからな。普通に成り行きで婚約の運びになったと、エリックに聞いたことがある」


 いいなあ。

 オレも美人の幼馴染が欲しかった。


「エリックのやつ、モトコ嬢に甘えてるんじゃないか? 罰だ、婚約破棄されろ」

「いや、エリックはモトコ嬢のことを気に入ってないみたいだぞ」

「「「はあ?」」」


 何故?

 ちょっとわけがわからない。

 あれほどできた令嬢なんか、滅多にいないぞ?


「どうして?」

「いや、エリックのやつはナルシストというか、目立ちたがりだろう?」

「そういうところあるな」

「一緒にいるとモトコ嬢ばかりが注目を浴びるだろう? 面白くないんじゃないか、と僕は推測してるんだけど」

「ありそうな話だが」

「ああ、もっと控えてろみたいな文句言ってたの聞いたことあるわ」

「バカ過ぎる」


 バカエリックはどうでもいいが……。


「父親の伯爵グスタフ様はモトコ嬢を気に入ってるんだろうけど」

「そりゃモトコ嬢は優秀で、生徒会では王太子殿下にも評価されてるって話じゃないか。どこに非があるって言うんだ」

「エリックのつまらん見栄だけの話か」

「ええ? でもエリックはずっと不満を燻らせるんじゃないの? 目立つなってムリじゃん。モトコ嬢の個性なんだから」

「……モトコ嬢が不憫だな」

「「「……」」」


 どうすればいいか?

 決まってるじゃないか。


「なあ、オレ達の内の誰がモトコ嬢の婚約者になっても、今の状態よりはマシだよな?」

「この中で婚約者いないの、カールだけじゃないか」

「おいおい、モトコ嬢を奪うつもりかよ?」

「いや、モトコ嬢のことを考えれば、僕は賛成だな」

「カールんとこのウェストン伯爵家は、商売に強いじゃないか。フォレスト子爵家にとっても、ラドフォード伯爵家からウェストン伯爵家に乗り換えて損だとは思わん」

「オレはモトコ嬢を迎えたい。協力してくれ」

「どうやって?」

「それは……」


 大した計画じゃない。

 エリックのバカさ加減を煽るだけだ。


          ◇

 

 ――――――――――エリック・ラドフォード伯爵令息視点。


 イライラする。

 何がって婚約者のモトコのことだ。

 私よりも握りこぶし一つ分も背が高く、見下ろされるのが嫌だ。

 それだけでなく、成績も最優秀クラスなのだ。

 跡取りでもない子爵令嬢が最優秀クラスっておかしいだろ。


 おかげでいつも私は屈辱的な目に遭わされる。

 父上にはモトコ嬢を見習えと言われる始末だ。

 もっとモトコは私のことを考え、婚約者として私を立てるべきではないだろうか?

 ああ、癪に障る。


 おまけにパーティーでもやたらと目立つのだ。

 デカいから。

 私以上に目立つんじゃない!


 しかし父上の評価は高いのだ。

 モトコは成績だけはいいから。

 モトコ嬢を手放さぬようにしろとしょっちゅう言われるが、私の受けるストレスというものを考えているのだろうか?


 幼い頃は可愛かったのに。

 いつあんなになったんだか。

 私に断りもせずデカくなって、全く許せん!


「よう、エリックじゃないか」

「カールか」


 次は選択科目の領経営学だ。

 クラスの違うカールと一緒に講義を受ける。

 ……そういえばカールはモトコと同じ最優秀クラスだったか。

 忌々しい。


「どうしたんだい? えらく不機嫌に見えるけど」

「ん? ああ、婚約者のことでね」

「ハハッ、惚気か。婚約者のいないオレに対するあてつけかな?」

「そんなんじゃなくってな。ちょっと関係が良くないんだ」


 私の婚約者は目立つの相性よくないんじゃないの女難の相が出てるのと、最近よく言われるからだ。

 モトコのことを意識せざるを得ない。


「ふうん。まあ原因はデリケートなことなんだろうから聞かないけど、関係修復の見込みはあるのかい?」

「……ないな」


 モトコのデカいことが原因なんだから。

 私もモトコに不平を言うことはあるが、改善されるとは思ってない。


「エリックの婚約者って、モトコ・フォレスト子爵令嬢だろう? どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「バカだなあ」


 思わずカッとなった。


「バカとは何だ! 君より成績は悪いかもしれないが、侮辱だろう!」

「ごめんごめん、成績の話じゃないんだ。エリックがやるべきことをやらずにモタモタしてるんじゃないかってことを言いたかっただけ」

「モタモタしてる? どういうことだ?」

「今話を聞く限り、関係修復の見込みがないってことなんだろう?」

「ああ」

「じゃあ関係を清算するべきじゃないか。いつまでも仏頂面晒し続けていいと思ってるのかい? 社交にもマイナスだよ」

「……」


 モトコとの婚約の解消は、常々考えていることではある。

 が、父上の許可は下りないだろうし。

 ただ社交にもマイナスというのは刺さるな。


「領経営学はオレ達貴族の嫡男にとって最重要の科目だ。悩みを抱え他所事を考えながら講義を受けようなんて、舐めてるとしか思えないんだがね」

「……」


 カールの言う通りだ。

 婚約者案件は私の成績にまで影響してるんじゃないか?


「決断するなら早い方がいいに決まってるだろう。令嬢なんかどんどん売れてっちゃうんだから、遅くなればなるほど次の婚約者を探すのに不利になる。またモトコ嬢にも悪い」

「……」


 またしてもカールの正論だ。

 確かに私はモタモタしていると捉えられてもおかしくない。


「父がな、モトコ嬢を気に入っているから……」

「君の婚約者の話だろう? 君のメリットになってるとは思えないがね」

「……」


 グサグサとカールの言葉が突き刺さる。


「まあエリックが不満を抱えながら生きていくことを選択したなら、オレがウダウダ言う筋合いはないんだが」

「いや、私の決断が遅かったんだと思う」

「ふうん、で結論は?」

「婚約を解消しようと思う」


 表情は変わらないが、カールが笑った気がした。


「父を説得したい。方法論としてだが、どうしたらいいだろう?」

「正論は何より強い。困難に直面している君の現在の状況と、メリットデメリットを話せばいいんじゃないか? ああ、慰謝料がバカにならないと考えているのかもしれないな」

「うむ、なるほど」

「ものは相談だが、モトコ嬢をオレに譲ってくれるというのはどうだ?」

「は?」


 婚約者を譲る?

 不純ではないか?


「よく考えてみてくれ。まずオレは婚約者を探しているという前提がある」

「うむ」

「オレは大柄の令嬢が好みなんだ」

「そうなのか?」

「ああ。エリックもオレも伯爵家の嫡男だ。モトコ嬢あるいはフォレスト子爵家にとって、相手が格落ちの家になるわけじゃないから、受け入れやすいと思わないか?」

「確かに」

「単純に婚約を破棄したの解消したのと言うより、うちウェストン伯爵との間を仲立ちしたという方が聞こえがいいだろう?」

「そうだな」

「ラドフォード伯爵家領とフォレスト子爵家領は隣だから、事業提携絡みの思惑があるのかもしれない。普通の婚約解消だと計画も御破算の可能性が高いが、仲立ちだったら継続できるんじゃないか?」

「……」


 実際にはフォレスト子爵家と事業提携の話なんかない。

 しかしカールって一瞬でここまで考えられるやつだったのか。

 聞けば聞くほどカールの案に乗るのがいいように思える。


「婚約解消でも傷物令嬢うんぬんの話にならず、次が決まっているということなら慰謝料も少なくてすむ可能性が高い」

「わかった。私も覚悟を決めよう」

「よし、じゃあオレは両親に話を通しておく。なあに、お前はいい人いないのかっていつも言われてるくらいなんだ。こっちが拗れることはないから、エリックは自分の親父さんとフォレスト子爵家の根回し頼むよ」

「了解だ」


 一筋の光明が見えた。

 カールのおかげだ


          ◇

 

 ――――――――――モトコ・フォレスト子爵令嬢視点。 


 今日の貴族学院学期末パーティーは大盛り上がりでした。

 何故ならわたくしがエリック様に婚約破棄され、その後すぐにカール・ウェストン伯爵令息に婚約の申し出を受けたからです。


 事前にカール様に言われておりました。


『ちょっと予定外のことになってるんだ。ただモトコ嬢にとって最終的にハッピーエンドになるから』

『よくわかりませんが』

『ドラマも必要だから気にしないで。オレがついてる』


 事情はサッパリですけれども、『オレがついてる』ですって。

 カール様はとても男らしくてジーンと来ました。

 素敵な方ですねえ。


 それで件の大騒ぎの後、カール様とわたくしは控え室に下がってきたところです。

 宴はまだ続いておりますけれど、わたくしが会場に留まるわけにはいきませんでしたので。


「色々疑問な点はあると思うけど、まずオレの方から大雑把な流れを話すよ。いいかな?」

「はい、お願いいたします」

「エリックはモトコ嬢が婚約者であることに納得いってなかったみたいなんだ」


 ああ、やはり。

 わたくしではダメですか。

 忸怩たる思いがありますね。


「ただモトコ嬢との婚約を解消しようという気はなかったようだ。父親の伯爵の意向が大きかったのだと思う」


 はい、御当主グスタフ様にはいつも機嫌よく迎え入れていただきましたから。


「ただオレもモトコ嬢が欲しかったんだ。君がエリックなんかの婚約者でいいことないから、友人達も使ってちょっと焚きつけてね。モトコ嬢がオレの婚約者になるのを、エリックとラドフォード伯爵家が仲立ちしたという格好にすれば、誰も傷つかずにすむと思った」


 なるほど、波風立てずに婚約者を交換ということですね?

 少なくとも一方的に婚約破棄するよりは、お互いの家同士の関係も悪くならずにすみそうです。

 でもわたくしを欲しかったとストレートに言ってくださるのは、こみ上げる喜びがあります。


「実はもう、オレの両親には話を通してあるんだ」

「そうなんですね? わたくしには全く話はなかったですけれど」


 そして今日、公開婚約破棄されたんですが。

 色々台無しではないでしょうか?


「要するにエリックが父伯爵の説得に失敗したんだ。だからフォレスト子爵家まで話が行かなかった。一方でエリックはもうモトコ嬢との関係を終了すると決めていたから……」

「今日の公開婚約破棄になったと」

「ああ。一旦考え直せって止めたんだけど、もうエリックもこれしかないと思いつめてしまったようで」


 エリック様は視野の狭いところがありますから。


「大っぴらなスキャンダルに巻き込んでしまってすまない。主導権がエリックにあったから、オレにはモトコ嬢をかっさらうことしかできなかった」


 まあ、カール様ったら。

 かっさらうですって。

 ぽっ。


「いいんですのよ。大げさな話になったからには、今後もエリック様との婚約を続けるということにはならないでしょうし」

「モトコ嬢の気持ちも聞かずに突っ走ってしまったことに関してはオレも同罪だ。しかしオレがモトコ嬢に婚約者になって欲しいというのは本心だ。うちの両親も大歓迎だと付け加えておく。どうだろうか?」


 もちろんわたくしの心は決まっております……。


「モトコ嬢?」


 涙が溢れてしまいました。

 恥ずかしいです。


「……ごめんなさい」

「……」


 あっ、これでは誤解されてしまいますね。


「エリック様には何々しろと言われてばかりだったのです。褒めてくださる方はおりました。でもわたくしを求めてくださる方はカール様が初めてだったので、感動してしまいまして」

「そうだったか。では何度でも言おう。オレには君が必要であると」


 何と心を揺さぶる言葉なのでしょう!


「婚約は家と家との決め事ですから、わたくしの一存で軽々に返事をすることはかないません。しかしわたくしの希望としてカール様のお気持ちに沿いたい、とだけは申しておきます」

「十分だ」


 ああ、野性的な笑顔が素敵です。


「近い内に挨拶に伺うよ」

「お待ちしております」


          ◇


 エリック様は御当主グスタフ様にメチャクチャ叱られたみたいです。

 見てわかるほど痩せられて、横柄なところがなくなって。

 わたくしに対する態度を見ていた人も多かったらしく、令息方にはいい気味だと思われてるようです。


 エリック様を連れてグスタフ様が頭を下げにいらっしゃいましたけど、カール様の行動が早く、すぐにウェストン伯爵家と婚約の話が進みましたので、実害はほぼなかったです。

 ラドフォード伯爵家と関係を悪くするのもよろしくないですから、慰謝料は要求しませんでした。

 でも気持ちだけ、エリック様の三年分のお小遣いを没収してうちへの慰謝料に当てるとグスタフ様が仰いました。

 エリック様が涙目になっていましたね。


 ただエリック様がラドフォード伯爵家の嫡男であることは変わりないです。

 最近のエリック様は陰があるところがいいと、実は令嬢方の間では密かに評判になっていたりします。

 可愛らしい婚約者を見つけられるといいですね、とだけ。


 わたくしですか?

 はい、カール様の婚約者となりました。


 そのままのモトコがいいとカール様に言われます。

 しょっちゅう構ってくださるのです。

 ああ、理解ある婚約者がいるとこんなに楽しいものなのですねえ。

 目から鱗が落ちる気分です。


 ウェストン伯爵家は有力な商会を持っているので、フォレスト子爵家領の特産品を掘り起こそうという話になっています。

 お父様がとってもやる気。

 ありがたいことです。


 わたくしもウェストン伯爵家のためにならねばなりません。

 とりあえずできることは教養を身につけることと人脈の形成ですね。

 幸いと言っては何ですが、婚約破棄からのプロポーズでわたくし有名人になってしまいましたから、話しかけられる機会が増えました。

 これはエリック様の恩恵なのですかねえ?

 ちょっと複雑な気分です。


 カール様ですか?

 婚約後身体を鍛えていらっしゃいます。

 学院卒業後に結婚となりますが、その結婚式でわたくしをお姫様抱っこしたいそうで。


 重くてすみません。

 でも私もとても楽しみなのです。

 前の婚約の時は感じられなかった愛に浸っておりますので。


 今日もカール様のいらっしゃる訓練場に、お弁当を持ってまいります。

 カール様に相応しい婚約者でありたいものです。

 わたくしの精一杯の思いよ、信頼できるカール様へ届きますよう。

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