第5話

 慰労会は初夏に行われる。日差しは強く、皮膚を焼く。いよいよ本格的に夏が始まりそうだ。

「梅雨に引っかからなくて良かったですね」

 幹事である後輩たちがそう話すのを横目に、私は日陰の椅子に腰掛ける奥方たちの方へ飲み物を配りに行く。

「皆さん、いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」

「やだわ高野さん。私たちは好きでやってるの」

 白く光を跳ね返すテント内には、同僚の奥方たちである静江の友人らが勢揃いしていた。友人たちが取り囲む真ん中には、座椅子に体を預けた静江が座っていた。

「静江、調子はどうだい」

「悪くないわ。あなた、挨拶回りは無事に済んだかしら」

 静江は億劫そうに目を開け、掠れた小さな声で話す。

「まだ準備中だよ。今回は私に任せてゆっくりしていなさい」

 夏なのに乾燥した白い肌と、頬骨からのびる影が静江の顔にコントラストを落とす。みずみずしい肌と程よく肉付いた見目麗しい友人らと、その子供たちに囲まれている弱り切った静江。いつの間にこんな状態になっていたのだろう。まるで葬式のようだった。

「高野さん、静江さんと坊ちゃんは私たちに任せて」

 呆然とその様子を眺めていると、友人らに促され、私は同僚たちの所へ戻った。

「奥さん大丈夫なのか?わざわざ連れてこなくても……」

「妻の希望なんだ。こんな暑いところには連れて来たくなかったよ」

 仲の良い同期の片山が心配そうに声をかけてくる。彼は静江の友人沙織さんと結婚していて、今では2児を育てる父親だ。上の子が雄大と同い年で、子供同士も仲が良い。

「まぁ無理はするなよ。しかし今日は静江さんの友人勢ぞろいだな。こんなに大規模な慰労会も久しぶりだ」

「そうだな。よく場所が見つかったよ」

 慰労会は普段ホテルを利用しているが、今回は上の意向と参加人数が増えたため、思い切って野外でBBQになったという。

「こんな山の中にいい場所があったなんてな」

 会場は工場の裏手にある山だ。工場のそばを流れる小川の源流に当たる川があり、その川の河川敷に社名の入ったテントを立てて炭をおこし、どうにかBBQ会場の体裁をとっている。

「キャンプ趣味の若いのが提案したんだろう。さて、おじさんは接待を頑張りますかね」

 片山は軽く伸びをして、東京からきている会社の重役のいるテントへ向かっていった。業績の伸びているわが工場の激励のために田舎くんだりまでご挨拶に来てくれた重役は、場違いなスーツの上着を秘書に持たせて、ワイシャツの袖をめくって汗を拭いている。美しい静江の友人たちをぶしつけな目でじろじろ見ていて気に入らない。

「東京からはるばる、ようこそお越しくださいました」

「君が高野君か!噂には聞いているよ。何度も本社勤務の昇進を断って、この田舎に骨を埋めるつもりらしいな」

「あはは、私が仕事に邁進できるのは妻のおかげですからね。ここは彼女の地元なんですよ」

「尻に敷かれちゃって。君くらい有能な人間がどこの支社にもいればいいんだがな」

 禿げ上がり脂ぎった眼鏡の重役は、大きな声で笑いながら背中をバンバンと叩いてくる。東京のお偉いさんは良くも悪くもエネルギーの塊みたいな人間ばかりで、なんだか苦手だ。

「美人も多く自然も多い。離れたくない気持ちはわからないでもないな」

 がははと笑いながら重役は挨拶に来た営業部長の方へ向き直った。声をかけてくるすべての人へ挨拶を返し、壇上へ上がってスピーチをして、嵐が去るように重役は東京へ帰っていった。

「せっかくのお肉、食べていかなかったですね」

「このBBQ、あの重役も金出してくれてるらしいぞ。来季ますます頑張らないとな」

 慰労会のいいところは、上から下まで無礼講で話ができるところだ。部下たちをまとめるにも、彼らの性質を知るところから始まる。私は上司たちへあいさつ回りをしながら、今年入った新人たちにも声をかけて回った。

いつの間にか日は傾き始め、少し暑さが和らいできた。そろそろお開きにして片づけを始めようかと皆が動き始めたころ、私は静江の様子を見に行こうと、彼女のいたテントに向かった。

 おかしい。テント内に動くものが1つもない。駆け寄ってみると、同級生や子供も含めて10名以上いたはずのテントはもぬけのからになっていた。

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