★【完結】ペルセウス座流星群(作品241024)

菊池昭仁

第1話

 今日は息子、颯太そうたの誕生日だった。私はショートメールを颯太に送信した。



      誕生日おめでとう

      何も出来なくて申し訳ない



 既読になったまま、颯太からの返信はなかった。誕生日のお祝いメールは彼の心には届かなかったらしい。

 だがそれはいつもの事だった。

 娘の優香は既読にすらならなかった。

 私はもう、何年も子供たちと疎遠になっていた。

 普段は電話もメールもしない。反応がないのはわかっているからだ。

 誕生日に送る、私の一方通行のお祝メールだけが私に許された、父親としての彼らへのメッセージだった。



     君たちのことは決して忘れてはいない



 私は毎年、彼らの誕生日にお祝いメールを送り続けている。そしてこれからもそうするだろう。

 子供たちから嫌がられてもだ。


 

 妻の麻理恵とは熟年離婚した。

 麻理恵とは1、2ヶ月に一度、電話で話をする。

 別れたといえ元夫としての責任はある。私たちはお互いの近況と他愛のない話をした。

 その中で私はそれとなくこう探るのだ。


 「ところで子供たちは元気か?」

 「何とかやってるみたいよ」

 「そうか」


 私はそれを聞いてホッとする。子供たちが怪我や病気をしていないことに。

 人間は生きている限り悩みを抱えて生きているものだ。

 だがその殆どの悩みは時間が解決してくれる。つまり自然と消えてゆくのだ。

 そして人は悩むことで大人になってゆく。

 毎月の送金だけは今も続けていた。


 離婚の原因は私の浮気だった。

 私は愛のない家庭を捨て、愛してくれる新しい家族を選んだ。

 家族にはカネの支援だけしていればそれでいいと思ったからだ。

 現に今の家族に私の居場所はなかった。

 家に帰ると子供たちは自室に閉じ籠もってしまった。


 私の収入の半分は前の家族に送るというと女はそれに反論した。


 「別れてもそんなことをする必要がある?」

 「別れたからそうしなければならないと思っている」


 そして女は私の元から去って行った。

 結局その女は安定が欲しかっただけだったのである。

 私は梯子を外され独りになった。

 その後も私と一緒に暮らしたいと言ってくれる女はいたが、女の目的は私ではなく私のカネが目当てだった。

 だがそれはイヤな事ではない。なぜなら女は常に「安心したい生き物」だからだ。

 惚れた腫れたは若い時の話である。現実はシビアだ。



 子供たちには変らぬ愛情を持って接して来たつもりだった。

 だが子供たちは私と関わろうとはしなかった。

 食事に誘うと娘の優香は妻の麻理恵と一緒にやっては来るが、息子の颯太は仕事が忙しいからと食事に誘っても来なかった。

 颯太とはもう10年以上も会ってはいないし、電話で話したこともない。

 もう彼も30才は越えているはずだった。彼女もいないようだと麻理恵は話していた。

 颯太は平成3年生まれだったが平成から令和に変わり、目が不自由になった私にはそれを西暦に換算するのが面倒だった。Siriに訊けば簡単に教えてくれるだろうが、何故かそれには抵抗があった。

 私は離れて暮らしている息子の年齢を知るのが怖かったのだ。

 それは息子の年齢を知ることで、自分の寿命の終わりが近づいていることを知るようで恐ろしかった。

 子供が成長して行く分、親の寿命はそれに反比例して短くなってゆく。


 私は麻理恵と結婚する時、「子供はもうけない」と妻に告げた。妻もそれで納得をしていたはずだった。

 私たちは25才で結婚した、まだ子供だった。

 子供が嫌いだったわけではない、子供に自分のような苦労をさせたくはないと思ったからだ。

 かわいい自分の子供に私と同じ、辛い思いはさせたくはなかった。


 私は麻理恵と結婚してニューヨーク支店に赴任することになっていた。

 だが一人娘のことを案じた義父はそれにやんわりと反対した。


 「友親ともちか君、ニューヨークなんて考えないで、福島で暮らせばいいじゃないか?

 仕事ならいくらでも紹介してやるよ、知り合いに職安の所長もいるからね?」


 そして私は無職のまま、盛大な結婚式を挙げた。

 別にそれを期待したわけではない。一人娘である妻を心配してのことだと分かっていたからだ。

 歳を取れば誰でも心細くなり、娘は傍に置いておきたいのが心情だからだ。

 私は麻理恵と結婚して一緒に暮らせるなら仕事など何でも良かった。

 だが福島に帰れば横浜での収入は望めない。田舎で子供を育てて大学に入れるには夫婦で共働きをするか、公務員や銀行員、半導体のエンジニアになるしかないのが実状だった。

 大卒ではない、中途半端な高専卒の私には、満足な就職先も望めるはずもなかった。

 半導体の研究部門に応募したが書類選考で落とされた。

 私は家が貧しかったので進学を断念せざるを得なかった。私はいつも両親を責めた。

 

 「俺より成績の悪い奴らが医者になったり大学に残って学者になったり官僚になっているんだ!

 俺は大学を出ていないばっかりにこんな仕事しかさせてもらえない!」


 そんな屈辱を自分の子供にはさせたくはなかった。

 だが結婚してから5年、妻は子供が欲しいと私に言った。

 その頃の私は会社での地位も上がり、収入も増え始めていた時だった。


 (ひとりくらいならなんとかなるか?)


 私は子供を持つことに同意した。



 変な話であるが、私はその時、受精した実感があった。

 そしてほどなくして妻は妊娠をした。

 まだ性別もわからない時に私は不思議な夢を見た。

 マンションのベランダ側の窓に、小学生位の男の子と一緒に立って外を見ている夢だった。

 だが隣を振り向くことは出来なかった。しかしそこには髪の毛がサラサラの男の子の気配が確かにしていた。

 私はその日から、男の子の名前を考え始めた。



 妻のお腹が次第に膨らんで行くのが不思議だった。


 「今、動いた」


 妻は服をめくり、私の手を自分のお腹に導いた。


 グニュ グニュ


 確かに胎児が動いているのが分かった。うれしかった。この子に早く会いたいと思った。


 

 出産は姉の病院ですることになっていた。私は仕事の合間に父親学級にも参加し、オムツ交換や沐浴の練習もした。


 「子供の首に臍の緒へそのおが巻き付いていることもあるからウチのような総合病院で産んだ方がいいわよ。

 ウチの産婦人科部長はとても優秀な先生だから安心よ」


 私たちは姉の紹介で産婦人科部長の田崎医師に診てもらえることになった。



 初産ういざんということもあり、予定日よりも1週間ほど遅れて陣痛が始まった。

 私は出産に立ち会うことはしなかった。それは母になる女の仕事だと思ったからだ。

 だが出産の時は分娩室の前の廊下で産まれるのを待って、産声を聞いて子供を抱き上げて麻理恵を労ってやりたかった。


 

 しかし中々破水せずに時間が掛かっているようで、私は妻の腰の辺りを擦っていた。

 すると若い看護士が言った。


 「まだ掛かりそうだから、一旦お家に帰られた方がいいんじゃないですか?」

 「そうですか? では生まれそうになったら連絡して下さい、すぐに来ますから」


 

 家のソファで仮眠を取っていると病院から連絡が来たのですぐに病院へ駆けつけた。

 

 「いよいよ産まれるんですね!」

 「いえ、もう産まれましたよ」


 麻理恵の話ではもう1時間も前に産まれていたという。

 私はその看護士を怒鳴りつけたかったが辞めた。

 それは産まれた息子の顔がとても安らかで綺麗だったからだ。


 「生まれて来てくれてありがとう」


 保育室にいる吾が子をガラス越しに見て、私と麻理恵は颯太に声を掛けた。

 私は泣きそうになった。

 自分の血を分けた子供がこの子なのだと実感したからだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る