シティガールとデートの誘い


 唐辛子を五十本くらい煮詰めた出汁を一気飲みした気分だ。それくらい血潮が滾っていた。

 さっきから隣に座っている朱彩がちらちらと不安そうに僕の様子を伺っている。

 いうまでもなく僕の隣の席は本来、密実白華だ。だが今、彼女は僕の真正面に座っている。


 何故かというとこれはフィールドワークのミーティングだからだ。四つの机を合わせる時、朱彩はこれまでにないスピードで僕の机と自分の机をドッキングさせた。


 結果として蜜実はいま僕の対面にいるというわけだ。

 彼女の正中線(人体の弱点が揃っているよ!)にガンを飛ばすわけにもいかず、ずっと斜めの席に向かって首を固定している。起きているのに寝違いそうだ。

 当然、斜め前に座る人物に視線が集中するわけで。


「葦名くんめっちゃ見てくるじゃん、あっは! そんなに私のことが気になる? 気になっちゃう?」


 髪の先っちょがくるりと巻いた金と白のメッシュ女子が話しかけてくる。背は低く、体付きは華奢。色が白くてまつ毛が長い。


 美少女然とした、しかしながら生意気そうな目つきと自信に満ち溢れ、やや驕りの感じられる態度は他者見下し天上天下唯我独尊女子と言っても差し支えないだろう。


「僕は彼女のことをかけらも知らなかった。ぶっちゃけ誰? と言いたいところだが彼女の名誉に配慮して胸中に留めておいた」

「全部聞こえてるしぃ! 白華ちゃんと一緒に転校してきた巻谷まきたに ほたる!」

「負けたに……? なるほど、わからせられる側ってことか。最初にどっちかわかるのは良いことだよね」

「巻谷だって! もう意味わかんない、朱彩ちゃん幼馴染なんでしょ。翻訳してよ」

「翻訳はできないけど、うちの幼馴染が失礼なことを言って申し訳ない」

「僕のために謝ってくれるなんて……朱彩、家族になろう」

「は? 指輪は?」

「……輪ゴムでいいかな?」


 朱彩の左手の薬指に誓いの輪ゴムを縛りつけていく。


「最高だな、一週間もあれば指ごとなくすと思うけど」

「そんな……次は中指につけてあげるよ。僕たちの愛は永遠さ」

「悪いけど残機は十本しかない」

「私をほったらかして漫才しないでくれる?」


 僕らの終わらないやり取りにふくれっ面で横やりをいれてくる巻谷。

 なるほど。可愛らしくてあざとい。


「葦名くんが私に興味なくても、私のほうはあるんだよねぇ。ねえ、放課後ちょっと一緒にどこか行かない? この街のこと、色々教えてほしいなぁ。もちろん、お礼もたっぷりしてあげる」


 すごくカジュアルにデートに誘われる。出身地は思い出せないけどさてはシティガールだな? どっぷりと蜜が注がれたような甘い声。どうやら他者見下し天上天下唯我独尊女子ではなく扇情的誘惑微笑女子イロガキかもしれない。


「その話、乗った」


 思春期だからね、抗えるわけがない。

 これは破滅への第一歩かもしれなかった。だが僕は勇往邁進ゆうおうまいしんの精神を捨てたくないのだ。


「羨ましい、私も今度エスコートして欲しいな」


 様子を見ていた蜜実が鈴のような声で一言。

 地獄への片道切符をくれてやろうか?


 机の上にある制作用のカッターナイフに手を伸ばそうとしたのを見て朱彩は激しい勢いで握り拳を僕の腕に叩きつけた。

 超痛い。おかげで冷静になる。

 その様子を見ていた巻谷がにやりと笑う。


「朱彩ちゃん、もしかして妬いちゃった?」

「……まぁ」


 苦虫を嚙み潰すような顔で朱彩は肯定した。

 その場を誤魔化して乗り切るためとはいえ誠に遺憾だろう。


「安心してよ、明日にはちゃんと返してあげるって」


 どこか含みを持たせた妖しい笑顔。巻谷は今日だけで僕を虜にするつもりかもしれない。

 この僕が負けるわけないだろ。


「それにしても、島根来って蒸し暑いなぁ」


 季節は六月、この時期の島根来は湿気が多い。

 慣れない気候に身悶えしながら、おもむろにワイシャツの第一ボタンを外す巻谷。


 ……この僕が負けるわけないだろ。


 かくして、暗雲立ち込める中、放課後デート(女子との関係が希薄な僕の恥ずかしい勘違いでなければ)が始まるのだった。


 課外活動のミーティング、全然進んでないね。



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