幼馴染とただれ気味

 蜜実が引っ越してきてから二か月が経ったころ、僕と幼馴染である樋水ひみず 朱彩しゅいろの関係は変わってしまった。

 なにも激変というわけではない。彼女はかわらず気心知れた良き友人であり僕のことを僕以上に知る幼馴染であって、そこにアルファがプラスされただけだ。


「くふっ……」


 朱彩が苦しそうに呻き、僕の手をタップした。僕の手は彼女の首と別れを惜しんでいるが、このまま続けると永遠のお別れとなってしまう。

 幼馴染というやつは失ってしまうと取り戻せないものだ。なんせもう一度産まれなおさないといけない。一生の宝である。


「マジ感謝、朱彩」

「かるっ! 誠意がまるでない!」


 朱彩も大概だろ。

 さっきまで首を絞められていたとは思えないノリのツッコミ。そのラフさに痛み入る。


 少し赤くなった首をさすっていた。つまるところプラスアルファの要素とは首絞めに付き合ってくれる関係だ。


「僕のネックスフレンドになってくれてありがとう朱彩。本当に感謝してる」

「最悪の造語、脳みそ腐っちゃった?」


 ややただれ気味ではあるがこうして罵詈雑言ばりぞうごんが言い合える関係は変わらず、僕たちの友情は不滅というやつだ。


 まぁ、ちょっと嘘が入っている。

 こうしてひそひそと誰もいない教室を探して、繋げた机の上に無防備でおねんねされると、幼馴染とはいえ色々意識してしまうことはある。


 机に広がるセミロングの深い赤色の髪が実はかなり手入れされていたり、出るところが出ているスタイルの良さに気付かされたり、か細い首だったり、ちょっと幼馴染としてのラインを越えそうだ。


「で、治まった?」

「なんとか」


 彼女が確認しているのは僕の殺人衝動だ。

 蜜実が引っ越してきてから、ものの数日でぶち殺しに至りそうになった僕は、なんとかならないものかと唯一信頼できる朱彩に相談を持ち掛けた。


 転校生の脳天をかち割って、頸動脈を切り裂きそう、マジでやばい――こんなことを幼馴染に相談された朱彩の気持ちは察するに余りある。


 だが朱彩は拒絶せず受け入れてくれるどころか、対応策まで講じてくれた。

 ――少しでも発散すればなんとかなるんじゃね?

 ということで彼女のその言葉に甘んじ、三割殺しくらいの形で僕の衝動の受け皿になってもらっている。


「いつもすまないね」

「何度も言わせんなって。幼馴染が人殺しになるよりよっぽどいいだろ」


 確かにこの立場が逆でも、僕は彼女に首を差し出していただろう。

 切れない絆だ、健全な男子学生としてはちょっともつれを感じているけども。


「いやしかし困った、本当に困った、マジ困った」

「ほんとだよ、なんで課外活動のグループ分けで同じ班引き当てんの? アホ?」

「確かにもう少し頭が良ければクジ運も僕に忖度そんたくしてくれたかもしれない。まぁないものねだりしてもしょうがないからさ」


 僕たちは絶望的な状況に立たされていた。

 課外活動でフィールドワークの班分けが行われたのがつい先日。

 地元のことを研究して理解と愛を深めようとかいうやつだ。


 たった四人、その中に蜜実がいなければそれで済む話だったのに。

 ともかく礼儀がしっかりしているのでいちいち「同じ班なんて奇遇ね葦名くん、よろしくお願いします」と、丁寧に頭を下げてくる。

 近くの金魚の水槽に頭を突っ込んでやろうかと思った。


「朱彩が同じ班にいるのが不幸中の幸いだよ。なぁ、これって運命だと思わないか?」

「まぁ……考え方によってはそうか。やばくなったらすぐに言えよな」


 キメ顔で口説いてみたけどスルーされた。やはり幼馴染という壁を越えるのは難しい。


「わかった。でも野外は流石に緊張しちゃうな」


 余計な一言はボディブローで裁かれた。


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