サラマンダーを玄関前で拾ったのでとりあえず飼ってみる
維七
第1話 玄関前
理人はバイトが終わり、雨の中帰宅している。
すっかり遅くなってしまった。
バイトが終わってから長々と話かけるのは勘弁してほしい。
話をする事が嫌なわけではないが長々と立ち話をされると疲れる。
それに時間帯が時間帯だ。
お腹が減る一方なのだ。
(今日も頑張った)
早く帰って晩飯が食べたい。
今日は昨日買った豆腐をなんかして、あとは冷凍ご飯それと…。
自宅が近づいてくる。
この辺りは数年前のコンパクトハウスブームの時に建てられたコピペしたかのように同じ形の外壁の塗装が違うだけの住宅が並んでいる。
アパートよりは広く、プライバシーも守られる。
それでいて大きすぎず、必要十分。
そんな売り文句で建てられたコンパクトハウスは飛ぶように売れた。
しかし、あっという間にブームは去り、大量に売りに出される。
そして巡り巡って理人のような若者に一人暮らし用の賃貸住宅として格安で貸し出されることになっている。
やっと自宅が見えてきた。
雨の中視界が悪く、おまけに等間隔に並ぶ街頭の明かりしかない。
しかし玄関前の軒先に何かが転がっているように見えた。
(なんだあれ?)
白っぽく見える。
おそらくはゴミがどこかから飛んできたのだろう。
そう思っていたが近づいていくと違うとわかる。
(濡れたタオルか?)
濡れた汚れていないタオルが丸まっているように見えた。
不思議に思いながら玄関前まできてセンサーライトが点灯する。
やっとそれがはっきりと視認できる。
(子猫か?)
生き物だった。
理人は半分濡れながら傘を畳み、避けるようにして玄関の鍵を開ける。
身体を横にして入れる分だけ扉をそっと開け、家の中に入る。
(なんだったんだろ?)
子猫とは違うようだった。
ネズミでもない。
手のひらくらいの大きさ。
姿は狐?ハクビシン?オコジョ?そんなように見えた。
(ってか生きてたのか?)
もう一度扉をそっと開け顔だけ出してあの生き物を見る。
小さな身体はずぶ濡れで震えていた。
(生きてんのか)
しゃがんでじっと見た。
目は開いていない。
小さな体で必死にこの雨の当たらない軒下まできたのだろう。
両手で掬うようにしてそれを抱え、家の中に戻る。
(拾っちゃった)
生き物を飼ったことはない。
飼うつもりも余裕もなかった。
(どうしよう…)
震える小さな生命を前にリヒトは困っていた。
(とりあえずタオルだ!)
前に動画で見たのを思い出した。
濡れた子猫を拾って保護した、とかの短い動画だ。
(確かタオルで包んであったかくしてた。)
干しっぱなしのゴワゴワのタオルをハンガーから取って包んでやった。
ずぶ濡れの体を拭いてやりながら体をさすってやる。
(冷えてる…のか?)
自分の手も雨で冷えていてよくわからない。
とにかく前に見た子猫の動画を思い出した。
(風呂、洗ってた)
シャワーで子猫を洗ってやっていた。
真似しようと風呂場へ向かう。
シャワーのノズルに手をかけてふと気づいた。
(このままかけて大丈夫か?)
随分と小さく弱々しく見える。
温度を間違えたら死んでしまいそうだ。
風呂桶だけ持って台所の方へ向かう。
電気ケトルでお湯を沸かして風呂桶に注ぐ。
それから水と混ぜて人肌くらいのぬるま湯を作る。
そっと手のひらにのせたまま湯に入れる。
顔が湯に浸らないように注意しながら親指で背中をさすってやる。
「頑張れ」
しばらく続けていると体を少し動かした。
よかった、と一安心する。
もう少しの間続けることにした。
(結局コイツはなんだ?)
狐のような姿かと思っていたがトカゲに近いように見える。
濡れていてわかりにくいが真っ白な体毛で覆われている。
(ウーパールーパー?いやいやあれに毛は生えてないだろ)
謎の生き物は手のひら上をモゾモゾと動き始めた。
目もぱっちりと開いている。
もういいだろうと思って最後に身体を軽く洗ってやって新しいタオルで包む。
身体を拭いてやりながらスマートフォンで動画を検索する。
『猫 拾う』
なんだこの検索ワードはと思ったがお目当ての動画はヒットした。
再生し始めて身体を洗う場面までスキップする。
身体を洗い終えたあとはドライヤーで乾かしていた。
(ドライヤー…)
洗面所から埃を被ったドライヤーを引っ張り出してきた。
温風強、温風弱、冷風の三段階しかモードがない。
とりあえず温風弱に入れる。
壊れていることもなくブォーンと温風が出る。
(死なない?)
不安になったので遠くから当てることにした。
最初は驚いたようだったがすぐに大人しくなった。
乾かしてやると真っ白な毛がふわふわになった。
思わず撫でると気持ちよさそうにしている。
(これからどうするんだろ)
動画の続きを再生する。
ミルクのようなものを与えていた。
(牛乳はあったはず)
冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いだ。
(飲むのか?本当に?)
犬や猫は牛乳を飲んでいるような気がするがこの生き物には飲ませていいのだろうか?
悩みながらも一度飲ませてみようと思い、コップに顔を近づけてやる。
(溺れない?これ)
頭からコップに突っ込まれた姿を想像して手をとめた。
(これならどうだろう)
小指に牛乳をつけて口まで運んでみる。
匂いを嗅いだあとぺろぺろと指を舐め始めた。
「よかった」
何度か小指で口まで牛乳を運ぶ。
可愛らしく必死に牛乳を舐めていた。
(小皿とかであげればよかったかな?)
そう思いながらも小指で与え続けた。
そのうち手から逃げ出そうと動くようになった。
(もういらない?)
またタオルで包んでみると大人しくなった。
お腹がいっぱいになったせいか目を閉じて丸まって動かなくなった。
(寝ちゃった?)
そっとタオルごと置いて寝床になろそうなものを探す。
手頃な大きさのダンボールを見つける。
十分な広さと逃げ出せそうにない高さのものだ。
それの中を軽くティッシュで拭いてタオルごとそっと入れる。
(立派なお家になった)
しばらく眠るそれの姿を眺めていた。
手のひらサイズの、ふわふわの真っ白い毛のトカゲのような生き物。
(結局なんなんだろう)
スマートフォンで撮影検索をしてみる。
検索結果『サラマンダーの幼体』
(これだ!!)
ふわふわの真っ白い毛のトカゲのような生き物、まさしくそれの画像が表示された。
(サラマンダー?え?サラマンダー?)
理人は玄関前でサラマンダーの幼体を拾ったのだ。
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