第6話 賢者の遺言

 小二のときにばあちゃんが死んだ。

 ばあちゃんは賢くて優しくてみんなに人気者で俺も例に違わずばあちゃんが大好きで、暇さえあればばあちゃんの部屋に入り浸っていた。


「また一個デカいの決めたって? どうやんのよ? コネ? 紹介してほしいわー」

 後ろから肩を組まれて驚いて振り向く。そこには称賛しながらも顔はどこか嫌味っぽい先輩の顔。

「ははっ。酒井さんがずっと上手くやっててくれたとこを引き継いだだけなんで」

 愛想笑いしながら頭をかく。

「要領いいよなー。いいとこ譲ってもらってさ。大先輩方にも気に入られてさ。コツとかあんの?」


「全部はいかんよ。ギリギリもだめ。大事なのはできれば二個、少なくとも一個は残しとくこと」

 ばあちゃんの口癖。

 意味がわからなくて、でもばあちゃんの残した何かに縋りたくて。ばあちゃんが死んだばっかりの頃は言葉そのまま受け取って、おかずを一個、ご飯を一口残しては母親を困らせた。

「たっちゃん、うら山行こうぜ。大杉のとこ。大人にはナイショだぜ」

 幼馴染のけんちゃんが近所の子をみんな引き連れて誘いに来た時も断った。

「なんだよ、つまんねーなー」

 ノリが悪いとぶーたれた他の子を、「たっちゃんはばあちゃんが死んじゃってから元気ないんだ。しかたないよ」とけんちゃんは諌めてくれた。

 本当はみんなと行きたかったけれど。

 全部はダメ。一人は残らなきゃ。

 子供達が戻らないと町が騒がしくなったのは夜になってから。

「みんなうら山に行くって言ってた。たぶん大杉のとこ」

 数日前の大雨でぬかるんでいた地面に足を滑らせ窪地に全員で落ちていた。

 みんな大した怪我はなかったし、そんなに奥まったところでもなかったので見つかるのは時間の問題だったが、俺が一人残ったことで結果的に発見が早くなった。

 これがきっかけでばあちゃんの言葉はますます俺の中で大きくなった。


「コツですか? 一か二、残しておくことっすね」

 大人になった今はばあちゃんが本当は何を言っていたのかわかる。時間も物事も余裕を見る。そういうことだろう。

「なんだよ、それ?」

 怪訝な顔をした先輩に、俺は「ははっ」とまた笑った。

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