第33話
最上階で待ち受けるアシュトンを討つためには死力を尽くす必要がある。
ヘレナを庇って戦える程の甘い相手ではない。
しかしこの王城内で安全な場所などない事をすぐに実感する。
薬剤室を出た途端、二人は屍の魔王軍の兵士に取り囲まれた。
「……面倒な」
金属鎧を纏った
アシルは先ほど肩と太ももに刺さった氷柱を引き抜き、身体から血を流す。
その血は重力に逆らって浮遊し、周囲に勢いよく弾けて飛び散った。
「<
血が付着した
灰も残らずに燃やし尽くす事に成功したが、左右の廊下の突き当たりから後続がどんどんやってくる。
挟まれた現状にヘレナがアシルの衣服の袖を掴んだ。
焦る彼女とは対照的に、アシルは警戒を止めたように身体を弛緩させ、壁に寄り掛かった。
「ど、どうしたんですの? 逃げないと――」
「いや、大丈夫だ」
右から来る
「――<
ノルが従えるアンデッド達の身体能力が上昇する。
アシュトンが造ったエルハイド軍のアンデッド達とノルが造ったアンデッド達、二つの集団がぶつかり合った。
金属が擦れ合う音が鳴り響く。
アンデッド同士で争う光景を目の当たりに目を白黒させるヘレナの手を引いて、アシルはその場から逃れてノルと合流する。
「良かったッ、ノル。エルハイドは……」
「……ん、シャーロットに任せてきた。最大限強化したから、十分くらいは持つと思う」
「流石だッ、ならノルは先にヘレナと地下牢の皆を連れ出して王都から脱出してくれ」
「……アシルは?」
「……俺はアシュトンを始末して、サフィア姫を救出してから行く」
その言葉に、ヘレナが大きく目を見開いた。
「で、殿下は生きていらっしゃるのですか?」
「……問答は後だ。時間がない」
ノルは眠そうな瞳を今だけは一変させ、真剣な表情でアシルを見上げている。
「……だいじょぶ?」
「ああ」
「<
ノルからの激励と強化を受け取り、全能感で身体が満たされる。
「ありがとう、ノル。だがそう心配しなくても、光明は見えているんだ」
アシルは自らのステータスを見つめながら不敵な笑みを浮かべた。
名前 アシル
種族:
Lv47(200305/503860)
中位
Lv35(17800/150400)
体力:A
攻撃:B(吸命剣パンドラ装備時+S)
守備:B
敏捷:B
魔力:C
魔攻:C
魔防:D
<
・
<
・
・
<
・闘気斬
・闘風刃
進化解放条件:レベル50
上位
「――もう少しだ、もう少しで進化できる」
デイドラの配下だった
最上階に行く道中、目についたアンデッドを片っ端から倒していけば。
次なる領域は目前に迫っている。
* * *
王城の最上階。
六つある塔の内、一番高い主塔にアシュトンは転移した。
周囲を歩廊に囲まれた部屋。東西の壁に扉がそれぞれついており、南北の壁には窓が三つずつある。
家具などは置かれていない。王都の景色を一望できる事から、見張り塔などとして使われてきたためだ。
ただ唯一、部屋には人一人が入れる檻が置かれている。
その中には黒き氷で覆われた美しい少女の像があった。
「……聖剣を扱う為にはこの身体では耐えきれんな」
呟きながらアシュトンは自らの影の中に残った左手を入れた。
引きずり出したのはザガンの死体である。
「さあ、無限の再生力を儂に与えるのだ、<
アシュトンは左手をザガンの死体に当てながら
しわくちゃだった肌が瑞々しく生まれ変わり、骨ばった指が太くなる。白い頭髪が生え、瞳は怪しげな魅力溢れる紅色に変化する。
「なんと素晴らしい……
そこに立っていたのは神経質そうな顔立ちの、白髪をオールバックにした美青年だった。
斬りおとされたはずの右手も再生されている。
老人然としたミイラの魔法使いの面影は完全になくなっていた。
見た目の上ではほぼ人族である。
「更に力を得てやる」
再生された右手の親指と中指を使ってパチンと音を鳴らす。
その瞬間、檻の中にある漆黒の氷像に亀裂が入った。
そしてすぐに硬質な音を立ててバラバラに砕けた。
氷から解放され、少女の身体がどさりと硬い石畳に落ちる。
彼女に近づくと、アシュトンの胸元に入っている緋色の宝石が輝きを帯び始めた。その光がアシュトンの身体全体を包み込む。
それを確認した後、舌なめずりをしてから無造作に手を少女の腹部に刺し入れた。
血は流れなかった。まるで異空間に繋がっているような感覚である。
そこからアシュトンは何かを引き抜いた。
光り輝く純白の剣。
圧倒的な聖なるその力にアシュトンの身体は末端からボロボロと崩れ落ちていくが、類まれな再生力によって元に戻っていく。
「――クク、丁度良いところに来た」
そんな折、窓の一つが吹き飛んだ。
ガラスが部屋に散乱し、炎を纏った何者かが侵入してきた。
「……サフィア姫は……無事なんだろうな?」
怒りが込められたその問いを発した人物を見て、アシュトンは笑みを深くする。
禍々しい魔剣を片手に持ち、目元まで伸ばした深紅の髪を持つ青白い肌の美青年。
目付きが悪く、口からは鋭く尖った犬歯を覗かせていた。
容姿の特徴は明らかに吸血鬼のもの。
「……お主も進化を果たしたか。嘆かわしい、一体どれほどのアンデッドを殺したのだ」
「……お前たちは王都の民を数えきれない程殺しただろう。同じ事だ」
「いいや違う。人族など守る価値はないというのに」
二人の立場は同じ。
魔王軍幹部同士の戦いが始まろうとしていた。
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