第29話



 死体から流れ出た血液によって街道は紅く染まっていた。


 かつては馬車が盛んに行き交っていた王都とテルムの街を結ぶ街道。


 王都陥落以前は旅人は勿論、商人や貴族も利用していたが、今は人の往来は皆無となっている。


 辺りにはどこまでも広がっているように思える死臭が漂い。

 規則正しく無数の蹄音が耳に届く。


 竜牙兵スパルトイと肉や皮が一切ついていない闇骸馬ナイトメア・ホース達だけが、この二つの街を行き来する唯一の存在である。


 しかし彼らはもう二度と王都の正門を潜る事はないだろう。


 いくつもの空の荷車を引いて王都を離れていくその一団の前に、一体の屍鬼グールが立ちはだかっていた。


「……オ前、新シク幹部ニナッタ……」


屍鬼グール、何ノ真似ダ……?」


 アシルは無言のまま目を閉じた。


 傍には死体が落ちていた。

 恐らく虐殺したテルムの街の住民達の死体を王都に届ける途中、荷車から滑り落ちたのだろう。


 恐怖に歪んだ表情のまま死を迎えた死体を見つめたアシルは吸命剣パンドラを鞘から引き抜いた。


「ナンノ真似ダ」


「ソレ以上近付クト――」


 寿命を吸い取られる、その感覚をどう形容したら良いかわからない。

 ただアシルは怖いとも嫌だとも思わなかった。

 ただ単に寿命がないアンデッドだからそう思うのかもしれない。


 漆黒の刀身には血管のように枝分かれした赤い管のようなものが張り巡らされている。

 

 その管が怪しげに紅光を放った。


 現状の武器ステータスは+Sを示している。


「――」


 アシルは手始めに近くにいた竜牙兵に対して吸命剣を横凪に振るう。

 斬れ味を確認したかったが、できなかった。


 当たった竜牙兵の上半身が消し飛んだからだ。


 それだけではなく、剣圧で何台もの荷車が吹き飛んだ。

 

 更に上段から振り下ろすと地面に深く亀裂が走る。

 職技能クラス・スキルを使ったわけじゃないのにこの威力。


 身体を失い、無惨に頭だけとなった竜牙兵。その頭蓋骨を踏み割る。


「……何ガ目的ダ」


 しかし、同族が目の前で砕け散っても竜牙兵達は動揺一つしなかった。


 彼らは背に背負った長剣を抜き放ち、一糸乱れぬ連携で斬りかかってくる。


 アシルは彼らと斬り結びながらも余裕があった。

 竜牙兵は闇骸人ハイ・スケルトンの進化先の一つであり、一体一体が地下牢の門番をしていた屍鬼グールと同程度だったが、


「レベルアップしたのもあるが、武器の差が激しいな」


 十体近い数に囲まれても、独り言を呟く余裕があるくらいには圧倒的だった。


 ほとんどアシルは力を入れずに戦っている。

 だが、それでも吸命剣と一度でも刃が交わった剣は刀身に罅が入ってしまう。


 二合目ともなると完全に相手の剣が折れる。


 ただ敵は竜牙兵達だけにとどまらない。


 背後から蹄音が聞こえて振り返る。


 死角に回り込んだ闇骸馬ナイトメア・ホース達がアシルに向かって前足を大きくあげて飛びかかってきた。


 アシルは今度は力を入れて一閃した。


 その瞬間、雷が落ちたような轟音と共に骨片すら残さず消滅してしまった。


 剣というより兵器と言った方が正しい威力だった。


 寿命という重い代償を取られるのも納得かもしれない。


 ただ闇骸馬ナイトメア・ホースに意識をさいた結果、竜牙兵スパルトイの一刀をまともに受けてしまった。


「……」


 自らの身体から噴き出た血をアシルは無感情に眺める。


 血の量から見て重症と言える状態だった。


 ただ不気味なことに、その血は意思を持っているように竜牙兵達の身体を追尾しながら付着していく。


「終ワリダ」


「トドメヲ刺シタ者ガ次ノ幹部ダ――」


「<血炎化ブラッド・フレイム>」


 勝ちを確信した竜牙兵達の身体から真紅の炎が立ち昇った。


 それでも尚立ち向かってくるが、アシルの元に近づく前に身体の端から炭化して崩れ落ちていく。


 屍鬼人アドバンス・グールに進化して新しく得た魔物技能モンスタースキル


 それは血液を操作し、相手に付着させると発火する魔法のような力だった。


 辺りが焼け野原になり、動く者がいなくなったのを見て、アシルは鞘に吸命剣を戻した。


 格上にも通用する剣だった。


 それから新しく得た力も血を流さなければ使えないが、十分に強力で有用だった。

 

 アシルは存在力が身体に入ってくるのを確認してから踵を返す。


 王城に戻るため来た道を引き返す事にした。

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