第26話



 エルシュタイン王国の王都を支配するエルハイド軍でのザガンの役割。


 それは定期的に人族の動向をエルハイドに報告する事にある。

 ザガンの固有技能オリジン・スキル、それは眷属である吸血蝙蝠ブラッド・バットと視界を共有できる能力だった。


 無数の吸血蝙蝠を各街に派遣し、人族がどういった動きをとるのか先に知れるのは戦争を優位に運ぶ。


 しかし今回の定例報告の場に、ザガンは姿を現さなかった。


 ザガンは元々、エルハイドとは別の屍霊四将の一体、ヴラドという貴種の吸血鬼ヴァンパイアの配下だ。


 とは言え、エルハイドにも従順に従っていた。

 屍の魔王の次に強者であるエルハイドに従わない事は死を意味するから当然だが。


『……何かあったのか』


 玉座に座ったままエルハイドは傍に控えていた闇骸人ハイ・スケルトン達に命令を下す。


『ザガンを連れてこい』


「……カシコマリマシタ」


 玉座の間を出ていく二体の漆黒の骸骨兵を見送った数分後。

 帰ってきた彼らが連れてきたのはザガンの死体だった。


 エルハイドは玉座から立ち上がり、運ばれてきた死体を見下ろす。


『……どういう事だ』


 心臓の位置に穴が空いている。周りの皮膚は溶けていた。


 吸血鬼の再生力はアンデッド屈指ではあるが、銀には滅法弱い事を思い出す。


『銀製の武器か。城に残っている全幹部にこの事を通達。まずザガンがいた部屋を調べさせた上で、この場に報告に来るようにと』


 エルハイドの身体から、漆黒の瘴気が漏れ出ていく。






*  *  *  *





 エルハイドはあらゆる可能性を想定していた。


 地位を狙ったのか、ザガンの配下だった二体の屍鬼グールが殺った可能性。

 他の幹部に殺された可能性。


 そして、人族に殺された可能性。


『――何か分かったのだろうな』


 玉座という高みから、揃った二体と一人の幹部たちを見下ろす。


 デイドラとベレンジャール以外の幹部は、アシュトンと新しく幹部の座についた屍鬼人アドバンス・グールの二体だけになってしまった。


 あとは同格であるぶかぶかのローブを引きずりながらやってきた銀髪の幼女、ノルが相変わらず眠そうな瞳でぼーっとした表情を浮かべながら立っている。


 最初に口を開いたのは屍鬼人アドバンス・グールだった。


「……地下牢に閉じ込めていたザガンのお気に入りの娘がいなくなっていました」


『……何?』


「部屋にはザガンの血以外は見つかりませんでした。血を吸った形跡がありません。当然、俺も食いたいとは常々思っておりましたが、行動に移した事はありません」


 エルハイドは肘置きに力いっぱい拳を振り下ろす。


『……人間如きに殺された、そう言うのか?』


「吸血する際、油断したところを突かれた可能性はあるかと」


『……アシュトン、お前はどう思う?』


「ノルには意見聞かないの?」


『お前は大丈夫だ』


 しゅんと落ち込むノルはいじけたのか唇を尖らせる。


 それを無視して、エルハイドの注意は不死人リッチに向く。


「……手枷と首輪の残骸が室内に落ちておりました。恐らくはザガンを運良く殺した後、存在力を一気に吸収して大幅にレベルアップを果たしたのでしょうな。そして、窓を割って外へ逃げた」


『……何という事だ。戦争を前にして自らの餌に殺されるなど――』


「もしくは、人間の犯行に見せかける為に誰かが偽装した可能性もあるかと」


『何だと……?』


「何故地下牢に閉じ込められていた人族が銀製の武器を持っていたのか。そこを忘れてはなりません。手助けした者は……もしかしたらこの中にいるやも」


『……』


 そんな折、ノルがぽつりと口を開いた。


「戦争を控えてる中、内輪揉めは良くない。偶々アンデッドに効く固有技能オリジン・スキルを持っていた可能性だってあるし、ザガンに連れまわされている途中、隙をついて回収したとかも考えられる」


「……勿論、その通りですな。儂はあらゆる可能性を考慮しているまでです」


 次に屍鬼人アドバンス・グールが口を開いた。


「いずれにしても、その少女を捕まえて吐かせればいいかと。その役目は是非俺に任せていただきたい」


 裂けた口で弧を描くその様子に、


「食べる気満々」


 ノルが呆れた様子で屍鬼人アドバンス・グールを横目に見る。


 エルハイドは、


『……捜索はデイドラに任せる。二つの街で殺戮を終え次第、戻ってくる手筈だからな。全く人族風情が……幹部を殺して、おめおめ逃げられると思うなよ』


 言葉に端々から怒りの感情が読み取れるエルハイドの決定に、口を挟む者はいなかった。

 会議は終わりを告げて、各々の業務に幹部たちは戻っていく。

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