第9話



 エルシュタイン王国の象徴であった美しき白亜の城。


 しかし今では魔王軍の大幹部、屍霊四将の一人であるエルハイドが居城と化している。

 門番は金属製の鎧を纏う黒き骨人スケルトン闇骸人ハイ・スケルトンである。

 城の尖塔付近を縦横無尽に飛び回るは吸血鬼の眷属、吸血蝙蝠ブラッド・バット


 入城してすぐに広がっているエントランス。

 その場には凄惨な血の痕が残っており、虐殺が行われたのが良く分かる。


 ただし既に死体はない。その死体は魔王軍強化の為に使われている事をゼノンは知っていた。


 玉座の間に繋がる大回廊。鋼鉄の門をくぐった先はかつて彼が聖騎士に任命された場所だ。


 同時に、優秀な弟フレンは勇者の称号と共に【王国四英傑】に指名された場所。


 嫌でも比較された、比較され続けた。

 拳を強く握りしめ、開かれた扉を今度は異形の姿となってくぐる。


 階段を登った先にいるはずの、威厳深き国王が座っていた玉座には漆黒の甲冑を纏う首なし黒騎士デュラハンが座っている。


 首から先がないが、その肉体は筋骨隆々としており、周囲には城から噴き出ているものと同じ黒い靄が漂っていた。


 彼を頂点に、玉座の間に集まった五体のアンデッドが幹部である。既にゼノン以外、全員集まっていた。


 青白い肌の貴族服を着た金髪で目付きの悪い下位吸血鬼レッサーヴァンパイア


 三メートル以上にも及ぶ巨体を誇る漆黒の骸骨、骸巨人ジャイアント・スケルトン


 漆黒のローブを着て、深紅の宝石のペンダントを首にかけた骨に皮が張り付いたミイラの魔法使い、不死人リッチ


 そして鋭い突起が身体の各所から伸び、眼窩には青い炎が灯っている骸骨騎士、竜牙兵スパルトイ


 そして最後に屍鬼グールであるゼノンが膝をつく。

 これが屍霊四将が一体、【首なし黒騎士デュラハンエルハイド】軍の幹部たち。


 エルシュタインの王都を一日で壊滅させた恐るべきアンデッドたちだ。


「……幹部一同揃いました、エルハイド様」


 下位吸血鬼レッサーヴァンパイアの青年が口を開く。


『ああ。では幹部会議を始めよう』


 顔もないエルハイドの声音はその禍々しい見た目に反して凛々しいものだった。

 号令に伴って幹部たちは揃って頭を下げる。


 倣うのは嫌だったが、エルハイドに勝てない以上ゼノンも頭を垂れた。


『まずは王都周辺の村や街の掃討、ご苦労だった。ベレンジャール、デイドラ』


「有リ難キオ言葉」


「……はい」


 べレンジャールと呼ばれたのは骸巨人ジャイアント・スケルトンだ。


 対して、デイドラと呼ばれたのは背中に交差した双剣を背負う竜牙兵スパルトイである。


『我々が中枢を落とした影響は大きい。周辺の領主共は領民を置いて我先にと勇者がいるアストリア侯爵領に避難しているそうだな?』


「……その通りでございます、エルハイド様。我が剣に立ち向かう貴族など一人もおりませんでした。武人の風上にもおけないゴミ共ばかりです。しかしおかげで西にあるソドの街と北のテルムの街は簡単に制圧できました」


 竜牙兵スパルトイのデイドラが逃げ出した貴族を心底嫌悪するように告げた。

 次にエルハイドは骸巨人ジャイアント・スケルトンのベレンジャールに質問をする。


『……ベレンジャール。お前にはアストリア侯爵領と王都を繋ぐ城塞都市カルランを攻めさせていたが、状況はどうだ?』


「……城塞都市ヲ治メルノハ聖騎士団長アリーチェノ実ノ父。元聖騎士団長ダケアッテ、手強イ相手デス」


『……お前だけでは攻め落とせないか』


「……時間ヲカケレバイズレ兵糧攻メデ攻略デキルデショウ」


 残念ながら、エルハイドはあまり時間をかけたくないらしい。


『武力ではどうだ?」


「……難シイカト。誠ニ申シ訳アリマセン」


『良い。できない事をできると言う馬鹿のほうが問題だ』


 エルハイドは言葉を切り、


『ではゼノン。お前が助力して城塞都市カルランを攻め落としてきてくれ。元上官の父を殺すことになるが、できるかな?』


「……愚問です。エルハイド様、俺は既に魔王様に忠誠を誓う身。人を殺すことはむしろ望むところです」


 身も心も屍鬼グールに染まったゼノンはそう呟いて牙を剥き出しにする。本心からの言葉だった。


 ゼノンは魔物になった自分が、上位職能クラスを持つ人族より弱くなったとは思っていない。

 

 ただ圧倒的に強いとも思わない。実戦を経るのはいずれ勇者を殺すうえで必要なことだった。


 (あの女アリーチェの父親なら存在力も相当ありそうだ。殺せば下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイアに進化できるだろう)


 二つの街の管理をしているデイドラ。そして城塞都市に赴くベレンジャールと自分。幹部が三人も王都を出るのは全面戦争の兆しがあるからだろう。


(城塞都市を攻め落とせば、アストリア侯爵が治めるソリウスの街と王都の中継地がなくなる。行軍距離が延びればそれだけこちら側が有利になるからな)


 だから時間をかけて兵糧攻めをしている場合ではないのだ。一刻も早く落としたいからこそゼノンの派遣に至ったわけである。


『次にザガン。眷属を使ってのアストリア公爵領の偵察、ご苦労だった。おかげで勇者たちの動きが良く分かった』


「……はっ。臣下として当然の働きをこなしたまでです」


 下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイアの青年が恭しく礼をする。


『皆にも情報を共有しよう。偵察の結果、ソリウスの街は今、隣国である帝国から大量に武器と物資を輸入している。近いうちに間違いなくこの王都との奪還に動くだろう。聖剣が封じられているとは言え、勇者という存在を侮る事はできない。その理由は先の戦いで魔王軍最高幹部である屍霊四将が二体も討たれた事から明白だ』


 先の戦いとは、王都陥落をエルハイド軍が成している間に王国軍の主力を引き付けていた二体の屍霊四将の話だ。


 二体の屍霊四将に率いられた屍の魔王軍は勇者たちを誘き寄せる陽動として、アストリア侯爵と呼ばれる王国に四家しかない大貴族が治める街に侵攻した。


 そこには今後の同盟関係をより強固にするために帝国の皇子自らが特使となって訪問していた。


 魔王軍の主力から侯爵領と皇子を守るには王国軍の主力を動かす必要があったわけだ。


 そして、王都全域には建国から数百年以上に渡って決して破られた事がない魔を阻む結界が張ってあった。  

 だからこそ主力を援軍として躊躇なく送ることができたし、王都が陥落する事はあり得ないと誰もが考えていた。


(……しかし俺が結界を維持してるホワイトヴェール家の者達を皆殺しにして、エルハイド軍を手引きした事でこうなったわけだ)


 あの時、死んでいく国民たちの姿を見て、ようやくゼノンの心は満たされた。


 王都民の大量虐殺。

 その報を聞いて、あの心優しい弟は心底絶望しただろうから。


『……屍霊四将はそれぞれ勇者と聖騎士団長、そして賢者や大戦士の手で討たれた。【王国四英傑】は誰一人欠けていない。決して油断はしないように。敵は私の命をも奪い取れる実力者たちだ』


 エルハイドは相当勇者フレンとその仲間たちを警戒しているようだ。ゼノンからしたらその姿勢は気にいらない。


 目の前の首なし黒騎士デュラハンは恐れているのだ。同格が勇者に殺されたことで。


 アンデッドが死を恐れるなど、ゼノンは情けないものだと内心では指揮官をあざ笑っていた。

 いずれその席は自分の物にするという決意を胸に秘める。


「……エルハイド様。ですがこの王都まで今すぐ軍を進めてくる事はありません。愚かな人族はどうやら指揮官の選出に手間取っている様子でした。指揮官をどうするのか、どの貴族が務めるのか。そこで揉めているようです」


 王族の血が絶えた今、誰が王国軍の最高指導者となるのか。


 勇者に任せるのは貴族からしたら受け入れられない。ただでさえ国民人気が集約されているのだ。


 権力を持たせる事だけは他貴族からしたら認められない。


 勇者は理想家なのだ。下手したら貴族制度を撤廃するとでも言いかねない。

 

 恐らくは四つしかない侯爵家のうちの誰かになるのだろうが、逆に四家もあっては揉めるに違いない。


『全面戦争に入る前にカルランは攻め落とせそうだな』


 ひじ掛けに手を置いたエルハイドが満足げに呟く。

 身体の周囲に漂う黒い靄が僅かに薄くなった。


「……どうでしょうか、この元人間が力を貸したところで大した戦力にはなれないでしょう」


「お前が行くよりはマシだ、蝙蝠野郎が。知っているぞ、討たれた屍霊四将二体のうち、一体はお前の主だったらしいじゃないか。血を与えてもらった吸血鬼ヴァンパイアを見捨ててここまで逃げてきたお前は負け犬以外の何者でもねえ」


「黙れ! 私は託されたのだ、情報をエルハイド様に知らせるようにとな。それに我が主は不滅だ。たかが人族に負けるはずがないだろう、あいつ等はすぐ内部から崩壊するはずだッ」


「不滅だぁ? 何を意味わかんねえ事を。心臓を銀の武器で貫けば吸血鬼だって死ぬんだろ?」


「貴様の頭では理解できんのだ、低脳だからな」


「――そこまでじゃ。エルハイド様の御前じゃぞ」


 下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイア屍鬼グールの睨み合いを諫めたのは不死人リッチの老人である。


 二人の言い争いはいつもの事なので、エルハイドは取り合わずに次の話題へと移る。

 だが、心なしか薄らいだ黒い靄が再び濃くなって玉座の間に漂い始めた。


『……最後にアシュトン。お前には朗報だ』


「……ふむ? 何ですかな、我が主よ」


 不死人リッチであるアシュトンは訝しげに首を捻る。


『お前に任せていた王都民すべての死体のアンデッド化。今のペースでは到底間に合わないだろう?』


「……申し訳ございません、エルハイド様。力不足を嘆くばかりです」


『何も責めているわけではない。これを代わりにやってくれる者が来たという話だ』


「……何と。それはまさか――」


 アシュトンが大きく目を見開く。

 彼は喜びに勇んでいるが、下位吸血鬼のザガンは口をへの字に曲げて不服そうにした。


『私と同格の屍霊四将。最後の生き残り、【屍の魔王軍】唯一の人間が到着したようだ』


 


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