アンデッド転生〜悲運の死を遂げた王国の兵士は進化を重ねて最強に至る
城之内
聖剣姫救出編
プロローグ
醜い亡者の群れが美しい都を、そこに住む民たちを蹂躙していた。
エルシュタイン王国。
四大国に数えられる大陸でも有数の国力を誇る国家。
しかしその王都は今、例外なく人類の脅威である七柱存在する魔王の一角、【屍の魔王】による軍勢によって未曽有の危機に瀕していた。
人で溢れていた王都が、美しかった故郷が、蹂躙されている。
正門から雪崩れ込む亡者の群れ。
逃げ遅れた幼い子供は剣を握った骸骨兵、スケルトンに背中を斬られ、倒れたところを複数のゾンビに噛まれて、生きたまま食われた。
逃げ惑う民衆の中から、その幼女の父親らしき男が奇声を上げながらアンデッドに向かっていく。
しかし亡者の群れを率いる禍々しいローブを羽織った骸骨の魔法使いから放たれた炎の球が直撃し、一瞬で蒸発した。
骨すら残らなかった。
城壁の上から見下ろした王都はもはや阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
現実だと思えなかった。数分前までいつも通りに過ごしていたのだ。
これは夢だ。
夢でなければならない。
何故こんな事が起きているのか分からない。
「――い、おい! しっかり、しっかりしろ! アシルッ」
聞き覚えのある声の持ち主が王国軍兵士、アシルの肩を揺さぶった。
我に返って見つめると、そこには共に王国軍に入隊した同期にして親友のロイがいる。
「今、王都には勇者様と聖騎士団がいねえ。俺たち王国兵が踏ん張るしかねえんだぞ! 呆けている場合じゃねえッ」
「……わ、悪い。あまりの光景に圧倒された……」
アシルは一度自分の両頬を勢いよく叩き、ロイと視線を交わす。
「しかしいったい、どうしてこうなった。結界は……結界が何故機能して――」
「そんなことは今は良いんだよ! 原因なんざ学者に任せろッ、俺が時間を稼ぐ。皆と共に時間を稼ぐから! だからお前には王族の方々の避難を頼むッ、誰か一人でも生き延びれば、エルシュタイン王国は滅びないッ!」
「……そ、そうだ、姫様はっ」
「まだ無事だ! お前の愛しの姫様を救ってこい! 俺たちが城には一歩も入れさせないから!」
ハッと気付いたアシルの視界が急激に広がる。
城壁の上には、各々覚悟を決めた顔付きの王国兵が大勢集まっていた。
「早く行けよッ、ぼさっとしてんな!」
「……わかったっ」
走り出した。
無我夢中で走り出した。
無意識にペンダントの宝石を握りしめる。
大砲の音が、兵士たちの怒号が、耳に入ってくる。
彼らにも家族がいる。それでも今は家族ではなく、国を優先している。
魂が痺れるような激情が沸き上がった。
振り向かずにアシルは城門を超え、もはや門兵すらいなくなった城の中に駆け込む。
「姫殿下はっ、陛下はどこに⁉」
「玉座の間にいらっしゃいます、副兵士長」
城のエントランスには大勢の使用人達が残っていた。一歩進み出た侍女長がまるで待っていたようにアシルを出迎える。
彼らは先ほどの兵士たちと同じ気配を纏わせていた。
「……何でゆっくりしてるッ、逃げないのか? 死ぬつもりなのか?」
「はい。我らは陛下と運命を共にします」
「……そ、んな……何で⁉」
「陛下は民と運命を共にしたいと。そして、娘が逃げる時間を稼ぎたいと仰せになっております」
「……姫殿下を……」
玉座の間に急ぐ。
そんな折、凄まじいまでの轟音が鳴り響いた。
まるで城壁が崩れるような、そんな音。
アンデッドの怨嗟の声が明確に近付いてくる。
アシルは振り返らなかった。
無理やり足を動かした。
「――来たか、副兵士長」
玉座の間には大勢の使用人を含む、王国を支える宰相や大臣などの文官たちが集まっていた。
玉座に完全武装の姿で座るのは豊かな顎髭を蓄えた国王と、その傍に王妃と一人娘である姫君の姿がある。
桜色の髪を背中まで伸ばした可愛らしい姫君。ドレスの裾を破り捨て、逃げやすくしている。
今は目元を赤く腫らしながら俯いていた。
「もはや一刻の猶予もない。勇者も聖騎士たちもいない今、お主が王国最強だ。お主に娘を頼みたい」
立ち上がった国王が姫の背を押した。
「……王族だけが知る秘密の地下通路がある。そこから王都の外へ抜け出せる、場所はサフィアが知っておる。任せたぞ」
一方的に告げて、国王は立ち上がった。
問答は不要と、そう顔に書いてある。
どう考えても決定を覆せそうにない。
ここにいる皆で、肉壁となるつもりだ。
何故アシルが姫の護衛に割り振られたのか。躊躇半端に強いからだ。
勇者のように国を守れるほどの力はないし、聖騎士のように民や仲間を救うことはできない。
副兵士長として、仲間たちと共にアシルもこの場で死ぬべきなのかもしれない。
だが、サフィア姫が死ぬことだけはあってはならない。
エルシュタイン王家は聖光神から魔王を討つために必要な【聖剣】を与えられた一族だ。彼らに流れる血に、聖剣は封印されている。
正しくは、当代の姫君の血に。
「――絶対に、守り抜いてみせます」
返事をしながらアシルは駆け出していた。
玉座の間にいるサフィア姫の手を握って広間から出る。
今は無礼だとか、そんなことを指摘する人間は誰一人としていなかった。
それどころか、
「王国の太陽を頼んだぞ!」
「王都を出たらとにかく西へ! 勇者殿がいるソリウスの街まで必ず送り届けるのだ!」
激励の言葉を口々にかけられた。
大勢の人々に見送られて、アシルは姫と二人で走った。
「……アシル、書庫に向かって」
いつも天真爛漫な姫の表情は、今は悲痛に染まっている。唇を痛いほど噛みしめながら、赤く腫らした目を腕でごしごしと擦ったサフィア姫にアシルは頷いた。
「……分かりました」
朝起きたときは、もう二度と両親である国王と王妃、城の皆に会えないなどとは夢にも思わなかったに違いない。
この数分で気持ちを整理しろという方が無理だ。
だが酷く憔悴している姫の姿を横目で見ながら、少しでも心痛を和らげようとアシルは重い口を動かした。
「大丈夫です、姫殿下。必ず貴方だけは命に代えても勇者様の元へお届けいたします」
その瞬間、サフィア姫は握っていたアシルの手を強く掴んで首を振った。
「だめ、アシルッ! 命に代えてもとか、そんなこと、言わないで……ちゃんと生きて、生きて私と一緒に……」
尻すぼんでいく声。
今この瞬間に消えてなくなりそうな、そんな儚げな雰囲気に当てられてアシルは思い出した。
まだ彼女は二十歳にもなっていないのだ。親しい者たちを覚悟もなく一遍に無くすのは、この上なく心細いに決まっている。
アシル自身、自分は死んでもいいと考えていた。むしろ、死ぬことで安堵できる。地獄から解放されるのだから。
だが、それは逃げだ。
姫は死という逃げは許されない。魔王討伐の鍵となる聖剣を、流れる血に宿しているのだから。
「……申し訳ありません、貴方をお守りして、必ず一緒に勇者様の元へ」
そう約束する。
前を向きながら、足は止めない。
真紅の絨毯が敷かれた回廊を駆けながら、二人は書庫に繋がる扉を開け放った。
「……殿下、何か仕掛けが?」
「うん、ちょっと待ってて」
アシルの手を離してサフィア姫が歩き出した瞬間、城内から数多くの悲鳴が聞こえ
た。
同時に城が大きく横に揺れて、書庫にある隙間なく並べられた本棚から多くの本が宙に飛び出した。
アシルは即座にサフィア姫に覆いかぶさる形で守りながら、
「……時間がありませんっ、早く」
「……わ、分かった、ありがと、守ってくれてッ」
こんな時でも感謝を忘れない姫の姿に敬意を抱きながらアシルは扉に近づき、耳を寄せる。
まだ足音などは近くから聞こえない。
だが、悲鳴は絶えず聞こえてきて、玉座の間が血に染まっていることは確実だった。
サフィア姫は書庫にある壁に立てかけられた一枚の絵画の前で足を止めた。その額縁の裏に姫が手を置く。
見る限りでは何の変哲も見受けられなかったが、彼女が壁を手で押すとそこだけ凹み、辺りに機械音が響いた。
書庫の一角にある本棚が一人出に前に動き、元あった場所に地下通路が現れる。
「……これが王都の外へ繋がる地下通路、ですか」
「……うん、行こ、アシル」
再びどちらからともなく手を繋いだ。
しばらくしたら通路は閉じられるらしいので、二人は後ろを振り向くことなく先を急ぐ。
石畳の通路の両脇には一定間隔で松明が置かれている。傍を通ると近くの松明に魔法の力で炎が灯り、光源の心配はない。
時折通路が揺れ、土埃が天井から降る。しかしそれだけだ。
王都がどうなったか、城内がどうなったか。誰かの悲鳴も、アンデッドの怨嗟の声ももう届かない。
「……こ、こうして手を繋いで歩くのは……子供の時以来だね」
痛々しい、泣き笑いのような表情でサフィア姫が話を始めた。
「……はい」
「アシル、まだそれ持ってたんだ」
サフィア姫がペンダントの宝石を指差した。
「……勿論です」
実はサフィア姫とアシルは幼馴染の間柄だった。
平民の彼と王女であるサフィア姫との出会いは十年ほど前に遡る。
王国建国祭。
一年に一度の華やかな祭りに、子供だったアシルは舞い上がりながら街に遊びに行き、大広場の前で一人の少女とぶつかった。
「祭りの時さ、偶々ぶつかった子が王女だなんて思わなかったでしょ?」
「……後で知った時は目玉が飛び出るかという程に驚きました」
「……城を抜け出してさ、普通の町娘みたいに楽しみたかったの。あれは一生に一回だけだったけど、大切な思い出」
二人で手を繋いで、祭りを楽しんだ。
また会う約束をして、ペンダントを渡された。
サフィア姫の胸元には、アシルと色違いの青い宝石のペンダントが輝いている。
「……あの時の男の子だってすぐ分かったよ。兵士になったんだって。いつか出世してさ、勇者様になるかもって思ってた」
「……目指してはいました。でも、所詮俺は凡人で、無理だった。才能がなかった。もっと強くなりたかった。物語の英雄のように。強かったら、俺は貴方を……国を……」
サフィア姫の瞳に涙が溢れ、アシルの背を優しく撫でた。
「……アシルは英雄だよ、昔も今も。右も左も分からない王都の街を案内してくれたじゃん……今も側にいて守ってくれてるの勇者様でも聖騎士でもなくアシルじゃん……」
アシルはその言葉に目頭が熱くなる思いだった。
英雄になりたかった。
圧倒的な力とカリスマで皆を守る英雄に。
男の子なら誰だって憧れる。だが歳を経て、現実を直視して夢を捨てる。捨ててしまう。
そんな夢を未だ捨てられずにいた凡人、それがアシルだ。
「……その言葉だけで、俺はこれからの人生何があっても生きていけます」
「……一緒に生き抜いて……そして、絶対に【屍の魔王】を倒す――」
アシルは言葉の途中、サフィア姫の腕を力強く握って前に出た。
カツン、カツンと石畳の空間を反響させながら、誰かが歩いている足音が聞こえたからだ。
王族しか知らないこの地下通路を。
二人は顔を見合わせた。
アシルが鞘から長剣を引き抜く。
戻ることはできない。幸い、足音は一つ。
背後に庇うサフィア姫の呼吸が乱れた。アシルも背中に冷たい汗が流れ、心臓の音が早鐘を打つ。
「――迎えに来たぜ、姫様」
その軽快な声音は聞き覚えがあった。
松明の炎に照らされて、人影の全貌が明らかになる。
白銀の鎧の上に純白のマントを着た青年だった。
目付きは多少悪いが、その金髪の髪と整った容姿は現勇者を思い起こさせる。
レイフォース侯爵家の長男にして、勇者フレンの兄であるゼノン・レイフォースだ。
「……せ、聖騎士である貴方が何故……」
「その前にだ。平民風情が。誰に向けて剣を向けてんだ。おろせよ」
「あ、申し訳ありません、ゼノン様」
アシルは長剣を鞘に仕舞い、頭を下げた。
聖騎士団はアシルが所属する王国師兵団よりも上位の組織だ。国でもトップの猛者たちのみが入れるエリート部隊の一員である。
しかも勇者の実の兄なのだから、聖騎士の中でもトップクラスの使い手だ。もしかしたら信頼が置ける一部の者に対してだけ、国王が有事の際に向けてこの地下通路の存在を明かしていたのではないか。
「サフィア姫、本当にご無事で良かった。やはりここで待っていて正解だったぜ」
「……」
しかし、真っ当な味方であるはずの彼を前にして、サフィア姫はひどく顔を青褪めさせていた。
握っている手を通して、姫の身体が震えていることが分かる。
「……どうしま――」
その態度に疑問を抱き、尋ねようとした瞬間だった。
「これで魔王様への忠誠を示せるってわけだ」
「……?」
アシルの思考は止まった。理解することを拒否した。
それは致命的な隙になる。
ゼノンが無造作に長剣を抜き、アシルの心臓へ突き立てた。
「お前は邪魔」
ぐさりと、衝撃が身体を走る。
「……ア、アシル? あ、いや、そんな……嘘……」
アシルは呆然としていた。味方のはずだった、歯を剝き出しにして歪んだ笑みを浮かべる聖騎士を前にして。
アシルの身体から力が抜けていく。
ごぼりと血の塊を吐き出しながら、アシルは隣にいるサフィア姫の絶望しきった表情を見た。
身体の感覚は末端から消えうせ、冷たくなっていく。そんな感覚に反して、心臓の辺りに灼熱に当てられたような激痛が走った。
絶え間なく、姫君の甲高い悲鳴が脳内に響く。
膝から崩れ落ちたアシルは、朧げな視界の中でゼノンが強引に嫌がるサフィア姫の手を握り、引きずっていくのが見えた。
やめろ。
その声はもう、声にならない。届かない。
身体はぴくりとも動かせない。
血だまりが広がっていく。
(……ゼノンッ、何で勇者の兄が魔王に……クソ、クソッ!……ああ、姫様。約束を何一つ果たせなかった俺を……どうか、許して……)
渦巻く憎悪と自分の無力さを呪いながら、副兵士長アシルは死んだ。
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