第1話
死は酷く冷たいものだった。
バラバラになりそうな何かを、アシルは必死にかき集めた。
希薄になっていく意識は、その何かを集めることで何とか保つことができた。
姫の泣き顔を何度も思い出した。彼女を連れていく、人間の姿が影になって現れる。
(――こんなところでは終われない……約束を果たすんだッ、終われない、絶対に!)
何度も何度も希薄になりそうな意識を繋ぎ止めるために自身を叱咤した。
やがて、何かを拾う必要もなくなった。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、その何かはもう砕けることはなかった。
アシルの意識は覚醒した。
(……ここは……どこだ? 俺は生かされたのか? 姫様は……王都は、王国は……)
首を振り、辺りを見渡すとアシルはそこが王都の正門近くであることを瞬時に悟った。
元々王国師兵団は王都の警備と治安維持も任されている組織なのだ。何度も見回りをしたその都市の景観が例え変わり果てようと見間違うはずがない。
単刀直入に言うと、生きている者は誰もいなかった。
逆に人ならざる者たちが蔓延っている。
王都を壊滅させたアンデッド、骸骨の兵士スケルトンや腐肉だらけの動く死体、ゾンビが徘徊している。
「……ウ、アアォ……」
醜い呻き声を上げ、亡者がアシルの前を素通りした。
至る所でレンガ造りの家々が崩れ落ち、廃墟と化している。地面に、建物に、真新しい血が付着していた。
王都スカイデア。
華やかだった都は一日にして、魔王軍の奇襲を受け、完全に滅ぼされてしまったのだ。
(……一体……どれだけの人間が……)
犠牲になってしまったのか。
忸怩たる思いでそう言葉を続けようとして、喋れないことに気付いた。代わりにカタカタと奇妙な音が鳴る。
そこで、ようやく街だけでなく自分に起きた大きな変化を認識した。そもそも心臓を貫かれて生きていること自体おかしいと気付くべきだった。
見下ろした自分の腕は異形そのものである。
スカスカの骨の肉体。
肉が一切ついておらず、白骨化しているがどういうわけか自由に動く。
(……アンデッドになってしまったのか……)
アンデッドという魔物は誕生過程は二つある。
一つは生前の未練、負の感情が強い程、死した時アンデットに変異するというもの。
二つ目はより上位のアンデッドの力で蘇生され、ゾンビやスケルトンとして疑似的に蘇ること。
それは世界の常識だったが、おかしいのはどちらの過程でもアンデッドになった者は記憶も人格も失うということだ。
反してアシルは多少感情が動かされなくなった気がするものの、記憶も鮮明に思い出せるし、勿論こうして今まで通り考えることができている。
この現象については首を捻るばかりだが、とんでもなく幸運なのは確かだ。
(……王都を滅ぼした亡者になったのは複雑だが、人格を失わない限り俺は人として戦える……ゼノン、彼だけは絶対に許さないッ)
死の間際、地下通路で起きた出来事は鮮明に思い出せる。瞳から光が消えたサフィア姫の絶望に沈む表情と共に。
自分の身を犠牲にしてまで王国に尽くす者がいる一方で、彼はどんな理由にせよ国も家族も投げ捨て、魔王軍に魂を捧げた。
亡くなった同僚達、そして大勢の国民。王族と彼らと共に死んでいった文官や使用人。
その他すべての犠牲をゼノンは無為にした。
自分を殺されたことよりも、アシルは彼らの想いを無駄にしたその行いに怒りを抱いた。
強くならなければいけない。犠牲になった全ての人々の為にも。
アシルは傍にある道端に転がっていた木製の酒樽に突き刺さっていた剣を抜き取る。
その剣身に映し出された自らの姿は、街を徘徊している骸骨と全く同じ姿形だ。
全身骨人間。
スケルトンは最弱のアンデッドである。
(例え最弱でも……魔物は進化する。存在力を他者から吸収し、レベルを上げればより上位の魔物に)
街の中心に聳え立つ大きな城、エルシュタイン王国の象徴である王城には黒い靄がかかっている。
外見的な禍々しさだけではなく、何となく見ているだけで心臓が――いや、魂が凍りつくような根源的な恐怖を感じる。
あそこに、王都を滅ぼしたアンデッドの群れを率いる存在がいる。
何度進化すればいいか分からないが、標的はゼノンだけではない。
あの城に住む魔物を倒さなければ王都開放はなせない。
(……姫様……せめて俺は……今度は戦って死にます)
存在力を吸収するためには魔物を殺すのが一番だ。
幸い相手には困らない。
骨の指で剣を握り、背後を振り向く。
手近な場所にスケルトンがいる。
今は同族であるその存在に、アシルは恨みの一端を晴らすように斬りかかった。
スケルトンは不意の攻撃に反応することもできなかった。長剣が骸骨の頭をかち割った。斬るというよりも砕くという表現が正しい一撃である。
スケルトンの空洞の眼窩に灯っていた紅い光が消える。衝撃で骨の各部が散らばり、ぴくりとも動かない。
完全な屍に戻ったスケルトンの身体から光の粒子が飛び出て、それはアシルの身体に吸い込まれるようにして消えた。
(……よし、問題なく存在力を吸収できた)
身体に満ちていく力。骨の身体に、見えない筋肉が付いたような感覚。
久しく忘れていた現象。
レベルアップ。
人も魔物もこの世界では例外なく魂の詳細な情報、ステータスをもって生まれる。
次に行うのは、そのレベルアップしたステータスを確認することだ。
人だった頃、アシルは自他問わずこのステータスを覗く事ができた。
今もそれが可能かどうか、確かめてみる。
自分の内側に意識を向けて、内心で呟いた。
(<
名前 アシル
種族:
Lv2(2/15)
Lv0(0/0)
体力:H
攻撃:G(装備+5)
守備:G
敏捷:G
魔力:H
魔攻:H
魔防:H
<
・
進化解放条件:レベル10
その文字列は人だった頃とはかけ離れている。種族から始まり、各々のステータス値も生前より弱体化していた。
しかし無事生きていた時から重宝していた
それは紛れもない朗報だ。
例外はなく、それを持っているのは世界で一人だけの力。
アシルの場合はステータスを調べたりできる能力である。この<
だが英雄に憧れていたアシルは、戦闘系ではなくともこの
その結果が副兵士長という肩書である。
(それはともかく……やはり進化できることは確定した。ささやかな光明が見えたというもの)
欄の一番下。
進化という項目がある事は朗報である。
どういった進化を辿るのか、魔物学に詳しくないのでアシルには分からないが、とにかく強くなって魔王軍に一矢報いたいという気持ちが強い。
(一先ずはレベル10を目指そう。レベルを上げるのには困らない。周りにはアンデッドがうじゃうじゃいるし)
他のアンデッドに対して仲間意識などない。殺したところで罪悪感は皆無だった。
加えて、レベル上げだけではなく辺りを探索して何か情報を得たいところだ。
もしかしたら、本当にもしかしたらだが生存者がいるかもしれない。
(サフィア姫は……)
今は、考えたくなかった。
だが、少なくとも魔王軍に反旗を翻している存在がいることは悟られてはならない。
このアンデッドで溢れたこの街の支配者に気付かれないためにも、弱い内は王都の中央には近づかないほうが良さそうだ。
できるだけ城には近付かず、街の端の方で適当にアンデッドを倒しながらレベルを上げていき、変わり果てた街を探索する。
それが無難だろう。
方針を決めたアシルは長剣を片手に散策を開始した。
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