第7話



 巨大な前足を刀身の側面で滑らせながら受け流す。


 とは言え、力の差は歴然。


 技術だけでは対応しきれない。

 受け流しきれずにアシルの耳が削がれた。


 だが、痛覚がないので気にせずに身体が伸び切った屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビに向けて赤い光を纏った剣を一閃した。


 ゼノンや目の前の屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビのように魔物技能モンスター・スキルを使えないアシルの、現状最大の攻撃。


 今まで斬れなかった物はない。その一撃を、屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビは鋭く尖った犬歯で難なく受け止めた。


 刀身は僅かに牙に食い込んでいるが、両断できない。


(……は?)


「……呆けている場合じゃねえだろッ」


 その事実に一瞬、思考が停止してしまった。ゼノンの𠮟責によってすぐに我に返る。


 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビが逆の前足を振り上げたのが見えた。

 アシルは長剣を強引に抜き取りながら、ほぼ勘でしゃがみ身体を地に伏せる。


 頭上を暴風が通り過ぎた。


 間一髪である。アシルはすぐにその場から一度飛びのいた。

 威力が段違いだ。


 一撃でもくらったら終わりかもしれない。


 緊張感が増す。動いていないはずの心臓が再び始動し、早鐘を打つような感覚。


 死霊アンデッドのはずなのに、生を実感できる。この場合、別に実感したくないのだが。


(だが勝つのは俺だッ、こんなところで……終われない!)


 離されないように、屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビが駆けながら両頭を別々に動かしてアシルの身体に食らいつこうとしてくる。


 その噛み付き攻撃を時には剣で受け流したり、時には避けたりしながらギリギリの対応を続ける。


 相手の手数が多い分、反撃ができない。


(……考えろ。できないなら、隙を作れば良いだけだ)


 アシルは攻撃を捌きながら徐々に立ち位置を変える。

 ここは共同墓地。


 辺りにはそれぞれ千差万別な形をした墓石が点在している。

 アシルは<闘気斬>を使って屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビの爪を弾く。


 それから咄嗟に墓石の裏に回った。


 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビはもう一度前足を振り上げるが、アシルの前にある墓石が盾として機能する。


 轟音と共に破壊された墓石が土煙を上げた。

 即席の目くらまし。


 その煙に紛れながら、アシルはすかさず赤いエフェクト光を漲らせて、


(<闘気斬>)


 鋭い斬撃が、二つある狼の首の一つを刎ね飛ばした。

 ここで畳みかける。


 アシルは返す剣でもう一度闘気を纏わせる。


 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビはアンデッドだから首を飛ばされても動けるだろう。

 しかし隣接する首から噴き出した血が反対側の顔にかかり、屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビは視界が塞がれて混乱していた。


 その隙を絶好のチャンスとばかりにアシルはもう一つの首元に必殺の刃を振るった。


 だが、骨を両断する前に長剣が急に軽くなる。


(……くそっ、折れた……!)


 柄だけになった剣を持ちながら前を見上げると、首に刀身が刺さったまま猛々しく怒る巨狼の姿がある。


 咄嗟に身体を傾かせたが、間に合わなかった。

 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビの右前足が直撃し、左手を吹き飛ばされた。


「……ッ」


 舌打ちの音が聞こえた。


 だがゼノンは助け舟を出す気配はない。

 まだいけると思われているのか。それとも死んだらそれまでと思っているのか。

 

 どちらにしろ戦うしかない。


 アシルは逃げながら先ほど破壊された墓石の破片を拾った。

 比較的大きくて鋭利な破片を。


「グルオオオオッ!」


 早く潰れろと言わんばかりに屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビが前足を振り上げてくる。

 アシルは赤い光をに纏わせた。


 それを、アシルは屍人ゾンビとしての身体――リミッターが外れた筋力を十全に活かして勢いよく


 職技能クラス・スキルの応用法。人間時代に活用した技術。破片だろうが何だろうが、それが剣だと思い込めば、職技能クラス・スキルは発動できるのだ。


 腕の健が切れる音が鳴る。

 そのまま投げた勢いで、右腕がもげそうになった。


 だが、そこまでの代償を負いながら放った破片はさながら砲弾のような威力を誇る。


 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビの身体に大穴が空いた。

 空洞になった身体をちらりと見てから、巨狼は崩れ落ちる。


「――よくやった、よくやったぞッ。これでお前はもう一段、上に行ける!」


 ゼノンが大きく喜ぶ声が耳に入る。

 その言葉通り、大量の光の粒子がアシルの身体に流れ込んだ。


 大幅なレベルアップの感覚。


「やはり進化だ、進化するッ。いいぞ、俺の餌が……!」


 後半部分は小声で聞き取れなかったが、何故か自分以上に喜ぶゼノンを不気味に思いながら、アシルは溢れ出る力に拳を握りしめた。

 

 

 

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