第6話



 何度、その背に長剣を突き立ててやろうと思っただろう。


 その度に失敗したら全てが終わると自身を戒める。


 アシルは際限なく沸き出る殺意に蓋をして、忌々しい屍鬼グールの背を追いながら共同墓地を進んだ。


 墓地内は思った以上に広い。

 それはこのアンデッド蔓延るかつての王都に大勢の人間たちが住んでいたことを意味する。


 ゼノンはお喋りなのか、聞いてもいないのに良く口を動かしてくれた。


「……最低でも屍鬼グールにまで進化してもらわねえとエルハイド様は気にかけねえことだろう」


「……」


「そういやお前、人間の記憶は残ってるか?」


 話を続けながら、ゼノンは己の強さを見せつけるように目についた屍狼ウルフ・ゾンビを片手間に爪で引き裂いていた。


 存在力を吸収し、彼も進化するためだろうか。


「……ギ、オグ?」


「……まあ残ってねえか。アンデッドの特異個体ユニーク・モンスターと言えど生前の記憶を持ってる奴なんてほとんどいねえらしいからな。俺のように生きたままアンデットに身体を変異させた場合は違うが」


 首を捻って何も分からないという演技をするアシルに疑問を抱いた様子はない。


 屍人ゾンビになっている影響で、元々副兵士長だった事も気付かれている様子は皆無だ。


「……とは言え、人間だった記憶なんざない方が良い。お前みたいに固有の技能を持つ魔物は通称、特異個体ユニーク・モンスターと呼ばれる選ばれし個体だ。俺たちは大成するぜ?」


「……」


「……ああ、こんな話しても分からねえよな。まあとにかく期待してんだよ、だから早く強くなるんだ」


 アシルは曖昧に首肯する。


 それにしても聖騎士から屍鬼グールに堕ちているなど思わなかった。


(……勇者の兄がな。婚約者もいるはずだろうに)


 彼を許すつもりは絶対ないが、何故魔王軍に身をやつしたのか。僅かな興味が芽生えた。


 やがて二人は多くの墓石を通り過ぎ、ようやく最奥までやってきた。

 足を止める。


「お、いたぜ」


 そこに待ち構えていたのは、二つの首と頭を持つ屍狼ウルフ・ゾンビだった。

 それも身体が異常に大きい。


 目玉が飛び出て、胴体の一部の骨が剥き出しという完全に死体のような姿形をしているが、動いている。

 闘争心は高いようで近づくだけで肉片がこびりついた牙を覗かせ威嚇してくる。


「あれがこの共同墓地の支配者にして、俺がお膳立てして造った最高傑作。一番のお気に入りだ」


「……」


「グルルルルッ!」


 獰猛な唸り声をあげて威嚇している。正直、先ほどの狼たちが可愛く思えてくるほどの迫力だ。


「呪われたこの墓地では自然と死体が屍人ゾンビになる。それらを無数に食らわせた事で、屍狼ゾンビ・ウルフの一体が進化した個体だ」


 説明を始めたゼノンの横で、アシルは目の前の怪物に視線を置く。


 そしてこの場所まで連れられた意味を悟る。


「あれを殺してみろ」


「……ベッド、ゴロジデモ?」


「ああ。構わない。また進化する個体は出てくる」

 

 幸い、アンデッドになった影響か生前以上に戦闘に忌避感はないし恐怖もない。

 強い相手だ。


 だからこそ倒せば、莫大な経験値を得られるだろう。


 気を引き締めたアシルは目の前の狼のステータスを覗く。


 


名前 なし

種族:屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビ

Lv21

体力:D

攻撃:E

守備:E

敏捷:F

魔力:F

魔攻:G

魔防:G

魔物技能モンスター・スキル

・毒爪


 



 屍狼ウルフ・ゾンビが進化した個体らしく、ステータスも一回り上だ。ゼノンと同じく、<魔物技能モンスター・スキル>とやらも得ている。


 爪には気を付けたほうが良いようだ。


「……アレの爪は毒があるが、屍人ゾンビのお前には効かない。躊躇せず突っ込め」


「ワガッダ」


 それは良い事を聞いた。


 図体がでかい分、動きが落ちるのか敏捷は屍狼ウルフ・ゾンビと変わらない。

 そしてアシルは先ほどの戦闘で種族と職能クラスレベル共に大きく上がったことで、敏捷が同じFに上がっていた。


(……こいつに勝てば、恐らく進化できる……)


 進化の度合いによっては、ゼノンに勝てるようになるかもしれない。


「無理そうなら手を貸してやる」


 背後から声が届いた。


 絶対に借りたいとは思わない。


(<闘気斬>)


 最初から全力で行く。


 アシルが刀身に赤い光を纏わせたのを見て、屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビも両頭を持ち上げ、勢いよく地面を蹴った。


 駆けてくる化け物の迫力は相当なものだった。

 しかし恐怖心が麻痺したアシルは臆さない。


 屍両頭狼ウルフツイン・ゾンビが振り下ろしてきた前足に、長剣を手に迎え撃った。

 

 

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