タンク戦士、突撃卿ギスガルド(95歳)の終活 ~勇者パーティを追放されちまったんで、いい感じの死に場所を見つけてえ~

パーティーターキー

第1話 追放

「最良の古強者、並ぶ者なき功臣、偉大なる戦士ギスガルド。

 突撃卿ギスガルド・ファーマソンよ。

 ――今日は、そなたに話がある」


 朝食の席に、凛とした王者の威厳を持つ声が響く。


「はっ、謹んで拝聴させていただきます、殿下!」


 我が主君の長子である勇者王太子エクセリオ殿下の仰せに、畏まって応じる。


「重ねて言うが、そなたは無双の戦士。

 当家の臣でも最強の者。

 そなたの数々の貢献と功績とは、口に挙げるだに多いもの。

 先日、魔族四天王〝猛撃のガガン〟討伐が叶ったのもそなたの働きあってこそ。

 あらためて、麿の口から礼を言わせてくれ。

 ありがとう、ギスガルド」


「ははっ! もったいなき仰せにございます、殿下!」


「本当に素晴らしいタンク振りですわ、ギスガルドさま」

「爺さんマジパねえっすよ。アタイとしても感謝感激マジ卍~」

「勇者殿下のついでに、私たちからもお礼を申させてくださいませ」


 エクセリオ殿下に応じると、他のパーティーメンバーたちも口々に言う。


 最初の発言が子爵家の四女で、魔法剣士のエリナ・フォン・カルトフェラント。

 次の蓮っ葉な娘が、魔法使いのキャンディー・ポメス。

 最後が公爵家の次女で賢者職にあるマヤ・メイクイン・フォン・ハルトブルク。


 いずれも見目うるわしく気立ての良い娘たちで、頼れる冒険の仲間だ。


 エクセリオ殿下と仲間たちに称賛され、いい気分だ。

 ……しかし、どういう訳でこんなにオレを褒めてくれるのだろう?

 誕生日、敬老の日……色々理由を考えてみるものの、どれも今日ではない。


「……そんな、そなたの功績を称え、褒美を賜る。

 年利で王国金貨10万枚相当額の年金公債、

 スヴァイネ男爵領、

 王都に本邸と、保養地エンゼン=エンゼンに湖の見える別荘だ。

 ……本当に、本当に本当に、これまでよくやってくれたな、ギスガルド。

 ゆえに、後は麿ら若人に任せよ。

 そなたはもう、ゆっくり休んでくれ……!」


 !?


「………………何か。

 何か、手前に至らぬところがあったのですか、殿下……?」


 ……驚き過ぎて、オレはしばらく口を利けなかった。


 クビを言い渡されたのだと理解して、やっと問い奉ることができた。


「違う!

 ギスガルドは麿が使うにはもったいないほどの人物だ!

 先ほど言った通り、そなたは当家最良の功臣だとも、ギスガルド。

 ……しかし、当家はあまりにも長く、そなたに頼り続けてしまった。

 先々代から数えて81年、95歳の今日まで、そなたは戦い続けてくれた。

 人魔を問わぬ戦いで両脚を失っても、ミスリルの義足で最前線に立ち続けた。

 そこに重ねて、ガガンの死に際の一撃だ」


 オレの身体の左側に、エクセリオ殿下は目を向ける。


 ……猛撃のガガンの最後っ屁を、オレはかわし切れなかった。

 ために左目と左肘から先を失った。


 仰せの通り、戦士としての能力に関わる重い負傷だ。


 しかし――


「畏れながら申し上げますが、殿下。

 この傷のことでしたら、問題ございませぬ。

 既に、防盾一体型のミスリル義手と、刻印 ルーン入り魔石義眼を発注してあります。

 ガガン討伐により本国からの道が開かれた以上、後備輜重の到着は時間の問題。

 すぐに、遜色ない戦振りをお目に掛けて見せましょう。

 ……むしろ、以前より強くなるやもしれませぬ。

 義眼には魔力・霊体の視認能力まで備わっているらしいですからな!

 まったく、当世の錬金術の発展は目を瞠るものがありますわい」


「戦鬼めが。

 ………………ギスガルド・ファーマソンよ。

 麿は、そなたが戦士としての力を失ったと思うがゆえ解任を決めたのではない。

 これ以上そなたを戦で傷つけるのは忍びないゆえ、静かに憩ってほしいのだ」


「殿下のお慈悲、真かたじけなきものと存じます。

 ――然れども、手前は戦士。

 戦で傷つくのは慣れております。

 ゆえ、どうか、戦場でお仕えすることをお許しくださいませ。

 武運尽き果てて討ち死にし、皺まみれの死骸を晒すその日まで……!」


「ならぬ。

 静かに憩い、何不自由ない老後を過ごしてくれ、ギスガルド」


「戦しか知らぬこの愚か者に、静かな憩いほどの不自由はございませぬ。

 どうか、従軍継続をお許しくださいませ」


「ならぬ。

 ……そなたはとうの昔に、自らの幸せのために生きるべきであったのに。

 一部の猛者に苦役を強いるしか出来なかった当家の拙さを許せ。

 然れども、その拙さももう終わる。

 そなたが作った平和を、そなたが享受するのだ、ギスガルド」


「平和を作ることなど出来ておりませぬ。

 魔族との戦は未だ途上。

 真に平らかなる世を在らしめんとする御事業、

 その土台の一点に、手前をお使いくださいませ、エクセリオ殿下。

 どうか、従軍継続をお許しくださいませ」


「ならぬ!」

「どうか!」


 オレは殿下に頭を下げ、許しが出るのを待つ。


「…………まこと、そなたは退くことなき戦士であることよ、ギスガルド。

 よかろう。

 然様に強情ならば、麿も説得はすまい」


「! 殿下!」


「勘違いするな、ギスガルド。

 そなたに安らぎをもたらすため、搦め手を使おうというのだ。

 ――勇者王太子の権限で、麿はここに戦時略勅を発給する。

 書記はマヤ・メイクイン・フォン・ハルトブルクに任じる」


「はい、エクセリオ殿下」


 賢者職のマヤが殿下に応じて、紙とペンを取り出す。


「勇者王太子エクセリオ・シャンゼリアス・エクソール・フォン・ゴトキントが、

 次のごとく命じる。

『戦士ギスガルド・ファーマソンは、勇者王太子のパーティーより離脱せよ。

 戦士ギスガルド・ファーマソンは、戦死するべからず。

 戦士ギスガルド・ファーマソンは、自らの幸福に生きるべし』

 勅旨は以上である」


「はい、殿下」


 マヤは御発言をさらさらと書き留め、紙をエクセリオ殿下に手渡す。


 呆然とするオレをよそに、殿下は御名を署される。


「この通りだ、ギスガルド。

 形式上一点の不備のない、明確な法的効力を持つ略勅がこの通り発給された。

 王国と王家を尊ぶ善き戦士であれば、当然、これなる勅に従ってくれるな?」


「……で、殿下、そんな、エクセリオ殿下……」


「わかってくれ、ギスガルド。

 そなたは余りにも長く戦い過ぎた。

 麿どもが頼りないのはわかる。

 わかるが、もうそなたに楽にしてほしいのだ、ギスガルド……!」


「…………承知いたしました、エクセリオ殿下。

 勅命とあらば、違え得るはずもございませぬ。

 慎んで、殿下御一行より離脱。

 悠々自適の楽隠居を愉しませていただきます」


「!

 おお! わかってくれるか! ギスガルド!」


「はい……

 ……今日まで大変お世話になり申した。

 大恩に報いる道は未だ半ばなれど、御側を離れるに際し篤く御礼申し上げます。

 まことに、ありがとうございました、エクセリオ殿下……!」


 オレは頭を下げる。


 ……こうして。

 オレは、パーティーをクビになってしまった。


 気分としては、追放されたようなものだ。


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