第4話「意地の悪さと誘惑の舞踏会」

次の日、ヴィタは腫れた目元をこすりながら起きた。


「なんてこと! 今日は舞踏会だというのに!」


ばあやが慌てて濡らしたタオルを持ってきて、ヴィタの目元にあてる。


「よかった。今日はお嬢様がいらっしゃる」


安堵するばあやにヴィタは前が見えないままに口を開く。


「なにを言っているの? 私はいつもいるじゃない」

「そうですが……探してもお嬢様の姿が見つからないことが増えました」


その言葉にヴィタは違和感を覚える。

ヴィタは自室にいるか、彫刻を彫る場所とする庭にいるかのどちらかにしかいなかった。


彫刻のためなら意地でも飛び出す習性のあるヴィタにばあやが気づかないのはおかしいなこと。

なにせ今までばあやに見つかってばかりで、諦めの悪いヴィタに猶予をくれていたのだから。


(……ルーク?)


脳裏をよぎるは麗しき天の使い。

誰にも邪魔されることなく、ルークと二人きりで笑いあった。


昨夜、あのような別れをしなければヴィタはもう少し冷静になれただろう。

激しく打つ鼓動に胸元で手を握りしめた。


(私、どうしたいの? こんなの天使を惑わす魔女のよう)


「お嬢様」

「ん?」


ばあやが尻目に口を開く。


「悪魔に魅入られてはなりませんよ」


ゾクッと、身体が震えあがった。


「なにを言ってるの? ばあや……」


動揺に声が震える。


「あ、いや……なんでもございません。なぜ、こんなことを言ったのか……」


「そ、そう……」


全身の毛穴から汗が吹き出たよう……。

崖の上から突き落とされた気分だ。


うるさい心臓に目を瞑り、青ざめたままヴィタはメイドたちに囲まれ、身なりを整える。



(彫刻……。どうしても完成させたい。この罪の意識はなんなの?)


見えない壁を壊してしまえば、ヴィタは新たな舞台に立てる。


(何でもない。なんでもないの)


一歩を踏み出せばヴィタの望む彫刻が完成するだろう。


――なのに背徳感が消えてくれない。

じわりと、ヴィタは湿った息を吐いた。


***


その夜、舞踏会の会場でヴィタは人を避けて壁の華となる。


きらびやかな会場に、華やかな衣装を身にまとって音楽に合わせて優雅に踊る。

様々な香水が入り混じって酔いそうだ。


大理石や土、花の匂いが好き。

ここにはヴィタの考える美しさはないのだとため息をつき、足早にバルコニーへと出る。


下弦の月に、またたく星空。

ギラギラした眩しさのある会場とは真逆に、シンプルに真っ直ぐ輝く光に見惚れた。


「一曲、踊っていただけますか?」


振り返るとそこには月明かりに照らされた翼を生やす男性が立っている。

穴の開いた目元からのぞくのは黄金色。


「ルー……」


人差し指で唇を抑えられる。


穏やかに微笑む姿にヴィタは言葉を飲み込み、うつむいてしまう。

するとルークがヴィタの頬を包み、無理やり上に向かせた。


「逃げないでよ」

「あ……」


ぎらついた瞳にヴィタは目をそらせない。


「泣いたの?」

「泣いてない……んっ……!」


目元を擦られ、唇を親指の腹で押されてヴィタは過敏になって声を漏らす。


「なにを語れば君は僕をみてくれる?」

「ル、ルーク……」

「膝をついて見つめればいい? それとも押し倒してしまえばいいのか?」

「まっ……待って!」

「待たない。待ち続けて、ようやく君の視界に入ったんだ」


ルークが膝をついて、月明かりに照らされてヴィタを見つめる。

ヴィタはうろたえて、瞳に涙をいっぱいにためてルークの肩に触れた。


「やめて! あなたは天の御使い! 私なんかにそんなことをしないで!」


「それが先へ進めない理由?」


舐めるような眼差しにヴィタはポロポロ泣き出して、唇を固く結んでいる。

恥ずかしさのあまり、否定したい感情に縛られた。


「君と同じ位置に立てるならこんなものはいらないよ」


そう言ってルークはヴィタから距離をとると、シュッと手に短刀を出して翼で身体を包む。

何のためらいもなく、ルークは短刀で翼を突き刺した。


「ルークッ!?」


衝撃的な出来事にヴィタは悲鳴をあげる。

赤い血が流れだしてもルークは手を止めず、亀裂は広がっていく。


ヴィタは汗を拭きだし、悲痛に叫んで手を伸ばし、ルークの持つ短刀を叩き落とした。


金属の落ちる音がして、直後にすすり泣く声だけがルークの耳に届く。


「やめて。傷つけないで」

「ヴィタ……」

「私、こわいの。あなたを好きになることが、罪を犯している気持ちになるの」


カタカタと震える指先でルークの手を握る。

その手はヴィタと同じ赤色の血で濡れていた。


涙に濡れ、震える唇をルークの手に寄せる。

揺れる視界のままに顔をあげると、ヴィタの目に強烈な輝きが焼きついた。


(明けの明星……)


耽美な美しさ。


黄金色の瞳は夜空に浮かぶ一等星に似ているようで、さらに強い光を放っていた。


「好きになってくれ」


その言葉にヴィタの息が止まる。


「僕は君が欲しいんだ。だから近づいた……と言ったら信じてくれるかい?」

「……なぜ?」


誰もが祝福するその美しさを持ちながら何故?


「彫刻と向き合う一生懸命な姿と……キラキラ光る目に惹かれた」

「目?」


ヴィタの問いにルークはうなずく。


「反骨精神というのかな。夢に向かって強くいようとする姿が……いとおしいんだ」


身体中が沸騰してしまうかのように、熱が支配する。


異質なヴィタを好きだと言うその唇がいとおしい。

本当は泣きたくてたまらないのに、強がるしかないヴィタを許してもらうかのようだ。


胸に熱い想いがこみあげて、ヴィタは小刻みに震える手をルークの背にまわした。

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