虐げていた少女は聖女だった
黒井隼人
虐げていた少女は聖女だった
ある日唐突に神殿に神託が下った。
『侯爵家にて虐げられている我が愛し子を救え』
その神託を受けた神官長は大急ぎで王宮へと赴き、神託の内容を国王へと伝えると、国王はすぐさますべての侯爵家へと兵を派遣した。
神託と王命の二つの命令によってなされた調査は逆らえる者などおらず、スムーズに行われて一人の少女を助けることに成功した。
その後の調査により、少女が神の愛し子である聖女であること。そして少女が産まれた時に母親がその出産に耐え切れずに亡くなったこと。それに憤慨した当主によって使用人以下の扱いをされていたことが判明した。
聖女は貴族院にも届け出をされておらず、産まれた子供を届け出なかったこと。虐待していたこと。そして知らなかったとはいえその子が聖女であることから侯爵家は取り潰し、当主らも処刑されることとなった。
使用人たちも本来侯爵家令嬢である聖女を虐げていたことも踏まえて連名で処刑されることとなった。
しかし、そんな中何人かの使用人と話がしたいと聖女は助けてくれた国王と王太子へと申し出た。
二人は渋々ながらも承諾し、聖女を守るための騎士と王太子と共にならばいいと許可を出した。
そして最初の一人目に聖女はとある使用人の名前を言い、その使用人を人目のつかない一室に呼び寄せた。
扉を開き中に入ってきたのは薄汚れた服を着た一人の青年だった。ふてくされたような表情を浮かべているその青年は手首に手錠がかけられた状態で無遠慮に部屋の中を歩いて聖女と王太子の正面にある椅子に雑に座った。
「貴様…!」
騎士がその様子に声を上げようとするが、聖女が手を上げて制す。その隣にいる王太子も不快気な表情をしていた。
「ずいぶんと偉くなったな聖女様よ」
「ええ、おかげさまで」
皮肉気な言葉に聖女はおかしそうに笑う。
「んで?いきなり呼んで何の用だ?落ちぶれた姿を見て愉しみたい。なんて性格の悪い用件じゃないだろうな」
青年のその無遠慮な言葉に室内にいるメイドは顔をしかめ、騎士は怒気を放っている。
それに気が付いた青年はそれらをすべて鼻で笑った。
「なんだ?周りの奴らはずいぶん不満そうだな。俺達は全員処刑されるんだろ?だったら今更取り繕ったところで無意味だろ。どれだけ罪が重なろうが、結果は変わらねぇんだからな」
皮肉気に言う青年の口元には笑みが浮かんでいた。
「お願いすれば助けてくれるかもしれませんよ?あなたは私を助けてくださっていましたし」
「はあ?」
聖女の言葉に青年は呆れたような声を上げる。王太子や一緒にいるメイドと騎士も首をかしげていた。
「あなたを中心に何人かの使用人さんに助けてもらったから私は生きていられたんです」
「覚えがねぇな」
「そう?じゃあ確認しましょうか」
そう言って思い出すように聖女は目を細めた。
「食事に関して、私は与えられていなかった。でも、あなたから余った物をいくつももらっていたよね」
「俺が食いきれなかった残飯を渡してただけだ」
「そうですね、コックの一人があなたが食べきれない量を意図して渡していたらしいですし」
「は?」
聖女の言葉に青年は呆けたような声を上げる。
「コック長は私に食事を用意する気がなかった。だから本来なら私は何も食べることができなかったはずなんだけど、それに気が付いた一人のコックが私に対して食べる物を提供しようとしていたらしいです。まあコック長に見つかって止められたらしいですけど」
「ふぅん…」
「それで何とかして回せないかと考えていた時にあなたが私とよく行動を共にしていると気付いた彼があなたにふるまう量を増やすことで私にも回せないかと画策したようです」
「チッ。だから量が多いって不満言ってもあいつ聞かなかったのか」
思い当たる節があるのか、不満げに顔をそむける。
「そもそも俺がお前と一緒にいたんじゃなくてお前が俺についてきてたんだろうが」
「他の人には殴られることもあったからね。あなたはついていっても殴られることはなかったから」
「子供を殴る趣味はないだけだ」
ぶっきらぼうにいう青年に対して聖女は笑みを浮かべていた。
「待ってくれ、君は彼女を虐げていたのではないのか?」
どこか楽しそうに話している聖女を見て困惑していた王太子が問いかけてきた。
「特別扱いはして無いだけで、仕事とかはしっかりやらせてた。働く必要のない子供を働かせていたんだから虐げていたと言われればそうなんだろ」
「その仕事というのは?」
「俺達使用人がやる仕事だ。掃除洗濯とかそんな感じの。そいつは子供だからできることも少なかったがな」
「それでも彼はその中から私ができる仕事だけを回してくれましたよ。他の人は相手が子供だろうが重い物を運ばせたり、大量のシーツを押し付けたりしましたから」
「子供にできない仕事振ったって時間の無駄だろ。それで仕事が間に合わなくて怒られたんじゃ本末転倒だろ」
「それでも、私が失敗して執事長に怒られそうになった時にかばってくれたよね」
「あいつは指示した奴もまとめて叱るやつだから早いうちからへこへこ謝ってればその分早く済むんだよ」
「あれ?メイド長にはすごんでなかった?」
「あいつは態度はでかいが気は小さいからな。少しにらめばすぐ引っ込む」
そうやって笑う青年はどこか懐かし気な表情をしていた。そしてその正面にいる聖女の表情は決して虐待を受けていたとは思えないような笑顔だった。
「まあ、中には暴力をふるってる奴もいたみたいだし、虐げられていたのは事実だろ。父親である侯爵だってまともに関わろうとすらしなかったしな」
自分の子供だというのに無関心どころか憎んでいるような様子に不満はあったが、それでも雇い主である以上口を出すことはできずにいた。向こうとしては妻を殺した少女なのかもしれないが、それでも聖女からしたら産まれた時から母親がいないんだ。失った物はどちらも大きいだろう。
「侯爵が主導して彼女を虐待していたと思っていたが…」
「そこらへんは詳しくは知らん。ただ、あの家の主はあのクソ親父だ。そいつがその子に怒鳴りつけていたり殴ったりしたのは見たことはある。それを見て下の奴らがどう扱うかはわかるもんだろ」
雇用主であり館の主が虐げているのならば、自分たちだってやっていい。そんなバカなことを考える奴らだっている。常識的に考えればそんなはずないのに、『侯爵がやっているから』と何の免罪符にもならない考えで平気で虐げる。まあ、同じように仕事をさせていた青年たちも人の事は言えないと自嘲しているが。
「まあ、まともな考えを持っている奴は裏でこっそり助けてたかもしれんが、そこらへんは俺も知らん。そっちの聖女様のほうがわかるだろ」
投げやり気味にソファの背もたれに体を預ける。
「君が主体で助けていたのではないのか?」
「俺が?んなわけないだろ。俺は仕事を振っていただけ。さっきの食事に関してはあの人の話を聞かねぇコックが勝手にやったこと。俺自身が助けた記憶はねぇよ」
王太子の問いかけに雑に答える。青年自身も彼女を助けていた意識はない。振り分けた仕事はできることだけだが、それでもそもそも彼女は働く必要はないわけで、そんな子に仕事をさせていた以上助けていたとは言えないだろう。
「もうそろそろいいか?雑談ならそれなりにしただろ」
雑にそう言うと王太子は聖女の顔を見た。聖女は笑顔でうなずいた。
それを見てから青年は立ち上がり、兵士と共に部屋を出ようとする。
「あ、そうだ最後に一つ」
思い出したように声を上げてから青年は聖女を見据える。
「これからあんたは幸せになれそうか?」
まっすぐと向けられたその目を見据え聖女はほほ笑む。
「今までも悪くない生き方でしたよ?」
「…変わってんな」
聖女のその答えに肩をすくめながら青年は部屋を後にした。
その後聖女を虐げていた罪で侯爵家に関わる者は全員処刑された。貴族、使用人、関係なく聖女が虐げられていると知っていたものは例外なく処罰された。
その後王太子との結婚を進言してくる貴族たちがいたが…。
「虐げられ、まともな教養のない私に妃は荷が重いです。私は同じように虐げられている子供たちのために聖女としてできることをやりたいです」
そう言って神託が降りた神殿にて祈りをするとともに、子供達を守るための孤児院の経営に尽力しだした。
そしてその一件から数か月後。王都のスラム、その近くにある孤児院へと聖女は訪れる。
スラムの近くにあるのにその孤児院からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「ちょっとちゃんとお掃除してよー!」
そんな注意をする女の子の声が響くが、男の子たちは箒を剣のように持ってお互いに振るい合っている。よくあるじゃれ合いのようで喧嘩のように見えるがどこか楽しそうだ。
そんな男の子達の近くに一人の青年が立ち、頭にげんこつを落とした。
「いってぇええええ!!」
「テメェら遊ぶならきっちりやることやってからにしろや!!」
「いきなり殴るなんてぎゃくたいだー!」
「文句があるならきっちりやることやってから言えや!やることやらずに遊んでたやつは全員おやつ抜きだからな!」
そんな青年の言葉に遊んでた子供たちから文句が飛ぶ。
「不満ならきっちりやることやれや。今ならまだおやつの量減らす程度で許してやらぁ」
そう言うと先ほどまで遊んでいた男の子たちは大急ぎで掃除をし始めた。
「まったく、最初からきちんとしてらぁいいのに…」
「遊びたい盛りなんですよ」
「んぁ?」
独り言のようにぼやくと青年の後方から返事が来た。振り返るとそこには聖女が穏やかな笑みを浮かべていた。
「おやおや、聖女様ではないですか。暇なのか?」
「視察ですよ。それにしてもここはいつも賑やかで楽しそうですね」
「もうちっと落ち着いてくれるといろいろと楽なんだがな」
青年の隣で賑やかながらもちゃんと掃除をしている子供たちを聖女はほほ笑みながら眺める。
「皆さんも元気ですか?」
「先週も来ただろ。あの頃とさして変化ねぇよ。そんなに気になるなら顔見せてこい。向こうだって喜ぶだろ」
侯爵家に仕えていた使用人達も全員処罰された。表向きは。
実際にはあの青年との会話の後、聖女の進言の元、ひそかに聖女を助けていた使用人達を助け出そうとした。しかし、それをすべての者が拒否した。曰く
『たとえ手を貸したとしても助けられなかったの事実。それに助かったとしても聖女を虐げていた侯爵家で働いていたとなったら新たな働き場所も見つかりません。わざわざ助けていただく理由はございません』
とのことだ。
聖女としても助けたいし、王太子と国王からしても逆らえない状況で最低限手を貸していた者達まで裁きたくはない。しかし、相手の言い分もわかってしまう。
そこで考えたのは表向きは処罰し、それによって戸籍を作り直すことだった。
一度死んだことにし、新たなる戸籍で1からやり直す。経験は活かせてもコネなどは使えない。そして過去が無いからこそいろいろと不審がられることも有るだろう。それによって苦労すること、それが一つの罰になるとした。
その罰を皆が粛々と受け入れた。そして次は聖女から提案された。
『皆さんで孤児院を営んでくださいませんか?』
聖女と同じように理不尽な理由で虐待を受ける子供は他にもいる。そんな子達が逃げ込める場所を作ってほしいとのことだった。約一名を除き、それを受諾、人数もそんなに多くなかったことも有り、それぞれで一つの孤児院を経営することになった。
「にしてもなぁんで俺みたいなひねくれ者が責任者なのかねぇ?」
「満場一致でしたね」
いまだに不思議そうにしている青年に聖女は笑みを浮かべる。本人は自分の事をひねくれ者だというが、彼を知っている人は見な口をそろえて言う。
『彼はただ不器用なだけだ』と。
ひねくれているように見えても、曲がったことが嫌い。そんな彼が責任者だから皆自分にできることを全力で取り組める。それだけの信頼感が彼には向けられていた。
「まあまあ、私も手伝いますから」
「あんたはまず嫁の貰い手を探せ。国王から自分の息子はどうだと提案されたのに蹴ったらしいじゃねぇか」
「教養がない私には王族は向きませんから。それに当てならありますので」
「あっそ。まあ逃げられねぇようにしっかり捕まえておくこった」
「ええ、そうしておきます」
青年の言葉に聖女は笑顔で答える。
その目はしっかりと青年のほうを向いていたが、青年はそれに気づくことはなかった。
虐げていた少女は聖女だった 黒井隼人 @batukuro
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