第4話 ゼロの薬草のありがたみ

 シメに取ってこの様な宿屋は初めての経験だった。まるで中世の様で水回りの設備もそれほど良くない。


 いや、全く良くないと言ってもいい位だ。近代日本から来た人間には少し辛いかも知れないが、それがここでは普通だ。慣れるしかないだろう。


 ただその分食事はそれなりに満足の行く物だった。それが少なくとも救いか。


 ただシメもただの現代人ではない。蘇生して3年間彼女はゼロと供に戦場にいた。


 ゼロによって蘇生してもらったのはいいが、彼女は戸籍の上では死人だ。


 いや、政府によってゼロへの囮として殺されたのだ。だから生き返ったとしてもシメには日本国内で行く所がなかった。


 そこでゼロはシメを連れて戦場に行った。そこでは国籍が何処であろうと戸籍があろうがなかろうが生きては行ける。全ては実力本位だ。


 弱ければ死に強ければ生き残れる。そんな所だった。そこでシメは鍛えられた。だから多少の事では驚かない。


 この経験があるからこそゼロもこの世界にシメを連れて来る決心がついたのだろう。


 しかしゼロはこの世界で再び何をしようと言うのか。


 大陸に一大王国を築いていた獣人国キングサルーンは、その覇権を放棄してそれぞれの生まれ故郷、カール国とカサール国に戻って行った。


 そしてかっての人族の国、ガルゾフ共和国、ヘッケン王国、聖教徒法国はまた人族の手に戻った。


 そしてここヘッケン王国もまた人族に手に戻った訳だがまだ施政は混乱をきたしていた。


 しかもこの国は南に獣人国カサールがある。そこからの再びの侵略を恐れていると言ってもいいだろう。


 だからこそ今は「富国強兵」策を取られているのだがそれも行き過ぎると人民の生活を犠牲にしてしまう事になる。


 「民あっての国」と言う事を忘れたら国政などは上手く行かなくなる。それをこの国の上層部はわかっているのかどうかと言う事だろう。


 と言っても今のゼロにはそんな事はどうでも良い事だった。いつもの様にギルドに顔を出し、薬草採取の依頼を引き受けていた。


「ねぇ鳴海さん、あっ違った。ゼロさんはどうしていつも薬草採取をしてるんですか。魔物を倒した方がお金になるんでしょう」

「確かにそれはそうだが薬草の知識は冒険者の基本だ。ここにはまだ近代医学の知識も設備もない。人の生き死を左右するのは薬草だ。ここはまだそう言う世界なんだよ」

「だから薬草ですか」

「そうだ。普通の者は薬草なんかと馬鹿にする奴もいるが治癒のポーションもこの薬草なくしては作れない。なら戦いで傷を負いポーションがなければどうする。治癒魔法を使えるやつはそんなに多くはいない。なら薬草に頼るしかないだろう」

「つまり薬草は治療の源と言う事ですか」

「そうだ」


「それにな、薬草採取を馬鹿にしてはいけない。薬草の取れる所には魔物もいると言う事だ」

「それは魔物の討伐も一緒に出来ると言う事ですか」

「そう言う事だ」


 確かにシメは強い。実力はある。しかしこの世界に関する知識は極めて薄い。だからゼロは一から教えようとしていた。


 そんな時近くで誰かが戦っている音が聞こえた。くぐもった声からするとあまり良い状況ではないようだ。


 ゼロとシメが駆けつけてみるとそこにはゴブリンに取り囲まれてる4人の冒険者達がいた。


 男3人と女1人のパーティだ。ごく一般的な構成と言っても良いだろう。


 女は恐らく治癒を専門にする魔法使いだろうがそれほど良い腕ではない様だ。一人の骨折した腕を治すにも苦労している様に見える。


 この二人を守る様にその前で二人が戦ってるが数でゴブリンに押されている。


 このままでは男は全員が殺され女は弄ばれ子作りの苗床にされるだろう。


「どうするシメ、助けてやるか」

「それは助けるでしょう、こう言う時は」

「ここは弱肉強食の世界だからな。助けないからと言って咎められる事はない。それともう一つ冒険者の不文律と言うのがあってな。人の依頼に勝手に手を出してはいけないと言うものがある。ただし相手から頼まれた時は別だ」


「ようお前ら、助けはいるか」

「は、はい。お願いします」

「だとさ、じゃー任せる」

「なっ、何ですかそれは。あんまり冷たくはないですか」


 とは言いつつ、シメは数分で30匹近いゴブリンを片付けてしまった。


「す、すごい。ありがとうございます。お陰て命が助かりました。俺達は『クズリング』と言うパーティを組んでる者で、俺はユス、こっちがワレンで怪我をしてるのがコーレン、そして彼女はシュレーンです。貴方も冒険者ですか?」

「ええ、そう。まだ成り立てだけどね」

「そんな、あんなに強いのに」


「おい、そっちの。腕を見せてみろ」

「は、はい」

「折れてはいるが砕けてはいないので直ぐにくっ付くだろう。今治療してやる」


 ゼロは接骨をして熱取りの湿布薬を張り付けて添木をして腕を固定し、ついでに鎮痛剤を与えた。これで1-2日もすれば楽になるだろうと言って。


「あのーあの人は」

「彼は私のパートナーで薬師をしている人なの」

「薬師さんですか。道理で」


 ゼロ達は彼らを護衛する形でギルドに戻り、薬草採取の報告を済ませ、ついでにゴブリンが出たのでそれも討伐した耳を出して報酬を受けた。


 この時にゼロは彼ら「クズリング」の担当分だけは彼らに回しておいたので、彼らは討伐出来なかった違約金を取られずに済んだ。


 この事で彼らはゼロに心から礼を言っていた。今回これが果たせなかったら宿屋の払いもままならない所だったと言って。


 そしてゼロが適切な怪我の処置をしてくれていなかったらギルドで治療費を払わなければならなかったと言った。


 そうすると例えゴブリンの収入があっても全て飛んで行ってしまっただろうと言う事だった。


 こう言う細々とした約束事はシメは何一つ知らなかったので後でユスから聞いて驚いていた。


 ゼロはその点も考えてちゃんと処理していた。ただ助ければいいと思っていたシメとは大違いだ。


 そして末端の貧乏な冒険者達に取って薬草で治療出来るゼロの様な人は神にも匹敵する人だと言われてしまった。


 何故ゼロが薬草に固守するのか。シメは改めて冷たいと思っていたゼロの考えの深さを知らされた思いだった。


 これからはシメもまじめに薬草の事をゼロから教えてもらおうと思った。


 翌日ギルドに顔を出してみると何か揉めていた。それた昨日助けた「スグリング」達だった。


 何でも依頼のバフラビットの討伐依頼表を取って受けようとしたら横から取られたとか。


「これはなうちの所の奴らにやらせようと思って昨日から目を付けていた依頼だ。横からチャチャ入れるんじゃね。ぶっ殺すぞ」

「でもそれは俺達が朝一番でみつけた物です。誰もまだ手を付けてなかった物なんですよ」

「だから言ってるだろうが、俺が昨日から目を付けてたとな。わかったら消えろ」


 その時ゼロが間に入って

「おい、デカ物、ギルドの規則を知ってるか」

「何だとテメー」

「依頼は早い者勝ちだ。先に依頼表を手にした者が依頼を受ける。それがギルドの鉄則だ。テメーはその歳になってそんな事も知らねーのか」

「何だとテメー」

「そうだよな、受付のお嬢ちゃん」

「えっ、は、はい。そうです」


「そう言う事だ。お前こそ消えろ」

「テメー、クラウン『岩石ドルグ』にいちゃもん付けて無事でいられると思ってる訳じゃねーだろうな」

「クラウン『岩石ドルグ』。知らんなそんな屑クラウンは」

「テメーぶっ殺してやる」

「いいのか。ここはギルドの中だぞ。ここでやれば冒険者の身分を剝奪されるぞ」

「クソが、覚えてやがれ」


 そう言って男達は消えて行ったがこれで済むとは思えなかった。まぁいつもの事だとゼロは思っていた。


 獣人の世であれヒューマンの世であれ、屑は何処にでもいる。それがまた世の中だ。


「所であれは何なんだ。うちの者にやらせるとか言っていたが自分のパーティでやると言う事なのか」

「いえ、違うのです。彼は下に三つの下部組織と言いますか子パーティを持っているクラウンなのです。そこにやらせると言う事でしょう。言ってみれば小規模な下請けの様な物ですね」


 このギルド職員の説明でゼロは納得したがシメには何の事だかさっぱり分からなかった。


 そう言えばこれを大掛かりにした物が確か何処かであったなとゼロは思った。


 この手の奴らはしつこいからまた必ず何処かで襲って来るだろうとゼロは思っていた。


 そこでゼロはシメを臨時でパーティ「クズリング」に入れて5人でバフラビットの討伐に向かわせた。


 これなら予定数以上を狩れるだろう。そしてゼロは彼らの後ろで待機していた。


 すると予定通り昨日のデカ物ともう一人似たような男と4人の部下達が追って来た。


「ようデカ物、来たか。今度は現物の横取りをしようと言うのか」

「き、貴様、また邪魔をしようというのか。丁度いい。貴様も一緒に始末してやる」


 そう言ってその男が剣を抜いた時既に両足が切られていた。まるでストンとその場で背丈が縮んだ様に下に落ちた。


 そしてほぼ同時に周りにいた全員の首が飛んでいた。


「残っているのはお前一人だ。では聞かせてもらおうか、『岩石ドルグ』とは何だ。お前が『ドルグ』なのか」

「た、助けてくれ、いや、命だけは助けてください。俺は『ドルグ』じゃないです。『ドルグ』は俺達のボスです」

「何処にいる」

「いつもは下町のバー「『ルド』にいるはずです」

「何だ、『ドルグ』に『グルド』だ。お前舐めてるのか」

「いいえ、決して」

「そうか、なら死んどけ」


 ゼロはあっさりと片付けて全ての死体は燃やして灰にした。そこはやはり「戦場の死神」だった。


『では頭を狩りに行くとするか』

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