裏通りの魔導具店 ~大魔導師の弟子が送るのんびり生活~【改稿版】
とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化
第1話 大迷宮都市クレント
この世界には迷宮と呼ばれる謎が各地に点在していた。
誰が作ったのか。どうやって作れられたか……それらは未だ謎に包まれている。
しかも、厄介なことに迷宮内には人類よりも遥かに強く獰猛な魔獣が生息しており、魔獣達は迷宮の外に飛び出してくることもあるのだ。
ひと昔前には、迷宮から溢れた魔獣によって滅んだ国がいくつもあったという。
滅亡した国々が多く存在する中、生き残った国は迷宮内から魔獣が溢れないよう討伐及び内部の攻略を続けてきた。
数階層で最下層に辿り着く迷宮もあれば、中には何百と階層が続く迷宮もあって未だ全ての迷宮を攻略できていないのが現状だ。
ただ、迷宮という存在は人に害をもたらすだけじゃない。
迷宮内に生息する魔獣の肉や皮、骨から内臓に至るまで。迷宮内で自生する植物、壁に埋まる鉱石など。
これら迷宮から採取できる『迷宮素材』は人類に繁栄を促した。
生活の向上は勿論のこと、迷宮攻略や国防の要たる装備や魔道具の開発など、迷宮素材利用の幅は多岐に渡る。
となると、お国の王様や偉い人達はこう思うわけだ。
『迷宮という存在をコントロールさえできれば人類はより高みへと至れる』
迷宮との付き合い方も安定してきた近年、そう考える国も少なくない。
そういった考えを持つ国の一つ、ルクシア王国。
ルクシア王国内には三つの迷宮が存在しており、最大規模と評される迷宮があるのは王国東部に位置するクレント侯爵が治める領地、大迷宮都市クレントだ。
大迷宮とだけあって、既に調査完了階層は三十階以上にも及んでいるが、未だ最下層にまで到達した迷宮
専門家の推測によれば、まだまだ下層へと続く道がありそう……とのことだ。
我こそはと都市訪れる探索者の数は多く、それに比例して迷宮内から持ち帰る素材の数も多い。
故に王国中心たる王都と同等の発展規模と経済成長を持つ都市であった。
さて、前起きはこれくらいにして――今日は大迷宮都市クレントに訪れてから三日目となった中堅探索者の活動っぷりを少し追ってみようと思う。
◇ ◇
「うーん……。この剣、イマイチだったな」
メインストリートの片隅で、肩を落としながら腰に下げる剣へと視線を向ける男性探索者。
彼の名はリエンという。
短く切った茶色の髪。胸には鉄の胸当て、手足にはガントレットにグリーブといった探索者にとってスタンダードな装備を身に纏う、ごく一般的な探索者と言える男であった。
彼はルクシア王国北部にある辺境の村で生まれ、迷宮探索者に憧れて村を飛び出したという、これまた出自もありふれた男の一人である。
ただ、彼は他の探索者と比べて多少は才能があった。
十代前半で村を飛び出して探索者デビュー後、順調にランクを上げながら生活には困らないレベルでの稼ぎを得ることができていた。
ルクシア北部にある迷宮――ルクシア王国内では一番階層数が少なく、既に最下層まで調査済み――で実力を磨いたリエンは実力試しにと東部へ移動。
三日前にクレントに訪れると早速迷宮に潜ったが――結果としては惨敗だ。
いや、迷宮内で魔獣に食い殺されていないのだから「思ったように稼げない」という意味での惨敗である。
思っていた通りにいかなかった理由は、先ほどから視線を向ける腰の剣に理由があった。
「高かったのになぁ……」
ルクシア王国最大の迷宮に挑もうと決意したリエンは、財産のほとんどを『魔剣』と呼ばれる魔法効果を纏う剣に投資した。
彼が購入した魔剣は刀身に炎が纏うという効果を持ち「剣の切れ味と炎の効果で魔獣をラクラク殺害できちゃうゾ!」と大々的に宣伝されていた剣だ。
購入した場所も東部へ移動する最中に立ち寄った王都の老舗魔道具店であり、彼は鼻息を荒くしながら「国内で一番評判が良い工房が作った魔剣なんだから間違いない!」と興奮気味に購入したのだが……。
「炎が出るには出るけど……。それほど効果が無かったな」
宣伝されていた割には剣の切れ味は並。刀身に纏う炎の効果も思ったより弱い。
クレント大迷宮内を闊歩する魔獣と戦ってみたものの、この剣では三階層が限界という判断を下して地上に戻って来た。
「クレント大迷宮で稼ぐには十階層からって言われているし……。このままじゃ赤字だ」
この剣があればクレント大迷宮でも利益が得られると思っていたが、彼の目論見は見事に外れてしまった。
財布の中身は何度確認しても三日間暮らせるくらいの金しか残っていない。
このままでは非常にマズい。
大赤字を抱えた状態で故郷に戻り、昔の仲間達に笑われながら北部の迷宮で再スタート……となってしまうに違いない。
「はぁぁぁ……」
リエンは大きなため息を零し、これからどうするかと悩みながら当てもなくメインストリートを歩き始めた。
「ん?」
歩き始めて数分。
商店と商店の間にある小道の奥、メインストリートの裏通りに小さな店がある事に気付いた。
メインストリートにある煌びやかな商店や高級感溢れる大手商店と比べると随分とこじんまりとしている。
建物も木造で造られており、メインストリートに並ぶコンクリート製やレンガ造りの店と見比べても、地味で少し年季が入った――いや、正直に言えばボロい。
ただ、何となく惹かれる。
探索者としての才能を持つ彼なりの嗅覚が反応したとも言えよう。
店の正面に立ち、改めて外観を眺めても「ボロい」という感想は変わらなかったが。
「ウィッチクラフト?」
店の一階と二階の間には『ウィッチクラフト』と書かれた看板があった。
三度繰り返しになるが、すごく地味でボロい店だ。
この店の業種は不明であるが、何にしてもメインストリートに並ぶ綺麗でメジャーな店を知っていれば入ろうとも思わない。
「何の店なんだろう?」
店の窓ガラスから中を覗き込むと、棚には見覚えのある商品が陳列されているのが見えた。
陳列されていた商品は『魔道具』だ。
迷宮で使う探索者達のお供。必需品とも言える商品が陳列されている。
しかし、そうなると余計にリエンの期待感は低下していく。
老舗や大手魔道具店に雇われなかった落第生、もしくは独立を夢見た愚かな魔道具師がギリギリの予算で経営しているような「負け組」の雰囲気が店の外観から漂い始めたからだ。
王都の魔道具店も知るリエンが正常な状態であれば絶対に足を向けないような店だ。
ただ、今の彼は正常とは言えない。
「もしかしたら掘り出し物があるかも」
こういった地味な店では値段の割に良い物が眠っている……という話は定番だろう。
魔道具店として経営しているなら、取り扱い商品の中に魔剣もあるかもしれない。
一丁、この手持ちの剣と比べてみよう。
そして、この大枚叩いて買った剣が間違っていなかった事を再確認しよう、とリエンはドアを開けて店内へと入って行った。
ドアを開けるとカランカランとベルが鳴って、店主に客の存在を教えてくれる。
店の中は外観と同じように地味だった。
店内に陳列された商品の数も少なく、数種類の迷宮探索用魔道具が置かれている。
壁の脇には各種武器を立て掛けた武器棚があって、商品の配置レイアウトにも特別な雰囲気は全くない。
むしろ、魔道具店としては少し寂しいくらいだ。
特別な何かと言えば、店主の代わりに店番している黒毛の狼だろうか。
黒狼は店の奥にあるカウンターの前で寝そべっていて、ドアから入って来た客を一番に見える位置に陣取っていた。
黒狼はベルが鳴ったタイミングで顔を起こし、リエンの姿をじっと見つめてから「客か」と言わんばかりに再び眠りにつく。
「番犬か……? いや、番狼?」
店の中で狼を飼っているなんて珍しい。
リエンは首を少し傾げながらも、店内にあった武器棚へと向かう。
棚に飾られていたのは確かに魔剣だった。
魔道具店の経営主である『魔道具師』が作る武器といえば、魔法効果を付与した魔道武器なのだから当然なのだが。
リエンは剣を一本手に取って鞘から抜いてみる。
店内の壁に備えられたランプの光を反射して銀色の刀身がキラリと光った。
同時に魔剣に彫られた『魔回路』も、光を反射しながらその精巧さを見せつけるのだ。
鍛冶職人が丹精込めて打った剣に魔法効果を付与させた物だと一目で分かる。
だが、どうしてもリエンには手持ちの剣よりも劣っているように見えてしまう。
刀身をまじまじと見つめるリエンは内心で「これより俺が買った剣の方が良いよな」と心の中で呟いた。
それは彼が内心で抱くブランドイメージのせいなのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
呟いた直後、背後から若い男性の声が聞こえてリエンの肩が跳ね上がる。
先ほどの言葉は声に出していないよな、と言わんばかりに恐る恐る振り返ると――
「?」
そこにはリエンのリアクションに首を傾げる青年がいた。
金髪と晴れ渡る大空のような青色の瞳を持ち、歳は十八か十九くらいだろうか。今年で二十三になるリエンよりも若干ながら幼く見える。
「あ、ああ、すまない。剣を見させてもらっている」
「ええ、どうぞ」
ニコリと純粋な笑顔を浮かべる青年の態度を見るに、先ほどの呟きは声に出していなかったようだと彼は確信したのか安堵の表情が浮かぶ。
リエンが引き続き何本か剣を手に取って見ていると、青年が声を掛けてきた。
「お客さん、予備の剣を探しているんですか?」
青年が店主なのか、ただの店員なのかは不明であるが、客に声を掛けて目的を聞くのは至極当然の事だろう。
客の要望を聞いて、それに合った提案と回答を提示する事こそが客商売の基本である。
「予備……というか、手持ちの剣がイマイチでね」
純粋さが溢れる柔らかい笑顔に釣られてか、リエンは青年の問いに素直な回答を口にした。
それだけじゃなく、大枚叩いて買った剣が大迷宮で通用しなかったと愚痴さえも零してしまう。
「それは災難でしたね。少しその剣を見せてくれませんか?」
「ん? ああ、いいとも」
笑顔で問われ、リエンは何か少しでも現状を解決できる手助けになればと剣をカウンターに置いた。
青年は置かれた剣を鞘から完全に抜いて、刀身をまじまじと観察し始める。
次に剣の持ち手や柄の部分を観察し始めて――
「お客さん。この剣、不具合が出てますよ」
「え?」
驚くリエンを余所に、青年は柄と刀身の間を指差した。
「ここです。この刀身に刻まれる魔回路の始点、ここがおかしいですね」
魔剣とは刀身や柄の部分に魔回路と呼ばれる『文字と数字を組み合わせた魔法式』を刻む。
青年曰く、その回路の始点となる部分がおかしいらしい。
「魔獣の攻撃を受け止める時に削れちゃったんでしょうか? ここの文字が欠けているので本来の力が出せていないようですね」
そんなまさか、とリエンは内心で零す。
この剣は買ったばかりだし、使ったのは数回だけ。そもそも、最初に使った時から性能自体は変わっていない。
青年は「不具合」と言うが、リエンは内心で「粗悪品」もしくは「不良品」だったのでは、と思い始めてしまう。
「すぐ直せるんで、直しちゃいますね」
「え? あ、ああ……」
青年はそう言うと、カウンターの下から工具箱を取り出した。
工具箱の中から彫刻刀のような道具を取り出して、彼自身が言ったようにその場で
時間にして僅か五分も掛からない。
青年の軽快で手慣れた修繕作業を見つめていたら、瞬く間に作業が終わってしまう。
「これで大丈夫だと思いますよ」
青年に「試してみて下さい」と言われて剣を握った。
いつものように魔剣を起動させると――
「おわ!?」
大迷宮で使った時以上の炎が剣にまとわりつく。
それは試し切りしなくても分かるほど、魔法効果の出力は一目瞭然であった。
「凄いな。いや、助かった。ありがとう! お代はいくらだい?」
思わぬ手助けに喜ぶリエンは上機嫌で青年に修理代を問う。
だが、青年は首を振った。
「少し直しただけですから。お代は結構ですよ」
「え? そんな……悪いだろう?」
どん底かと思われた状況を救ってくれたのだ。タダというのは後味が悪すぎる。
リエンは何とか感謝の印を示したいと言うが、青年の答えは変わらなかった。
「じゃあ、今度迷宮で使う道具が必要になったら買いに来てください」
笑顔でそう言う青年に負けて、リエンは強く頷きながら「必ず買いに来る」と約束して店を出た。
店を出たリエンは剣の性能が気になり過ぎて、その足で都市南側にある大迷宮の入口へ向かう。
入場手続きを経て、彼は苦戦していた三階層で剣を試すことに。
すると、以前と比べてまるで別物のような効果を発揮したのだ。
硬い甲羅を持った魔獣を一太刀で両断できるし、剣に纏わりつく炎で鬱陶しい蜘蛛型魔獣の糸も簡単に燃やし斬ることができたのだ。
修理された剣はまさに完璧だった。
まさに「剣の切れ味と炎の効果で魔獣をラクラク殺害できちゃうゾ!」である。
購入時にリエンが抱いていたイメージ通りの代物になったと言えるだろう。
リエンは地上に戻って、準備を済ませると翌日に再び大迷宮へと潜った。
そして今度こそ、彼は想定していた通りの十階層まで辿り着くことができたのだ。
「俺もここでやっていける! やっていけるぞぉ!」
彼は「ひゃっほーい!」と喜びの声を上げながら魔獣を屠り、大量の戦利品となる迷宮素材を持って地上へと帰還。
大迷宮の入場管理を行い、同時に探索者の管理組合となる『迷宮組合』へ戻って戦利品を換金することに。
「リエンさん、順調ですね。最初の日はダメだ~とか言ってませんでした?」
戦利品の清算中、水色の長い髪を後ろで束ねた美人な女性職員に笑顔でそう言われた。
大迷宮と隣り合わせで生きるクレントの住人にとっては、安定した戦果を挙げてくれる探索者は大歓迎といったところだろう。
彼のような人物が活発に活動してくれれば、迷宮内の魔獣が外に溢れ出る『氾濫』の恐れも少なくなるし、持って帰ってきた戦利品は都市の経済を潤すのだから。
「実は不良品の剣を掴まされてしまったみたいで。でも、一人の青年が俺を救ってくれたんだ!」
リエンは喜びの声を上げながら高らかにそう言った。
窮地を救ってくれた青年に何度礼を言っても尽きない、と。
ただ、女性職員はリエンの語る青年の話を聞いて「ああ~」と何か合点がいったようなリアクションを返す。
「それってウィッチクラフトのクルツ君ですか?」
「え? 名前までは知らないけど……。金髪の優しそうな青年だったな」
リエンは脳裏に青年――クルツの容姿を思い浮べた。
中性的な顔の造りとのんびりとした優しい笑顔も相まって、相手の警戒心を一気に解いてしまうような独特の雰囲気がある。
「それがクルツ君です。彼はこの都市で一番優秀ですからね」
「一番?」
一番、と聞かされてリエンは首を傾げた。
メインストリートに並ぶ店は、他領地にも支店を持つ老舗商店や新規精鋭の貴族が出資する小奇麗な商店ばかりが並んでいる。
この大きな都市で『一番優秀』と称されるくらいなら、どうして目立つメインストリート沿いに店を構えていないのだろうか。
「そこは事情がありまして……。まぁ、とにかく彼の腕が一番なのは確かですね。彼の事を知る人は全員揃って彼の名を挙げますよ」
組合の女性職員はニコリと笑いながらそう告げる。
そう、彼女の言葉は正しい。
彼は「魔道具師」ではない。
経営する店もただの「魔道具店」ではない。
ボロい店を経営する落第生でもなければ、老舗魔道具店にスカウトされるような人材でもない。
もっと上。もっと上の存在だ。
なんたって彼は世界に二人しか存在しない『魔導師』の一人であり――最初の魔導師、大魔導師サーシャ・ベルンハルトの弟子なのだから。
※ あとがき ※
この物語は過去に投稿した小説を改稿したものです。
変更点は以下の通りです。
・一人称に変更
・設定の見直し
・中盤から後半は新規エピソード
以上となっております。
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