歪められた社 玖

2-ⅩⅩⅠ


 非常灯しか灯っていない筈のフロアが、水色の光で照らし出されている。

 その動きは激しく、上下左右に揺れ、その度に鋭い金属音が響き渡る。

 光の動きに合わせて、影が絶え間なく変化し、時に奇怪な形を作り出す。


 光源は正宗の刃。


 みどりの力を注がれた正宗は、今や眩いまでの光を発していた。

 しかしその光が翠と香織の目を射ることはなかった。

 幾度めかの結び合いの後、2人はお互いに後方に飛び退いて間合いを取った。


 「香織さん、いい加減手を退いて!」


 翠は正宗を正面に構えながら、呼び掛けた。


 いつの間に隠里の結界が強化されたのか、階下の様子を知ることが出来なくなっている翠は、焦っていた。

 無視して進もうにも、結界が邪魔をして、どうしても外に出ることが出来ない。


 「こちらにも事情があってね。悪いけど退けないわっ!!」


 香織が再び間合いを詰め、下から剣を振り上げた。

 翠は更に後ろに飛び退こうとしたが、手摺りにあたりそれ以上、後ろに下がれなくなってしまう。


 「しまった!?」


 迫り来る刃を、正宗の峰に右手を添えて受け止める。


 しかしその勢いは止められず、正宗ごと翠の体が浮き上がった。

 香織は浮き上がった翠目掛けて、龍牙力を撃ちだした。

 白い龍牙力は翠に直撃して、吹き抜けを通り越して、反対側の通路の壁に激突させた。


 翠は昏倒し掛けるが、何とか意識を保ち、立ち上がる。


 「本当、しぶといのね。」


 気が付けば香織が目の前に立ち、剣を振り上げていた。


 「!?」


 受け止めようとするが、正宗を握っていないことに気が付いて翠は、急いで横に避ける。振り下ろされた刃が、翠の髪とスカートを切り裂いた。

 翠は体勢を立て直すため、そのまま砕けたショーウィンドウから、店舗内に逃げ込む。




 香織は追っては来なかった。


 そっとショーウィンドウから外を覗くと、吹き飛ばされる前にいた場所に水色に輝く正宗が落ちているのが見えた。


 香織はまた気配を絶ってしまったようで、翠の感覚では感じられなくなっている。見える範囲では、姿も見当たらない。


 取り敢えず正宗を呼び寄せようと、店内の奥に進み、少し広くなった場所で左手を胸の前で握る。すると、指の間から水色の光が溢れ出した。


  ―血の契約により、

   我が呼びかけに応えよ―


 翠が拳を開くと、掌の上に光の珠が現れた。


  ―来よ、聖剣 正宗―


 転がっている正宗が水色の光に姿を変え、弾けて消えた。

 間髪置かず光の珠が左右に伸び、中から正宗が現れた。その刃は黒銀に輝いている。


 「手から離しちゃったね、ごめん。」


 刃先をさする翠に答えるように、正宗が僅かに震えた。


 「自分の無力さに落ち込んでもいられないね。」


 翠は、正宗の励ましを受けて、頭を切り替えることにした。


 「1階と構造が同じなら、店舗の裏に通路があるはず。」


 香織が気配を絶っている以上、正面から出るのは危険と判断した翠は、昼間、黎が横になっていた職員用通路を思い出し、店舗の奥に足を向けた。


 とにかく今は、6階のパネルを何とかしないといけない。

 これ以上、香織に構っている暇はなかった。


 香織がいつ襲い掛かってきても良いように、身構えながら奥に進む。

 レジのカウンターの向こうに扉が見て取れる。レジを迂回し扉を開けると、そこは倉庫兼事務室のようで、壁の棚にはずらっと商品が並び、中央には簡易机とノートパソコンが置いてあった。


 反対側の壁にもう一つ扉があるのに気が付いた翠は、急ぎ足で部屋を横切る。

 非常灯のおかげで、つまづくことなく扉に辿り着いた翠は、鍵を開け取っ手を回してみる。

 こういう店舗や会社内で営業時間外で仕事を行う場合、セキュリティが働いていることがある。その為、混乱を避ける為に、セキュリティを解除してから行う事になっている。藍子にそこら辺の手抜かりは無いだろうとは思うが、やはりこういうときは少しドキドキしてしまう。

 オーナーの許可を取っている上に、ここは隠里の結界の中だから、心配することはないのだが、翠は少し心配性だった。


 そっと扉を開けても、セキュリティが警報を鳴らすことは無く、ほっと溜息を漏らして、通路に出る。


 通路も室内同様、非常灯のみで薄暗かったが、その明るさに慣れた翠には、何にも問題は無かった。

 左手の方向に階段の入り口らしきものが見えた。


 翠は靴を脱ぎ、靴下のみになって出来るだけ音を立てないようにして階段の方へ進む。夏でも夜の通路は靴下の上からでもひんやりと冷たく、気持ち良かった。


 気が付けば全身汗だらけで、服がピッタリ肌に張り付いて気持ち悪い。


 「帰ったら、速攻でお風呂入らなきゃ…。」


 つい小声で呟いてしまう。


 辿り着いた場所には、ビンゴ、階段が姿を見せた。

 抜け出せるわけがないと高をくくっているのか、ここに来るまでに香織からのアクションは何も無かった。

 気配を頼りに敵と闘う翠達にとって、気配の無い敵というものは、何より厄介な存在である。


 階段を昇れば6階。その階段の踊り場の辺りに、隠里の結界の境界がある。

 普通に通り抜けようとすると、空間が歪んでいる為、そのまま元の場所へ戻ってしまう。

 正宗でもスカスカと空振りをし、龍牙力を刀身に込めて試してみるが、結果は同じだった。


 「さて、どうしよう?」


 藍子のように移空転時を自由に使いこなせれば、それがベストなのだが、翠にはまだ上手く使いこなせた試しがない。


 あとはやはり、空間を切り裂く力があれば…。

 そう考えた時、翠の脳裏にある術が浮かんできた。


  “牙神龍将がしんりゅうしょう


 姉のゆかりは、翠が開発した術だと思っているが、実際には違っていた。




 まだ、仕事を始めたばかりの頃に、暴走する龍を収めたことがあり、その時の龍が“牙神龍将”の名を冠していた。


 牙神龍将は、天界の龍牙力から産まれた龍神。

 召喚された際に、地上の毒気にてられて自我を失った。

 荒れ狂う龍神は、一時的に封印されたものの、封印石の近くで魔族が暴れた為、その影響を受けて解放されてしまった。魔族は牙神龍将の力の奔流に巻き込まれ消滅したが、龍神自体の暴走は手を付けられないものとなっていた。


 退魔師としてデビューしたばかりの翠にこの龍を収める仕事が回ってきたのは、彼女が“龍牙の申し子”と呼ばれていたから。

 翡翠一族の始祖・翡翠 楓に匹敵する程の聖色の持ち主である翠の力を試すのが目的であった。

 翠は、黎や現地の聖血族と力を合わせて、何とか、牙神龍将を収めることに成功した。

 その時のお礼として、彼の力を召喚する術を与えられたのである。




 時空間を越えて召喚される力なら、結界を切り裂けるかも知れない。

 昼間に槍牙そうがを使ったとき、いつものように力を激しく消耗することはなかった。それなら、後のことを考えてもいけるかもしれない。


 翠は、正宗を体の前に垂直に立てて構え、その峰に右手を添える。


  ―時の彼方に眠りし龍牙よ

   その鋭き牙を持ちて

   我が前に立ち塞がりしモノを

   切り裂く刃となれ―


 掌と正宗の間に生じた水色の光が、正宗の刃先に向かって伸びていく。

 刃はその形を聖龍牙力に溶け込ませ、眩い光の剣となる。


  ―牙神龍将 光破こうは


 見た目は、前回使った光波に似ているが、光は光の刃を撃ちだして対象を切り刻む術。


 だが光は、その光の刃で直接、対象に斬り付ける術。正しく光の剣であり、その刃には膨大な力が凝縮されている。


 牙神龍将の力を召喚しているとはいえ、その基礎となるのはやはり翠自身の力であり、威力を最大限に発揮する為には、翠の力の消耗は避けられない。大きな力を使うには、大きな受け皿が必要となり、その重さに堪えうる強靭さが必要になる。

 ただ構えているだけでも、翠の力はどんどん消耗していく。


 「……やっぱり、きついわね。長くは持たないか…。」


 翠は、上方に張られた隠里の結界を切り裂くため、片足を階段にかけて正宗を下段に構えた。


 光破の光りが辺りを照らしだし、翠の影が境界の歪みの中、不気味に揺らめいている。

 翠は息を大きく吸って下腹に力を込めて、気合一閃、正宗を振り上げた。


 光の刃は結界と衝突し、激しい火花を散らす。


 「裂~け~ろぉーーっ!!」


 こうなれば、香織のことを気にしている場合ではなかった。

 翠の考えどおり、光破の刃は隠里の結界をしっかり捉えている。


 柄を握る手に力を込めて、更に押し込む。次第に刃は結界に食い込み始めた。火花が一段と激しくなるが、気にしている暇はない。


 「牙神龍将っ!もっと力をっ!!」


 まだ力が足りないのなら、と翠は更なる力を求めて、牙神龍将に呼び掛けた。

 すると、光破の刃が一段と輝きを増し、それにつれて結界に避け目が生じ始めた。


 ここからはもう、力押ししかない。


 翠は全体重をかけて正宗を振り抜いた。

 光の刃は結界を切り裂き、勢い余って階段の壁まで切り裂いた。

ここは隠里の結界内だから、幾ら壊れても気にすることはない。まだ余波で火花を散らす裂け目の向こうには、薄暗い階段が覗いている。


 光は次第に明るさを失い、正宗の刃が姿を現した。


 肩で息をする翠は、正宗の刃に異常がないことを確かめて、ほっと安堵の溜息をついた。


 「お疲れさま、正宗。」


 翠の言葉に答えるように少し震えた正宗は、そのまま翠の手の中からその姿を消した。


 「さぁ、行かないとね。」


 翠は一呼吸置くと、結界の裂け目が再び閉じる前に、外に向かって飛び出した。




 香織は少し離れた位置で、この一部始終を見ていた。


 「…まさか、空間を裂く術があるなんてね…。」


 計算外のことに香織は、少なからず驚いていた。こうなると、結界を張っていても意味はない。

 それに、下の階から弟の気配を感じる。まだ少し弱々しいものの、しっかりと動いているのが感じられる。

 どうやら、紅蓮の術から解放されたのだろう。

 つまり、これ以上、香織には翠を倒す理由がなくなったのである。


 「今回も私の負けね…。」


 香織は少し表情を歪ませ、溜息をついた。


 結界の裂け目はすでに閉じている。


 龍牙の申し子の前では、長い年月を掛けて創り上げられた結界も形無しである。


 外からは、翠が6階へ上がっていくのが気配で解る。


 「今度は、正真正銘、正々堂々と闘いたいわね。」


 香織はそう呟くと、雷應の許へ戻るため、翠とは逆に下に向かう階段を降り始めた。




2-ⅩⅩⅡ


 身体を縛っていた白い力が突然、緩んだ。

 目の前、手を伸ばせば届きそうな位置に、大きな力がある。

 この力を手に入れれば、あの男に復讐ができる。

 地獄の底におとしめることができる。


 長い間、狐に諭されて、暗闇の中で眠っていたが、突如として、何らかの力で無理矢理叩き起こされてしまった。

 女性の霊は、再び我が子を求めて彷徨い、復讐するために力を求めた。

 一生懸命になって諭そうとする狐を振り切り、上空に留まっている力の塊に手を伸ばした。しかし、後少しといった所で、白いもやのような力に捕まってしまった。

 上下左右に小刻みに振るえるその力は、幽体に網のようにまといついた。


 この力を吸収しようにも、何らかの意志が働いているようで、女性の霊の自由になることはなかった。

 ところが、不意に力の拘束が解けた為、女性の霊は壁をすり抜けて部屋に飛び込んだ。




 そこは大小さまざまなパネルが飾られた展示室だった。そのパネルにはどれも僅かながら力が感じられる。だが、求めるものはすぐに見つかった。


 宿した力の差があまりに大き過ぎるため、迷うことはない。


 その上、目立つように入り口を入って正面の壁にでかでかと飾られていた。

 眩い光を纏った水色の龍が、牙を剥いて上空を漂っている。まるで今にも動き出しそうなその迫力に、女性の霊はさすがに近付くのを躊躇ちゅうしょした。




 「駄目よっ!それに近付かないでっ!!」


 突然、聞き覚えのない声で叫ばれて、女性の霊は振り向いた。


 そこには、水色の髪をした女の子が肩で息をしながら立っていた。


 「その力は、あなたの手に負えないわ。」


 水色の髪の少女が、ゆっくりと近付いてくる。彼女からは、パネルに宿る力と同じ気配を感じる。少女の動きに合わせて、少しずつ後ずさる。


 このままでは折角の力を奪われてしまう。


 下に、あの憎き男がいる。この力さえあれば―。


 女性の霊は、少女の不意をついて突進をした。

 少女は難なくそれを避けるが、そんなことは関係なかった。女はその勢いでパネルまで飛んでいった。


 「しまった!?」


 少女は慌ててパネルに駆け寄ろうとするが、遅かった。

 女性の霊がパネルに手を突くと、パネルに宿っている龍牙力が一気に腕を伝って流れ込んできた。


 『かはっ!?』


 女性の霊は急激に流れ込んでくる膨大な力に、身体を大きく振るわせる。




 「手を離しなさいっ!」


 翠が女性の霊を引き離そうと手を伸ばすが、身体に触れようとした途端、バチッと音を立てて弾かれてしまった。

 あれは、翠の力の残滓ではあるものの、正確には彼女が召喚した力。何も無ければ、問題なく解放して力を霧散できたのだろうが、こうなってしまっては、何とかして女性の霊を引き離して力の流れを絶たなければ、解放することはできない。


 翠は、女性の霊を中心に渦を巻きはじめた龍牙力に手を突っ込んだ。


 「こ、の…っ!」


 渦の流れに持って行かれそうになる身体を必死に堪え、腕を伸ばす。

 女声の霊と繋がってしまった力は、その意志を反映するかのように、翠の侵入を拒み、その白い肌を傷付け始める。幾筋もの傷から血が噴き出るが、構わずに翠は渦の中に身体を埋めた。渦の勢いで身体が浮きそうになるが、あと少しで女性の霊に手が届く。


 「翠っ!あまり無理すんなっ!!腕が千切れっぞっ!!!」


 展示室の入り口には、黎が駆けつけていた。


 「あと、少しだからっ!」


 翠が更に手を伸ばすと、ついに女性の霊の右肩に触れる事ができた。だがその途端、翠は再び弾き飛ばされて、吹き飛んでしまう。


 飛ばされた翠を黎が背後から受け止める。


 「無理すんなって…。」


 黎が少し心配そうな表情で覗き込む。


 「だって、あと少しだったんだもんっ!」


 翠は目を逸らして、悔しそうに呟いた。

 そうこうする間にも、女性の霊は、龍牙力を吸収し、それに合わせてその身体が大きく膨らんできていた。


 「これは…。」


 女性の霊は、その姿を変えようとしていた。


 「あいつの強い憎悪が、大きな力に反応して変化が始まったんだろ。」


 よくある事だと、黎は冷静に説明するが、翠にとっては初めての経験だった。


 「特に霊体は影響を受け安い。想いがそのまま形となり、力が備わればそれに合わせて変化が始まる。」


 怨霊ならば、魔物になることもあり得るという。


 「魔物になったら、どうなるの?」

 「そいつの意識レベルにもよるが、大概が力を抑えきれずに暴走し、破壊の限りを尽くす。」


 放っておけば、やがて力を使い果たして消滅するのがオチだと言うが、被害を考えると当然、消滅を待つことなんてできるわけもなかった。


 「止められないの?」

 「始まる前なら、力から切り離せばOKだったんだが、今、止めたら行き場を失った力が爆発をおこしてここら一体は瓦礫の山になんだろうな。」


 女性の霊は、憎悪で醜く歪んでいた顔が生前の頃のように綺麗な顔になった。

 しかし身体は逆に長く伸び、腕や足には鱗のような物が浮き出てきていた。

 ぐんぐん伸びていく身体はやがて蛇の身体となり、身の丈は10メートルを優に越え、展示室の中はとぐろを巻く化け蛇で充たされた。


 「…大きい……。」


 蛇の尻尾で前後左右を囲まれてしまった翠と黎は、一先ず結界を張って蛇体の侵入を防ぐ。

 渦を巻いていた龍牙力も次第に収まり、終には変化を遂げた化け蛇が姿を現した。


 「濡れ女?」


 翠は外見から、化け蛇の名前を呟いてみるが、黎があっさりそれを否定する。


 「馬鹿言うな。濡れ女はこんな小さくねぇ。あくまで憎悪の念からそれに相応しい姿に変わっただけだろう。」


 濡れ女は、尻尾だけで300メートルは越すといわれるとても巨大な妖怪であり、姿は似ていても、全然、別物である。


 上半身は生前の姿そのままのため、思わず見惚れてしまいそうになり、翠は首を左右に振って、気持ちを切り替える。


 その時、化け蛇と化した女の口から、言葉が紡ぎ出された。


 『憎い…。』


 その声も、普段聞く魔物のしゃがれた声とは正反対で、憎悪にくらく沈んでいるものの、とても綺麗な声をしていた。


 「意識があるのか…。」


 状況的に暴走するだろうと踏んでいた黎は、少なからず驚いていた。


 「と言うこたぁ、このままだと、あいつぁ、魔族の仲間入りだな。」


 黎の言葉に、翠が振り向いた。


 「そんなことにはさせないから。」


 翠も藍子も、そして冬花もこの母親と子供を救うためにここにいる。

 藍子には癒しの力が、冬花には浄化の力が、そして翠には魔性転成ましょうてんせいの術がある。


 「なら、何とかして奴を弱らせるんだな。」


 これは藍子が受けた依頼。

 翠があまり手を出すのはルール違反だが、そんなことに拘る翠ではなかった。


 『憎い……憎い…憎い…。』


 化け蛇はその美しい顔で翠たちを視界におさめる。


 『邪魔をしないで。あの子を守るのに力が必要なの。』


 暴走とは程遠い、落ち着いた声で化け蛇は翠たちに懇願する。


 「気を付けろ。魔物は相手を魅了する。」


 化け蛇の声に惹き込まれそうになっている翠に、黎が耳打ちした。


 「ん、ありがとう。」


 術中にはまらずに済んだ翠は、黎に短くお礼を言った。


 「おめぇは、昔から美人や可愛いもんに弱ぇからな。」


 幼い頃から一緒にいるだけあって、翠の趣味趣向もよく知っている。


 「うっっさいっ!」


 翠が黎の頭を軽く小突く。


 『邪魔、するなぁ~~っ!!』


 2人のプチ漫才を余所に、化け蛇が上体を持ち上げて大きく叫んだ。するとそれに呼応するかのように、部屋全体が揺れだした。

 足元からビシビシと音が聞こえる。

 逃げる暇もなく、翠たちは崩壊に巻き込まれる。


 「ま…またっ!?」


 崩れた床は一階分に止まらず、5階、4階と重さを増して崩れていった。




2-ⅩⅩⅢ


 隠里の結界が解けたことで、黎が翠の許へ飛び出して行った後、藍子たちの前に、香織が姿を現していた。


 「すまねぇ、姉ちゃん。」


 雷應が申し訳なさそうに、身体を縮こまらせて謝る。


 「その話は後よ。それより…。」


 香織は雷應の背中をポンポン叩いた後、藍子の前に進み出た。


 「状況はもう、解っているのでしょう?」


 藍子の後ろには、綾子と明羽がいる。

 綾子は少し警戒しているようで、明羽の後ろに庇われる形で香織を睨んでいた。


 「身内の魂を人質に捕られていたのだから、仕方ありません。」


 人の姿で力を封印しているとはいえ、元魔王である黎にすら気配を感じさせない魔物。圧倒的な力量差に、言いなりになってしまうのは仕方のないこと。と、藍子は香織の行動を許してしまう。

 ただ、魔族と戦う聖血族としては、一番やってはいけないことだと、たしなめるのも忘れない。


 甘い藍子に、綾子が文句の一つでも言ってやろうと、香織の前に進み出たとき、藍子の足元で大人しくしていた冬花が突然、唸り声を上げだした。


 「どうやらあの娘さんは、間に合わなかったようじゃの。」


 毛を逆立てながら、上空を見上げている。


 「障壁を解くのが早すぎたかしら?」


 隠里の結界を切り裂いて力を消耗した、翠の邪魔にならないようにと、早めに解いたのが仇になったらしい。


 「明羽さん、皆を連れて非難して下さい。香織さん、お願いできますか?」


 藍子が真剣な顔で指示を出す。


 「私で良いのか?」


 香織は綾子と翠の命を狙った者。


 「もう大丈夫でしょう?」


 藍子は、香織に信頼を寄せているらしい。それに気付いて、香織はしっかり頷き、雷應に向き直った。


 「俺も、あんなヘマは二度としない。」


 紅蓮に魂を抜かれて迷惑を掛けたことで落ち込んでいた雷應は、汚名挽回とばかりに胸をはった。


 「前田さんと斎木さんはついて来て下さい。お2人の命は私が守ります。」


 前田はオーナーであり、斎木は地主である。

 その上、斎木は事件の発端の当事者でもある。


 「力を得た彼女はあなたの命を狙ってくるでしょう。私達は命を賭してでもあなたを守りますが、最終的にあなたを守るのはあなた自身です。神に仕える身として、これ以上、恥ずべきことのないようお願いします。」


 聖職にありながら、ギャンブルに酒に溺れ、結果、邪霊を呼び寄せ、妻子を死に至らしめた。


 「全部、解っているのか?」


 斎木の不安そうな顔に、藍子が静かに頷いた。


 「冬花さまは、あなたの妻子の霊を鎮めるために、この地に遣わされました。」


 斎木は藍子の足元で見上げる狐を見た。


 「お主も神主なら、いい加減、心を決めよ。」


 冬花の言葉に、斎木が膝を突いて頭を垂れたとき、突如、建物が揺れ始めた。


 「な、何っ?」


 綾子はこけそうになり、慌てて目の前の香織にしがみ付いた。


 「これは…。」


 藍子も香織も上を見上げている。


 「来るぞ、みな、気を付けよ!」


 冬花の言葉に、香織と雷應が綾子と明羽を連れて、安全と思える場所まで退避して行く。

 藍子は斎木と前田の安全を確保する為、結界を張る。


 上の階が崩壊し始めた。


 「ここは危ない。取り敢えず上に何もない場所まで移動じゃ。」


 中央は吹き抜けになっている。

 そこなら、崩れる天井の下よりは安全だろうと、冬花が3人を先導する。


 吹き抜けから上を見上げると、展示室のあっただろう場所の床が抜けて下に落ちてきているのが見えた。

 どんどん下の階の床をぶち抜いて、落下してくる。


 その中に、大きな蛇が見え隠れしている。


 「翠ちゃんは?」


 翠と黎、2人の気配はしっかり感じられる。無事であることは解るが、崩壊する瓦礫と化け蛇に囲まれていて、その姿は見えない。


 そうこうする内に、崩壊は1階まで進み、地下まで新しい吹き抜けが出来上がった。

 もうもうとたち込める粉塵に視界を奪われるものの、藍子が張った結界で目がやられることはない。


 オーナーである前田にとっては、もう散々である。きっと、随分前から、頭の中では修理費等の計算が行われているのかもしれない。


 やがて粉塵の中から、何か長いモノが飛び出してきた。


 それは、藍子の結界に阻まれ弾き飛ばされたが、続けて鞭のように振り下ろされる。


 それはとても大きな蛇の尻尾だった。まるで巨木のような尻尾が、しなやかに藍子の結界を打ち付けくる。


 『邪魔をするなっ!どけぇ~っ!!』


 粉塵に覆われた場所から、綺麗だが恨みのこもった女性の声が聞こえてきた。それに続いて、粉塵を吹き飛ばして、邪悪な力の塊が藍子達を襲う。

 続けざまに撃ち込まれる邪気に、まだ力を回復しきれていない藍子がふらつく。

 邪気によって粉塵が吹き飛ばされ、地下から巨体を持ち上げた化け蛇が姿を現した。


 「香奈っ!?」


 蛇の上体は美しい女性の姿をしていて、それは昼間、藍子が冬花に見せられた残滓の記憶の中の母親そのままの姿だった。

 あれほど言われても、やはりまだ半信半疑だった斎木は、妻の変わり果てた姿を見て愕然とした。

 斎木の声に呼ばれて、藍子を睨みつけていた化け蛇が、視線を向ける。


 『あなた、征樹まさきは何処?』

 「征樹?」


 斎木は状況をあまり把握できていないようである。


 「彼女は今でも、子供を捜しているのじゃ。」


 冬花の言葉に、斎木は自分が子供の肉体に施した封印を思いだした。


 『どんなに捜しても見つからないのよ。あなた、知らない?』


 その声は、生前のものと変わらず、斎木は思わず一歩、足を踏み出しそうになる。


 「駄目よっ!」


 結界の外に出ようとする斎木を、藍子が腕を出して塞き止めた。


 「どうやら、魅了を使うようじゃの。気を付けよ、あの者の声に耳を傾けてはいかん。」


 冬花は結界を抜け出し、化け蛇の顔の前に進み出た。


 『あなたの声には聞き覚えがあります。私に深い眠りを与えた声。』


 悲しそうな化け蛇の声に、冬花は表情を少し歪ませた。


 「わらわに魔物の魅了は効かぬょ。それより、お主の子供はわらわが預かっておる。復讐はやめて、天を目指すのじゃ。」


 魔物になったばかりなら、まだ神力による浄化の力で何とかなるという。改心し、浄化を受け入れるのなら、子供の霊と共に神の御許みもとへ導こうと提案していた。


 「香奈、許してくれっ!あの時はどうかしてたんだっ!!」


 斎木が結界の中で、化け蛇と化した妻へ詫びる。


 『…どうか、して、た……?』


 悲しげだった香奈の顔が、みるみる醜く歪んでいく。


 『どうかしてたで、片付ける気?』


 その声も、冥く重いものになっていく。


 「お、おい、大人しく引っ込んでいた方が良かったんじゃないか?」


 前田が、斎木の腕を引っ張って下がらせようとしている。


 『そんなことで、私もあの子も、皆から見捨てられたのっ!?』


 香奈が頭を抱えて、悶え始めた。


 「冬花さま、下がって下さい!」


 藍子の言葉に冬花は、距離をとった。


 「香奈よ、気を治めよ!乱れた心では、天には昇れぬよっ!!」


 冬花が諦めずにさとそうとするが、既に香奈の耳には届いていなかった。


 『…ずっと、ずっと待っていたのに……、あなたも、父も、母も…誰も来てくれなかったっ!!』


 香奈の叫び声から、悲しみの念波が溢れだす。

 その波は広がっていき、結界を越えて、藍子や斎木達の心に冥い冥い感情を呼び覚まそうとするかのように、訴えかけてきた。

 ズシンと重い感情に、藍子達は知らずに涙を流していた。


 「気持ちは解らんでもないが、わらわはお主を救いたいのじゃ。さぁ、気を治めて、わらわの手を取るのじゃ。」


 冬花が短い前足を精一杯伸ばして、香奈に救いの手を差し伸べる。


 『………。』


 香奈は僅かな間だけ、静かにその小さな手を眺めるが、次の瞬間には、冬花に向けて邪気を放っていた。


 「冬花さまっ!?」


 藍子が慌てて、冬花の前に結界を張ろうと構えるが、それよりも早く、冬花の目の前に、水色の障壁が現れて、邪気を防いでいた。


 「冬花さま、あまり無理をしないで…。」


 化け蛇の胴体がいまだに埋まっている地下の瓦礫の中から、翠の声がした。瓦礫が揺れたかと思うと、その下から翠を抱えた、白と紫の鎧に身を包んだ鬼が姿を現した。


 「ひっ!お、鬼っ!?」


 前田が斎木と共に、再び腰を抜かしていると、その鬼から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「行けるか、翠?」


 約2階分の背丈を持つ紫の鬼は、1階の床に翠を降ろしながら聞いた。


 「大丈夫。」


 翠が短く返事をした時、香奈が大きく動き出した。


 『あなたたちも、邪魔をするのね!』


 香奈の顔は醜く歪み、どんどん蛇に近付いていっていた。


 「もう駄目じゃ、わらわの神力では元に戻すことは出来ぬ。」


 冬花が藍子の足元に降りてきて、落胆の声で呟いた。


 「大丈夫です。諦めないで下さい。いままで頑張ってきたのですから。」


 絶対にその頑張りは報われなければいけないとばかりに、藍子は力強い表情で冬花を励ました。


 「藍子姉、ごめん。間に合わなかった。」


 翠が藍子の許に駆け付けてきた。

 後ろには、黎が穏鬼おんきの姿のまま小さくなって、近付いてきている。


 香奈は上に、上に昇って行き、頭が6階の天井に届きそうなところで動きを止めた。


 「それがお主の本当の姿か?」


 冬花が、苦い顔で黎を見上げる。


 「まさか、こんな所で元に戻ったら、オメェらがぺちゃんこになっちまわぁ。」


 黎が表情の見えない兜の下から、軽く答えた。




 上空から、悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 見上げると、蛇と化した香奈が口を大きく開き、その前に邪気を溜めようとしていた。


 「デケェのが来っぞっ!!」


 黎が叫んだ途端、見る間に大きくなった邪気の塊が放たれた。邪気は周囲のものを巻き込みながら、翠達に迫ってくる。

 黒く禍々しいその塊に、斎木達は頭を抱えてうずくまる。


 「藍子姉、この仕事、私も一緒に受けたことにするからね。」


 翠はそう言うと、藍子の返事も待たずに、邪気の塊に向けて聖龍牙力を撃ち放った。

 翠の周囲には、他にも小さな水色の光の珠が現れ、先に撃ち出された龍牙力に向けて、力を注ぐように幾筋も光を送り始めた。


 「考えましたね。」


 撃ち出す時に力を溜めていたのでは、時間が掛かり過ぎる。その間に邪気が迫ってきて、撃ち出しても近場で大爆発――。かと言って、あれだけの邪気を防げる結界や障壁は、瞬時に張れるものではない。

 ならばと翠が取った行動は、小さくても核となる力を先に撃ち出し、それに向けて、無数の注入口を開き、力を一気に注ぐことだった。こうすることで、衝突位置を少しでも遠くに設定することが出来る。たとえ邪気が耐えたとしても、その分、力は削がれているはず。

 あとは衝突の押し合いの間に、立派な結界も作れるというもの。

 小さかった聖龍牙力の珠は、邪気と衝突する頃には、それに匹敵する大きさとなっていた。


 そして、爆発。


 二つの力が衝突し、激しい爆風を周囲に振り巻く。


 藍子は、結界を更に強化し、翠と黎を招きいれた。結界の中は無風で、周囲の惨劇が嘘のようである。

 爆風に巻き込まれたショーウィンドは粉々に砕け、振動や崩壊で弱くなっていた壁や柱が、爆風に耐えられず、吹き飛ばされていく。


 「綾ちゃんたちは大丈夫かしら?」


 翠が綾子達の気配がする方へ、視線を向けると、入り口の辺りに白い結界が張られているのが見え隠れしていた。


 「香織さんたちがいるから、大丈夫ですよ。」


 藍子が、額に汗を浮かべながら答えた。


 「まったく、お主達は無茶ばかりするのだな。」


 冬花が藍子の脛に手を当てて、神力を流し込み始める。


 「冬花さま…。」

 「お主の身体を通すことで、わらわの力をお主のものとする。大して役に立たんかも知れぬが、使うが良い。」


 藍子の力は聖龍牙力。


 神降ろしで、体内に神力を溜め込んでいたとはいえ、藍子が自由に使える力ではない。

 それでも、冬花から流れ込んでくる神力は、回復しきれていなかった藍子に、衝撃に耐えるだけの力を与えていた。


 「不思議ですね。とても気持ち良い…。」


 苦しそうだった藍子の顔に、余裕が戻った。


 「油断すんなっ!来るぞっ!!」


 押し合いしていた邪気と聖龍牙力。

 勝者は邪気だった。


 邪気が翠の聖龍牙力を霧散させ、再び藍子の結界目掛けて迫ってきた。

 しかし、大きさは3分の1以下で、その存在も爆風を受けて霧散し掛けている。この程度なら、強化した結界で楽に受け止められる。

 結界に届く頃には、邪気の塊は拳大まで小さくなっていた。


 しかし、その威力は見た目以上で、その小さな塊が結界にぶつかると、再び大きな爆発が起こった。


 脆くなっていた床はひび割れ、それを察知した黎が、衝撃が産み出した影響力を吸収して、床の崩壊を防いだ。自分が得意とする龍牙力とはいえ、いわば、野生の猛獣を捕まえるようなもの。

 黎の腕には、その分の衝撃が襲い掛かり、鎧にひびが走り、思わず膝を突いてしまった。


 「大丈夫、黎?」


 翠が黎の鎧に覆われた腕を撫でる。


 「…心配すんな。この程度、何でもねぇ。」


 黎はぶっきら棒に答えた。その言葉を証明するように、鎧に入ったひびはすぐに消えていった。


 「翠ちゃん、手伝ってもらえますか?」


 結界を維持しながら、藍子が翠に視線を向ける。


 「もちろんっ!」


 翠は当然とばかりに、うれしそうに返事をした。


 「それじゃぁ、まずは私が力を削ぐから、えっ…と、香奈、さんだっけ?正気に戻してね。」


 翠が黎と共に、結界から出て行く。


 「お、おい。大丈夫なのか?」


 前田が、あれほどの爆発を起こせる魔物相手に戦えるのかと、心配していた。隣に立つ斎木は、絶望からか呆然としている。


 「斎木さん、私達は彼女を救うことに、全力を傾けるわ。でも、その後で、罪を償うのはあなたよ。」


 その声に立ち止まった翠が、斎木の前に仁王立ちして言った。


 「……つ…み………。」


 それでも斎木は呆然としたままで、翠は藍子にあと宜しくと合図して、先に出ていった黎の後を追った。


 藍子は斎木の肩をポンポンと軽く叩く。


 「冬花さま、翠ちゃんたちが戦いやすいように、私達も退避しましょう。」


 このままここに留まっていては、邪魔になるとの判断に、冬花も頷いた。


 「ほれ、しっかりせぃっ!」


 冬花が斎木の頭を小突いた。正気に戻った斎木は、前田に半ば引きられるようにして、その場から動き始めた。




 黎に追いついた翠は、その左手に再び正宗を呼び出していた。


 「最近、酷使続きだな。」


 正宗の状態異常に黎は気が付いていた。


 「ばれてた?」


 正宗をさする翠は、少しバツが悪そうに微笑む。


 「そいつには悪ぃが、今のお前とじゃ、釣り合いが取れてねぇんだ。」


 封印の解けた翠の力を支えるだけの器量がない。だからひびが入る。


 「香織さんにも言われた…。」


 淋しそうに正宗を見詰める翠。

 正宗は、翠が初めて手にした剣。

 修練の時からずっと一緒に戦って来た相棒であり、何度も助けられている。

 正宗は翠にその身を預け、翠も命を預けている。

 だが、それ故に、翠は正宗を手放す決心をしなければいけないかもしれない。



 正宗が折れてしまう前に――。

 正宗まで死なせてしまう前に――。



 翠は正宗を額に当てて、目を閉じる。

 すると、正宗から柔らかな温もりが伝わってきた。


 正宗に意志があるわけではない。

 何らかの精霊や妖精が宿っているわけでもない。

 だから、正宗が反応するのは、周囲の力の影響と言われればそれまでのこと。

 だが、それだけでは到底説明の出来ない反応を、正宗は何度も示している。


 物には、長い年月を経て意志が宿るものもあるという。


 いわゆる、九十九神(つくもがみ)と呼ばれる神や霊魂の一種である。また、強く想いを寄せた物にも、意志が宿ることがある。


 翠は正宗を大事にしている。


 命を預けているのだから、当然と言えば当然なのだが、その想いが正宗に蓄積し意志を形成したとしても可笑しくはなかった。




 神剣・聖剣・邪剣・魔剣。


 不可思議な力を秘めた刀剣は、長い年月を経て偶然に産まれるものも少なくはない。

 それが折れれば、元通りに修復することはまず無理と言っていいだろう。


 正宗も同様である。


 聖血族用に創られたとはいえ、もとは変哲のないただの刀剣。それが長い年月、持ち主を替えながら魔族との戦いの中で龍牙力に触れ続けた結果、聖剣に昇華した存在である。

 ――折れてしまえばそれまで。


 正しく、正宗にとっては“死”と言っても過言ではない。


 だが、翠には、正宗が死を怖れているようには思えなかった。最期まで、全力で翠を助けようとしている気がしてならない。


 「剣にとっちゃぁ、戦場で主と共に戦い、守って折れるのなら、本望だろうよ…。」


 従鬼である黎は、ある意味、正宗に近い存在である為、その気持ちが解るのかもしれない。


 「惜しむらくは、その後の人生を共に歩めねぇことだけだ。」


 黎の言葉に、翠は迷いを断ち切ることにした。


 今まで、無理をさせながらも、折れてしまうことに危惧を抱いていた翠は、その想いがどれだけ正宗に失礼だったか、黎の言葉に気付かされた。


 「最期まで、めぇいっぱい使ってやれっ!」


 黎の言葉に賛同するように、正宗が刀身を水色に輝かせた。





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