第9話


「どうしてそう思いに?」


「私が同じ立場なら真っ先に復讐を考えます」


デミアン卿の言葉は堂々としていて自信のようなものを感じた。

まだ何か隠して…


「それだけですか?」


「服屋で、寒色のドレスを購入していましたね」


「見られていたのですか?」


「使用人に監視させていました」


「そうですか…」


マリーに似合うと言われた暖色のドレスは、私にとっては仮面のような存在で、

侯爵家令嬢としての表面的な私を取り繕ってくれる。


寒色のドレスは仮面は外した本来の私。

復讐に駆られた哀れな令嬢。


1着ほど持っておきたかった。


思ってもみなかった方向に話が進んでいっているが、目標を達成する上では、決して悪くない進み方だ。


「ローズ様が復讐を望むなら、私に協力させてください」


「私の復讐は危険です、

失敗に終わるかもしれませんし、命を失うリスクもあります」


「それはわかっています…」


デミアン卿から伝わる緊張感が、私まで緊張させる。


人生の岐路に立たされているようだ。


「1つ伺ってもよろしいでしょうか」


髪の隙間から見える鋭い眼差しに、首を縦に振らざる負えなかった。


「ローズ様の復讐の過程で、私たちロバート家は

没落しますか?」


「何かしらの被害を被ることにはなりますが、没落まではいかないかと」


「そうですか…

協力する上で、1つお願いしたいことがあります」


「お願いですか?」


「ロバート家を没落させてください」


デミアン卿は拳を強く握りしめた。


緊張感にも勝り、

デミアン卿の瞳には希望が満ち溢れていた。


「諦めかけていた私の夢です。

公爵家の人間は不幸を味わなければなりません」


嘘をついてまで、

自分の家門の没落を口にする貴族など存在するのだろうか…


私にはデミアン卿のその言葉が、心からの

願いのように感じた。


「本来なら私がデミアン様にお力添えをお願いする立場でした…」


あっという間に話が進んでいく。


「デミアン様の夢は私が叶えて差し上げます」


「ありがとうございます」


瞳から涙を流し始めたデミアン卿は、

膝をつき、私に忠誠を誓った。


デミアン卿の復讐に対する執着がここまでとは思わなかった…けれど決して信用はできない。


しばらく様子を見つつ、タイミングが来たら婚約という形に持っていく。


「すでに計画はできあがっています。

明日の朝、旧王宮に来てもらうことは可能ですか?」


「デミアン邸は色々と人が多いですから…」


「もちろんです」


……


私にはもう1つ予定の入っていたこともあり、

デミアン様たち一行とはここでお別すせることとなった。


「デミアン様、今日はありがとうございました」


「こちらこそです。では、、」


デミアン様は何か言いたいげだったが、

その言葉は喉の奥に飲み込んだようだ。


馬車が見えなくなるまで送り届け、

今日、帯同してくれた使用人たちを集めた。


「今日は、急な出来事にも臨機応変に対応してくださり助かりました」


「これからデミアン様一行と関わることが増えると思います。今後とも、今日のような素晴らしい対応をお願いします」


公爵家のご子息と関わりが増える、

それが意味することは1つしかない。


使用人たちは驚いたような顔を見せたが、

すぐに明るく嬉しそうな顔に変わった。


私がデミアン様と婚約することになれば、

使用人たちは今よりも、もっといい生活ができることが確約される。


婚約の可能性、

そのことを喜んでもらおうとは思わない。


私の狙いは、期待値を上げることだ。


期待させておけば、使用人たちの士気が

いっそう引き締まる。


「その日が来るまで、改めてよろしくお願いします」


本当にありがとう。

その言葉は、いつか復讐が叶った日にとっておこう。


最後まで残ってくれた人たちへの、見返りは絶対に忘れない。


……


公園を出発し、

街の一角にある、とある酒屋へと向かった。


「お嬢様、本当に1人で大丈夫ですか?」


「大丈夫ですソフィー、

ここは私1人で行かなければなりません」


「わかりました…」


酒屋というものは、

耳馴染みはないものの、どのような場所かは知っている。


1部の貴族は、酒屋を裏から経営したり、

大量の口止め料を払って通っているという噂もあるが、多くの貴族には馴染みの薄い場所だ。


行っていることがバレたりしたら、

大事に発展しかねない、そんな場所だ。


私も訪れるのは初めてだ。


「では、行ってきます」


マジック酒場・ヴァン。

ここに私が求めている駒となりえる人物がいる。


「いらっしゃい」


店内には、カウンター席とホール席が同じ数用意されていた。


多種類のワインとマジックで使われる道具が綺麗に並べられた、シンプルな内装だ。


店内には店主が1人、グラスを丁寧に拭いていた。


「おっと…」


笑顔で向かい入れた店主だったが、

私の服装を見てすぐに顔色を変えた。


「俺は店主のパウロだ、

お嬢様はちょっと歓迎できないな、後で面倒なことになりたくないからね」


この人だ。


「テキーラをロックで2つ、

ウォッカをロックで4つ、

ラムをロックで4つ、

ラムだけ持ち帰りで」


仕事を依頼する際の隠語、これであってるはずだ。


「ほほぅ」


パウロは拭いていたグラスを、軽く中に浮かせた。


そこからは一瞬だった。


私がグラスに気を取られているうちに、

肩を捕まれ、そのまま引き寄せられる。


中に浮かせていたグラスをキャッチし、私の首に

突きつける。


身動きが取れない…


いつの間にか、グラスはアイスピックへと変わっていた。


「ここはマジック酒場、

こんなことが平然と起きちゃう場所」


「お嬢ちゃん、なんでその隠語を知ってる?」


血が首筋をゆっくりと流れていくのを感じた。

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