月を見上げるとそこには君

イチゴミルク

君がいた

 月を見上げるとそこには君がいた。

 長い黒髪を風になびかせている。

 あの子はそこで何をしているのだろう。

 僕は月を見上げるとビルの屋上に今にも自殺をしようとしている人が目に入った。

 「おーい!そこで君は何をしているの?」

 僕は気になり、彼女に話しかけることにした。

 話しかけてみると彼女は摩訶不思議そうに僕を見つめる。

 見つめあい30秒くらい沈黙が続いた。

 「今からそこに行くからそこで待っててね」

 僕は彼女にそう言い、屋上の行き方を探すことにした。

 後ろ側に周ると屋上へと続く階段を見つける。

 いつもは鍵が掛かっているのだろうが今は壊されていた。彼女が壊したのだろう。

 うわぁ…少し高いな。

 リプレイハンバーグなんて食べていないぞ?

 くだらないことを考えているといつのまにか屋上についていた。

 「あ、良かった。まだ飛び降りてなかった」

 屋上に着くとすぐに彼女が目に入った。

 下から見てもわかるような綺麗な黒髪で顔も整っている方だった。

 そんな彼女が屋上で何をしていたのか予想は簡単に思いつく。

 さて。彼女に何から伝えようか。

 冷たい風が頬に刺さる。

 ビルの屋上だからか風が強く寒い。

 「えっと~君の名前は?」

 「私は…葉山」

 なるほど。名前を教える気はないようだ。

 少しだけ考える仕草をする。

 そして、すぐに彼女に近づく。

 「……ちょ!何」

 「今から少しだけ時間あるかな?」

 僕は優しく彼女に言葉を放った。

 運命の巡り合わせなのだろうか。最後の日に。

 彼女に出会えたのは。

 

 

 東京都文京区近くのビル。

 時刻は午後7時。

 ここから下を見下ろすと仕事終わりの人たちが帰って行くのが見える。

 4月の頭なのにまだ夜になると寒いものだ。

 もう疲れたし、別に私がいなくなっても誰にも迷惑はかからないし、困りもしないだろう。

 ここはとあるビルの屋上。ここから飛び降りたら少しだけ迷惑だけど許してください。

 私は覚悟を決め、フェンスを上り息を整える。

 こんなに目立つ場所にいるのに誰も私を見ない。

 もうこれで私の人生が終わるけど、悲しくはない。

 悲しくはないけどなんだろう。この心のざわつきは……。

 そう思いながらも、私は片足を空中に置く。

 「おーい!そこで何をしているの?」

 私はその声を救世主からのお声だと錯覚し、足を引っ込める。

 すぐさま救世主の方を確認した。

 そこには、私と同世代と思われる、黒髪で少し背の高い男性が立っていた。

 私は驚きで声が出なかった。

 それを感じ取ってくれたのか、彼はこちらに近づいて来た。

 「今から行くからそこで待ってて」

 「え…?」

 どうしよ…え、ここに来るの?

 とりあえず戻らないと。

 すぐさまフェンスを上り、3分ほど彼が来るのを待っていた。

 待っているとすぐさま彼は来てくれた。

 「あ、良かった。まだ飛び降りてなかった」

 あなたが待てって言ったからね。

 それから2分ほどお互い沈黙だった。

 周りの風の音、賑やかな人たちの声だけが響いている。

 この沈黙を破ったのは彼の方だった。

 「えっと~、君の名前は?」

 彼は頭をかき、困りながら沈黙を破った。

 それより、最初に聞くのがまず名前?

 なんか普通違くない?なんで自殺しようとしたの?とかさ。

 色々聞くことあるでしょ。

 それなのに名前から?

 「…私は…葉山」

 もちろん嘘の名前を教えた。

 全く知らないし、怪しい人に自分の事を教えたくない。

 何かを察したのか彼は「うーん…」と少し悩んでいた。

 少し悩むと彼はいきよい良く私に近づいて来た。

 「…ちょ!何」

 「今から少しだけ時間あるかな?」

 「え…まぁ。今から死のうとしてたし」

 自殺しようとしていた私だ。

 もう家に帰る気が無かったからいくらでも時間はあるけど…。

 そう言うと彼はいきなり私の手首を掴んで走り出す。

 「いや、ちょっと!何、どこ行くの!」

 「いいから、着くまでのお楽しみ」

 「はぁ!?」

 この手を振りほどく事も出来たのだが死ぬ前に少しだけ付き合おうと思った。

 

 

 彼に連れられて結構歩いた。

 「ねぇ、ほんとにどこまで…ってここって?」

 だいぶ歩いたと思ったら目の前にあったのは東京ドームシティだった。

 東京ドームシティとは、よくテレビで比較とかに使われる東京ドームがある場所だ。

 大きさはほんとにデカい。

 それに、近くにテーマパークが備わっていて、夜の11時までやっている。

 「ここに何しに来たのよ、まさか遊ぼうなんて…」

 「よし!全力で遊ぼうか!」

 「うっそ~…」

 また彼は私の手首を引っ張り、入場ゲートまで走って行った。

 


 「何から乗ろうか」

 「別に何からでもいいんですけど…」

 入場してからは何故か奥の方へと進んでいた。

 周りには多くのカップルや子供連れの親が多く、賑わっていることがすぐにわかる。

 それに、みんな笑顔で楽しんでいるように見え、人気なのだともすぐにわかる。

 だが、私は一ミリも楽しくない。

「ん~…。最初はあれとかどうかな」

 彼はどこかに向かって指を指した。

 刺した方向を向くとちょうどみんなは悲鳴を上げて、手を上げていた。

 そう。彼が指を指したのはジェットコースターだった。

 「最初にジェットコースター!?」

 「え、ダメだった?」

 「ダメではないけど…」

 え、ジェットコースターって最後の方じゃない?そう思うのは私だけ?

 最初は入り口近くでお土産見たり静かなものに乗るものじゃないの?

 「あ、まさかビビってる?」

 「はい?」

 私が…ビビってる?

 さっきまで自殺しようとしていた人間ですけど?

 ジェットコースター如きでビビると思っていらっしゃる?あ~そうですか。

 別にジェットコースターが初めての体験だからほんの少しだけ怖いなんて思ってないですよ。

 私、自殺しようとしてますから!実質1回死んでますから。

 「いいよ。なんだって乗ってあげるよ」

 「じゃあ、さっさと行こうか」

 「ちょ!もう逃げないから、手放してよ!」

 周りから見たらバカップルにでも思われているのだろうか。

 けど、この手を振りほどく事は私には何故かできなかった。

 時間も時間だったので待ち時間はなくすぐに乗ることができた。

 安全バーは下げられたが少しこのジェットコースター自体が古い。

 ほんとに点検してるのかと疑うほどだった。

 これ…落ちたらどうするのさ。

 乗る手前になってすごく怖くなって来た。さっきの言動を訂正したい。

 少し手が震えて来た。

 「大丈夫?」

 「何が?」

 「手が震えているけど?」

 隠そうとしたが彼は見抜けたらしい。

 私はすぐに震えを自力で止める。

「別に大丈夫だけど」

「手握ろうか?」

「いらないです!」

彼は笑いながらおちょくってくる。おかげで少し緊張がほぐれた。

それから動くまでの数分間は彼の話を聞いていた。

最近あった面白い話。意外と面白く笑ってしまっていた。

数分話しているとやっと動き出した。

最初はゆっくり進んでいく。

ゆっくりとゆっくりと恐怖が溜まっていく。風も少し強くなっていき少し揺れる。

そして、このジェットコースター醍醐味でもある斜面へと近づいていく。

だんだんとゆっくりと上へ上へと上がっている。

そして、頂上に到着する。

無理無理無理無理無理。

怖すぎるでしょ!目開けられないって!

「葉山ちゃん葉山ちゃん」

「なに!」

「目を開けてみな!すごいよ!」

「無理だって!」

「いいから。いいから。騙されたと思って」

どうして開けなきゃいけないの!

私は恐る恐る目を開ける。

「うわぁ…」

そこには街灯と遊園地の光が重なり街で見れる最上級の夜景だった。

この夜景を見るためにジェットコースターに乗る人もいるのではないか。

「葉山ちゃん葉山ちゃん」

「なんですか」

夜景に見惚れていたら横やりが入った。

「見惚れている所悪いけど…もう下るよ?」

「あ…」

上は極楽、下は地獄。上に行けば下に行く。それは世界の理であり、ルールなのかも知れない。

「あの~」

「どうした?」

「手握ってもいいですか?」

「む・り♡」

は?

そして、ジェットコースタ―は下へと下って行く。

「ぎゃゃゃゃゃゃ」



 「ねぇ、そんなに怒らないでよ」

 「私を弄んでそんなに楽しいですか?」

 ジェットコースターを終えて、近くのベンチに腰を掛けていた。

 「ごめんごめんって」

 彼は手を合わせ、半笑いで誤ってくる。

 絶対本気じゃないよ。これは。

 時刻は午後8時。

 一応学生の帰宅時間は午後9時。

 そろそろ、ここを出ないといけない時間だが、どうしたものか…。

 「ねぇ、最後にあれ乗らない?」

 そう言い、彼は観覧車の方に指を指した。

 「観覧車ですか?」

 「そうそう。ロマンティックで良くない?」

 ロマンティックではあるけど、それは好きな人同士でと言うか…。

 まぁ、最後くらいは付き合うことにしようかな。

 「ふふ、わかりました。ほら、早く行きましょ」

 私はいきよいよく立ち上がり、彼の手を引っ張り小走りで観覧車の方へと向かった。

 なぜか彼と手を繋いでる時間は心地が良かった。

 待ち時間もなくすぐに観覧車に乗ることができた。

 「……」

 「……」

 観覧車はゆっくりとだが確実に上へと向かって進んでいく。

 ヤバい。どうしよう。すっごい気まずい。

 彼はどこか遠い方を見てるし、私はどうすればいいのかわからない。

 昔は早く感じたのになぜか今はとても長く感じる。

 やっぱり、彼には自殺の理由を話すべきだろうか。だが、この空間がとても重く切り出せない。

 話すのは嫌だけど彼にだったら話してもいいかもしれない。

 「「あのさ」」

 まさかの被り!?

 彼も私に話したいことがあるらしい。

 「はは、先にどうぞ」

 彼は笑いながら会話の主導権を渡して来た。

 だが、さっきまでは言おうと思っていたが、いざ言おうとすると喉で詰まってしまう。

 「いや…私のは大したことないので先にどうぞ…」

 渋々、貰った主導権を返すことにした。

 風が少し強くなってきたのか観覧車が1番高い所に到達したのかわからないけど少し観覧車が揺れる。

 「わかった。じゃあ、僕から言うね」

 彼はこれまでにないほど真面目な顔つきで私を見つめる。

 傍から見たら告白されるのではないかと勘違いしてしまうほどだった。

 「このあとさ。君と生きたい場所があるんだけど時間とかあるかな?」

 「このあと…?私は大丈夫ですけど、あなたは?」

 「一瞬で終わるよ。それにこの場所から近いから。あ、けど9時は少し過ぎるかも」

 「まぁ、別にいいけど…」

 「そう。ありがと」

 なぜか少しだけほっとしている。

 ほんとに告白されるのではないかと心配してしまっていたのだろうか。

 それとも、まだ彼と一緒にいられるからなのか。

 そのあとはまた沈黙が続いて、観覧車が一番下まで到着する。

 「降りる時、気を付けてね」

 「あ、はい」

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのは何故だろうか。

 この人と別れたらまた、違うところで…今度は人目が無い所で死んでしまおうか…。

 「葉山ちゃん危ない!」

 「え…いてっ」

 「ほら、降りる時気を付けてって言ったじゃん」 

 「えっちょ…」

 考え事をしていて足元を見ていなかった私は足を挫いて転びそうになった。

 だが、彼が私を抱きかかえる形で守ってくれた。

 「すいません。ありがとう…ございます」

 「はいよ。ちゃんと足元は見ようね」

 「はい…。気を付けます」

 なぜか、顔が熱くなっているのがわかる。

 私は何を照れてんだよ!

 「じゃあ、また付いてきてもらってもいいかな?」

 「あ、はい。わかりました」

 そう言い、彼は少し早歩きで目的地へと向かう。私もそのあとに付いて行く。

 途中でタクシーを捕まえて移動することにした。

 そこから何も話すことはなく20分ほど歩いて、ある場所にたどり着いた。

 「ここですか?」

 「そう。ここ毛利庭園」

 

 毛利庭園とは、少し町から離れた所にあり、水が流れていたり、木が多く生えており、夜にはライトアップされており、デートスポットにされることが多い。

 ここってデートスポットだよね?

 え…は…?初めて会った人と?

 私達は近くにあったベンチに腰を掛けた。

 「こ、ここに来たのはどうしてですか?」

 私はすぐにここに来た理由を聞いた。

 この時間は人気もなく今なら何でも話せるような気がしたからだ。

 「そうだね。もう少し落ち着いてから聞こうかと思ったけど…今聞こうかな」

 やっぱり、あのことだろう。

 空気感から伝わってくる。

 「なんで葉山ちゃんは自殺をしようとしたの?」

 彼はまた真剣な顔をして私に言葉を放った。

 理由は誰にも話さないで死ぬつもりだった。けど、彼と遊んでみて彼は悪い人ではない事はわかる。ちゃんと聞いてくれるのではないか。

 「あのね…私ね…」

 言葉が詰まってしまう…。

 いざ、言おうとすると何も言おうか考えれなくなる。

 「あ…あ…」

 頭が真っ白になる。

 私は…私は…。

 ずっと言いたかった「助けて」という言葉。

 言える状況になると何も言えなくなる。

 「大丈夫だよ。ゆっくり話そう」

 暗い出口の見えないところに一つの光が差し込むようだった。

 彼の言葉に何度救わるのだろう。

 今欲しい言葉を絶妙なタイミングで言ってくれる。

 今だってそうだ。彼は私の目を見て向かい合ってくれる。

 私も彼とちゃんと向かい合いたい。

 一呼吸。大きく息を吸って息を吐く。

 真っ白だった脳みそに酸素を入れる。

 思考を回転させる。

 正常に機能させる。

 過去の記憶を呼び戻す・

 「あれは…絵あたしが中学生の頃の話」

 

 中学の頃の私は、まだ学校生活が楽しかった。

 友達が多く、女子グループの中心的存在で放課後はよく友達とカラオケやゲームセンターに行ったりして暇がなかった。

 それに、同じクラスのイケメンと付き合っていて、まさに薔薇色な人生だった。

 出る杭は打たれる。

 地獄と言うのはいきなり何の前触れもなく訪れる物だった。

 ある日の事、いつも通り休みの日に彼氏とデートをしていた。

 最初は気になっていた映画を見たり、欲しかった化粧品などを買ったりと楽しかった。

 午後7時頃、いつもなら解散するか、ここから夜ご飯にするか。

 だが、彼が行きたい所があると言って住宅街の方まで来た。

 最初は親に挨拶とかするのかな。ともしかしたら彼の家に泊まるのかもしれないと思っていた。

 だが、家の電気が点いてなかったり、車もなかった。疑問があるまま家に入った。

 家に入り部屋の扉を開けた瞬間、絶望した。 

 部屋を開けるとそこには何人かの男子と何人かの女子が性行為をしていた。

 驚きしすぎて私はただ立っている事しか出来なかった。

 目の前が真っ白になっていき、過呼吸になった。

 覚えているのは彼らがだんだんと近くに寄ってきたところから意識がない。

 多分玩具にされたのだろう。

 その日の記憶はほぼ思い出せなくなった。

 そこから、どうやって家に帰ったのか、親に何を言われたのか全く記憶になかった。

 その日の記憶は思い出したくもないし話したくもない。

 私はそれから学校に行けず不登校になった。

 親に早く行きなさいと言われるが私はもうこの世界、人間が信用ならなかった。

 外に出ることを体が、脳が否定していた。

 そして1ヶ月が経った頃から異変が起きた。

 いつも来ていた生理が来なかった。

 その時はただ周期が遅れているだけだと思っていた。

 だが、だんだん胸が痛くなったり、体が怠かったりと体が明らかに変化がでてきた。

 私は念のため妊娠検査機を買ってきて試してみた。

 結果は陽性だった。

 原因はわかる。レイプされた時に避妊をしていなかった気がするし、何人もたらい回しにされたからしててもおかしくない。

 とりあえず、親にすぐに相談をした。

 伝えるとお母さんは泣き出し私を叩いた。

 なぜ、私が叩かれないといけないのかと思った。

 私が悪いの?レイプしてきた奴らが悪いんじゃないの?

 元カレが悪いんじゃないの?

 この世界が悪いんじゃないの?

 今でもそう思っている。

 そこからお父さんが帰ってくるまでに何があったのかどうしてこうなったのかを詳しく伝えた。

 起こった日に私は説明をしていなかったらしい。

 お父さんが帰って来てからすぐに同じ説明をした。 

 もちろんめちゃくちゃ怒られた。

 私は泣きながら違うのと否定をしていたが親は何も聞いてはくれなかった。

 娘の話を何も聞かないのは酷い。

 次の日、病院に行くがやっぱり妊娠をしていた。

 母は泣き、父は呆れていた。

 話し合った結果、子の件は流産することが決まった。

 うちには子供を育てるお金もないし、労力もない。

 その日から家族から私の見る目を変えた。

 私から話しかけても曖昧な返事、無視をされる。

 元カレとは連絡が一切できなくなる。

 高校には入れたいとの事でお金は出してもらい、自宅から電車で2時間ほどの所に決めた。

 理由は私の事を誰も知らないところで再スタートしようとお母さんの案だった。

 お父さんはやや反対気味だった。

 決めたはいいが私の身体はもう回復できない程だった。

 寝る時、布団に入るといつも思う。

 もう死にたい。楽になりたい。もう頑張ったんじゃないか。

 何回も何回も思い、ある日。ふと一本の線が切れた。

 入学式の前日。

 私は自殺をすることを決意した。

 夜に家を抜け出し、簡単に登れそうなビルを探し、死のうと思ったけど止められて今に至る。

 

 

 「こんな感じかな」

 誰にもこの気持ちを言う事はなかった。だが、彼にはなぜか全部話すことができた。

 下を向いていた私は彼がどんな顔をして、どんな事を思っているのかわからず、確認をするため顔を上げた。

 「えっ…」

 彼は微かに笑っていた。

 いや、微笑んでいた。だが、正直不気味であった。

 私を馬鹿にしている訳ではないのは遊んでわかったが、なぜ笑っていたのかはわからなかった。

 「簡単に言う事はできないが、とても大変だったね」

 「あー…そう…ですね」

 それは、私にとってはずっと言って欲しかった言葉だった。

 安心したのだろう。心でずっと溜まっていた毒が洗浄されていくのがわかる。

 また、頭が真っ白になる。それに、涙が勝手に溢れ出てくる。

 「え、大丈夫?」

 「はい。ただ…嬉しくて…誰にもそんな事言ってくれなかったから」

 「そう…だったんだね…。確か明日から高校生活だよね?」

 「まぁ…行く気はないですが」 

 「今日は帰って、明日学校に行ってみよう。また、無理だなって思ったらまた死ねばいいよ」

 また無責任な。

 そう思ったが、実はもう死ぬつもりは結構なかったりする。

 これも彼といたからだろうか。それに彼の言う通り自殺はいつでもできる。

 「それに僕だったらいつでも愚痴を聞いてあげるよ」

 その他人を幸せにする笑顔はセコイ気がする。

 「じゃあ、もう帰ろうか」

 「…はい」

 帰りたくない。

 「僕はここでお別れだけど一人で帰れる?」

 彼と離れたくない。

 「まぁ…なんとか」

 まだ、あなたといたい。

 「そか。じゃあ、また明日頑張って」

 あなたと何処かに逃げたい。

 「はい。頑張ってはみますよ」

 私がそう言うと彼は後ろを向いて歩いて行った。

 私はそれをただ見つめる事しかできなかった。

 何か話しかけるとかもできなく、私はただ立っていた。

 夜景もそこそこ綺麗でとても良い風が吹いている。このまま消えてるにはとても良い。

 そういえば、彼の名前聞いてないな。

 「あの!」

 勝手に言葉が出ていた。

 「ん?どうした?」

 彼はすぐこちらを見る。

 「お名前!聞いてもいいですか?」

 「あー…」

 彼は少し考えるそぶりをする。

 数秒…。私には数分の感覚だった。

 「明日…。明日また今日僕たちが会った場所で会おうよ」

 だから、生きてね。

 言われてないが、言われたような気がした。

 「はい!」

 元気よく。

 明日を生きる理由ができてしまった。

 私は希望と絶望を抱えて家に帰った。

 


 彼の人生は薔薇色だった。

 見た目も黒髪短髪。運動神経抜群で性格も優しい。

 みんなからとても信頼されていた。

 学校では完璧な人間を演じていた。

 先生からの評価も高く、まさに人生が薔薇色の人生だった。

 そう。表の彼はとても真面目な生徒を演じていた。

 「おい。今日は何人呼んでくる予定だ」

 いつもの集会はカラオケ。

 彼を含めて5人で会議をしていた。

 テーブルには4つ分の飲み物とポテトが置いてあった。

 「大体5人の女性は用意できそうです」

 「そうか…。4人か。少ないな。おい、淳。お前彼女いたよね。連れて来いよ」

 「業くん…。それだけは許してくれないかな」

 「あ?お前らやれ」

 それを合図に取り巻き2人が怯えている彼を抑え込み腹パンや蹴るなどの暴行にでる。

 何度も殴られているのだろうか。体中が痣だらけだった。

 「お前は死にたいのか?死にたくないなら彼女を連れてこい」

 「お願いだ…彼女だけは…許してくれないか」

 「はぁ…まだわかってないな」

 彼は怯えた彼に近づき思い切り顔面に蹴りを入れる。

 「人生なんてただの暇つぶしなんだ。だが、暇をつぶせるのは強い者だけなんだ。弱い者はその暇つぶしの駒に過ぎないんだよ。だからさっさと連れてこい」

 彼の裏の顔は学校では真逆の存在である、ヤクザ的のリーダーである。

 自分が面白ければそれでいいし、詰まらなければ誰かを使って楽しくしたい。

 手段は問わずに。

 自分の快楽に身を任している。

 いつもそうだった。暇さえあれば女を捕まえて遊んで捨てる。

 その日もそうだった。

 怯えていた彼の彼女を連れて来た時もそうだった。

 初めてだったようだが俺らにとっては関係なかった。

 だが、こんな非道な彼でも大事なものは存在していた。

 中学2年の彼の妹だった。

 家にいる時は常に妹と遊ぶほど妹の事を好いていた。

 妹には、僕みたいな奴に付いて行ったらダメだよ?簡単に男を好きになったらダメだよ?と常にくぎを刺していた。

 彼は妹さえいればそれでよかった。

 だが、妹と2人でデートする日。事件は起きた。

 今日の予定は遊園地に行き羽を伸ばすといったもので彼も楽しみにしていたであろう。

 妹も随分とはしゃいでいた。

 「おい。最初は入り口側から巡るのが鉄板じゃないのか?」

 「おにぃは甘いね。それだとお土産選びで疲れるでしょ?最初からマックスで遊ばないと。最初はジェットコースターでしょ!」

 「いきなり飛ばすな…」

 「へへ。それでね最後は観覧車に乗るんだ。付き合ってよね。おにぃ!」

 「はいはい。仰せのままに」

 傍から見たらほんとに幸せそうな兄妹だった。

 だが、この世界はそれを許してはくれない。もう一度言う。

 出る杭は打たれる。

 ジェットコースターを乗り終えた兄妹は近くにあったベンチに腰をかけていた。

 「私お手洗い行ってくるね」

 「ひとりで行けるか?」

 「…何歳だと思ってるの?一人で行けるよ。ちょっと待ってね」  

 「はいよ」

 1時間。

 まだ、妹は帰ってこなかった。

 最初はトイレが混んでいるだけだと思っていた。

 いや、そう思いたかった。

 だが、経った時間は1時間。これはどう考えてもおかしい。

 彼は急いで妹を探しに行った。遊園地にある全てのトイレを周り、もちろん迷子センターにもくまなく探したが妹の姿は見つからなかった。

 「はぁはぁ…どうして」

 ピロン。

 都合よくスマホが鳴る。

 嫌な予感がした。いや、寒気もする。この連絡は確実に妹関係だ。

 彼は恐る恐るスマホを確認する。

 できれば妹からの連絡であってくれ。

 そんな希望はすぐに打ち砕かれるのだ。

 昔にレイプした女子の彼氏からの連絡だった。

 送られてきた内容は簡単だった。

 「妹はもう使えなくしといた」

 その連絡と一つの写真。

 縄で縛られ涙を流している裸の妹だった。

 彼は怒り、動揺、恐怖、色々な精神状態になり、その場から動けなくなる。

 だが、彼はすぐに思考を正常に戻す。

 今できる事、妹をどうやって取り戻すか。それだけに集中する。

 …そういえば昔にコイツの家で目の前で彼女をレイプしたな。

 その家のルートは覚えている。

 すぐに彼はイツメンに連絡し、応援を呼ぶ。

 そこからは至って簡単だった。

 家に乗り込み、妹を救う。

 簡単だった。そう簡単だったはずなんだ。だが…。

 妹はもう心も何もかも壊れて一言も話さない人形になってしまった。

 彼も必死に前の妹に戻すために色々と試行錯誤をした。

 だが、それも全て無となってしまう。

 ある朝、また彼は妹の部屋に訪れるが、そこにいたのは逆メトロノームとなっていた妹だった。

 彼はすぐに妹を助けるが時術に遅し。妹はもう冷たかった。

 彼はその時にやっと気がついた。とても遅くに気が付いてしまった。

 これまでの自分の言動。皆を自分の暇つぶしの駒にした事。多くの女性をレイプし中には自殺までさせてしまった事。

 そして、それらが無かったら妹はまだ自分の隣で笑っていてくれたことに気付いてしまった。

 だが、気づいたからと言って彼の言動に許されることはない。

 その後すぐに、イツメンを集め彼の口から解散が告げられた。

 警察に自首する者も数人いるため先に自首するように促した。

 彼は自首しないかって?

 彼はできる限り、知る限り自分がレイプをした女性に謝りに行くことにした。

 もちろん、殴られるは慰謝料を払えなど言われるがそれは自業自得だった。

 だがしかし、そんなことを毎日のようにしていると自分が悪者だが、心が蝕まれていく。

 もう死んでもいいのではないか。

 そう思って月を見た時。とても綺麗な黒髪の彼女に出会う。

 彼女は明白に覚えている。メンバーの彼女でとても綺麗だった子だ。

 自殺しようとしているのは見てすぐにわかった。

 彼も自分が精神的にもうしんどいのはわかっていた。

 だから彼女でラストにしようと決める。そうして声をかける。

 「おーい!そこで君は何をしているの?」



 翌日、昨日の気持ちが嘘だったかの様に学校に行きたくなかった。

 私の事を知っている人はいないと思うが、それでもまだ誰かと話すのは苦手。

 それに、この布団の温もりから離れる事ができない。

 そんなことを思っていると扉のドアが勝手に開いた。

 「ほら、今日始業式でしょ。準備して行きなさい」

 「はい」

 やっぱり自殺をしておくべきだった。

 彼に止められてもあの後にするべきだった。

 だけど…。まぁ…。今日は頑張るか。

 私は重い腰を上げ、布団から出て学校に行く支度をする。

 支度と言っても歯磨き、洗顔、制服に着替え、筆記用具と大事な書類をカバンに入れるだけ。

 ぶっちゃけ支度するより朝ご飯を食べる方が時間がかかるし嫌だった。

 部屋をあとにし、階段を降り、リビングに入る。

 「おはよ」

 「「……」」

 家族は私との会話は極力避けているらしい。私も話したくないから、それでいいけど。

 この空間が気まずいためご飯を高速で食べて、家を出ることにした。

 「行ってきます」

 「「……」」

 私が死ぬとき、家族が不幸になる呪いをかける事を誓った。

 家を出て、歩いて10分の所に電車があり、そこから2時間かけて高校へと向かう。

 偏差値も高くなく、生徒の民度も悪くない所を選んだ。

 電車に乗っている人たちもだんだんと降りていく。 

 高校は結構田舎の方にあるため、だんだんと人が減って行き、私と同じ制服を着ている人たちだけが残る。

 電車を降りてからは全く見たことがない景色に少しだけ圧倒された。

 この高校は海に面しており、電車から降りると一面綺麗な海が見える。

 高校までの道のりが少しわからなかったが、さっきまで近くにいた同じ制服の人達のおかげで道には迷わず高校にたどり着いた。

 駅からは徒歩10分とまぁまぁ近い。

 高校に着き、自分のクラス表を確認する。 

 新しい友達を作るチャンスだが、私は人が多く軽く具合が悪くなり、そんな事を考える余裕がなく、すぐに自分のクラスへと移動した。

 教室に向かい扉を開ける。

 まだ、誰もいないらしい。少し早くついてしまったらしい。

 自分の席を探し、着く。

 運が良く私は窓側の一番後ろ。つまり、主人公席だった。

 外の眺めも最高で一面海を見ることができる。

 海は悩みを消すというのは本当で私の悩みを流してくれたような気がした。

 黄昏ていると教室の扉が開く。

 「あ、もう来ている人いたんだ!」

 明るい声で黒髪ロング清楚キャラと言ってもいいくらいの美しさ。

 アニメの世界だとヒロインと呼ばれるキャラがいきなり現れた。 

 「おはよう!来るの早いね。いつからいたの?」

 「そんなに早くはない…かな。さっきくらい」

 「そうなんだ!あ、私。加奈。羽島 加奈って言うの。あ、それに席横だ~」

 「よろしく…私は…」

 今思えばあの人にほんとの名前を教えていなかったな。

 まぁ、怪しさ満々だったから仕方ないけど……。

 今日会ったら謝って教えよう。

 「私は沙由美」

 「さゆみちゃんね!じゃあ、さーちゃんだ!」

 「さーちゃん?」

 「うん。あだ名!」

 「あー…ね」

 このノリキツイな。

 話しかけてくれたのは凄く嬉しかったけどこれはキツイ。

 最初は私しかいないから仕方なく話しているだけでクラスの人が増えたらただの

<横の人>になるだけ。

今は、楽しく話すふりだけしておこう。

けど、おかしいな。あの人とは気軽に話せたけどな。

彼女の話を右から左に流しているとクラスメイトが集まってきた。

もちろん顔なじみなどいるはずがいない。

そのためにこの高校を選んだ。

そこからは始業式も終わり、クラスの自己紹介が始まった。

右上から始まり、名前、どこ中から来たのか、趣味、最近の悩み、クラスに一言。

基本的にどこの高校でもやるような項目。

 だがしかし、この行為はこのクラスでの立ち位置を決める要素でもある。

 まじめな自己紹介をすればクラスの会長になったり、ノリがいいとクラスのムードメーカーになったりする。

私たち陰キャ組だとぼそぼそと話して「あ、あいつ陰キャだ」と思われてそこから1年はいじめられてしまう。

つまりこの自己紹介で私の立ち位置が決まる。

どうしようか。

次々とみんなが自己紹介していく、今日遅刻している生徒がいることが判明した。

判明したと言うか、先生がその人の順番が周ってきた時に教えてくれた。

始業式に遅れるなんて…すごい人だ。

そんなことを考えていると加奈さんの番まで進んでいた。

「はい!私の名前は羽島加奈と言います。ここから近い海端中学から来ました!えーと、大体は皆さんと同じ中学なので顔なじみが多いと思います!趣味は最近だと食べ歩きです。スイーツとかに目がなく休日はスイーツバイキングなどに行ってます!最近の悩みはそのせいで少し太ってしまったことです!」

「「はははははは」」

「え、えーと!これから1年間よろしくお願いします」

やはり、彼女は凄い陽キャオーラがする。

もう、このクラスの中心的存在になっている。

笑いどころもちゃんと抑えている。

こんな自己紹介をされるとこれから自己紹介する我々がかわいそうではないか。

そして、1人が終わり、2人、3人、4人、そして私の番です。

 急に手が震え始める。

 落ち着け、私がまたイジメらない様に…あの人に励ましてもらったんだ。

 がんばれ、私。

 「初めまして、若口 沙由美と言います。新郷中と言う東京にある中学から来ました」

 「え、東京…?」「なんでこんな所に?」「東京だと偏差値高いから?」

 まぁ、言われ放題だよね。わかってる。

 昔の私ならもう心が折れて、明日から不登校になっていただろう。

 また、学校に行きたくないって、また不登校になって親に見放されてまた自殺しようとして。

 馬鹿にされる。

 もう、こんな私は嫌だ。

 十分休んだでしょ。私。

 「趣味は映画鑑賞やショッピングなど結構幅広いです。最近の悩みだと買い物とか一緒に行ってくれる相手がいなくて向こうでも友達が作れなくって」

 けど、違う。今の私は違う。

 「だから、一回新しい自分になりたくて、この高校に入る事にしました。えーと、クラスに一言ですよね」

 まだ、震えが止まらない。このセリフを言って好印象を持たれるか引かれるか。

 安全な道を通りたいがそれはもうやめた。

 辛い道を選ばないと得られる物は少ない。

 私ならできる。彼が言ってくれた様に。

 「まず、クラスの人全員と友達になりたいです!東京などの観光スポットは大体把握しています!東京の事を聞きたい場合は私のところまで!代わりにここら辺の事を教えて頂くととても嬉しいです。以上まだ、友達がいない若口沙由美でした」

 恥ずかしくて、いきよい良く着席をする。

 目を瞑って下を向く。

 教室が静まり返るのがわかる。

 やばい。リアクションがない。滑ったんじゃないか。

 「さーちゃん?私達もう友だからその自己紹介間違ってるよ?」

 「え…?」

 「さっきもう友達になったでしょ?」

 「いや…あれは何というか…。え、あれで友達になれるの?」

 「え、ならなんだと思ったの!?」

 「ただの会話かなんかの儀式?」

「儀式って!?」

 「はは、何あの2人。面白いんだけど」「え、ちょっとだけ推せるんだけど」

 「来週東京行くから聞いてみようかな」

 私達の漫才と思われるやりとりが意外とウケる。

 え、意外といい形で自己紹介ができたみたい。

 この高校では楽しく過ごせるかも?

 だが、幸せを感じた後は地獄が来る、死神はこちらを見ていた。

 自己紹介が終わってカリギュラムの話をしている時、教室の扉が開いた。

 「すいません。遅れました」

 低く落ち着くような男性の声。

 何度も聞きその声が好きだった。

 そして、一夜でトラウマになった声でもある。

 「お、ちょうどいい。君はそのまま自己紹介しなさい」

 「…はい。河原淳と言います。えと、新郷中から来ました。こんなんでいいですか?」

 「え、さーちゃんと同じ中学?」

 「さーちゃん?」

 やめて、彼だけにはバレたくなかった。心臓がうるさい。

 鼓動がうるさくて息ができない。前が真っ白になる。

 「沙由美?」

 名前が呼ばれそれに反応して前を向く。目が合う。

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

殺して。

「明日だけ頑張ってみよ」

 …そうだ。約束。今日だけ頑張らないと。

 彼に会うんだ。こんな弱い私を見せたくない。

 昔の私と戦う時だ。

 「久しぶり。淳君。こんなところで会うなんて」

 「……沙由美」

 昔と何も変わらない。

 見た目も私の名前を呼ぶ優しい声も多分性格も何一つ変わってないのかな。

 「はい。じゃあ、自己紹介は終わり。河原君はあそこの席ね。じゃあ、カリギュラムの話を続けるからね」

 胸がはち切れそうなくらい痛い。

 まだドキドキしてるし、今にでも消えてなくなりたい。でも、気持ちはスッキリしている。

 なんでどろうね。

 そこからは少しだけ楽しかった。

 近くの人と話すみたいな遊びをやったり、クラスの目標を決めたりと今まで楽しくなかったことが楽しかった。

 今日は午前授業だったのですぐに授業が終わり、帰る準備をしていた。

 やっと彼に会える。

 「ねぇ、さーちゃん!この後時間ある?皆でカラオケとか行こうかなってそれと町の案内とかも一緒にしようかなって」

 すぐにあそこに行かなければいけない。

 だけど、彼女がしてくれた行動はとても嬉しい。

 「ごめん!今日はこの後用事があって行けないの!けど、明日とかは暇だから明日とかにお願いしたい」

 「うん。わかった!明日ね」

 明日の用事もできるようになった。確実に成長はしている。

 「沙由美。少しいいか」

 「淳君…」

 カバンに荷物を入れていると彼が近づいて来た。

 どうして私の所に来れるの?私にあんな事しておいて、私はすごく辛い目にあったのにあんたは笑って過ごして。

 「お前に話したい事がある」

 「今更話すことなんてないよ」

 「お前が無くても…」

「私がないって言ってんじゃん!」

つい頭に血が昇って怒鳴ってしまった。

加奈ちゃんも驚いた顔でこちらを見ている。

初日から変な印象を与えたくない。

これは困ったな。仕方ないかな…。

 「はぁ…。わかった。どこ行けばいい?」

 「ついて来てくれ」

淳君の後ろを付いて行き、あまり人気のない所へと向かった。

まだ、人気のない所に向かうのはとても怖い。しかも淳君と。

私達は屋上に向かう階段に来た。

始業式の日にわざわざ屋上に人は来ないだろうという読みなのだろう。

 「で、話って何?」

くだらない話なら一発殴って帰ろうと思う。

だが、一瞬でその考えが変わった。

 「すまなかった」

驚く第一声。

頭を下げ、私に謝った。

 「え……?」

もちろん私は謝罪されるとは思っていないため困惑をしてしまう。

 「なんで今更謝ってるの?」

 「遅いのはわかってる。君から逃げていた事も認めるよ」

 「は……?何を今更?あんたのせいで人生めちゃくちゃなんだよ…。友達もいなくなるし、親からも軽蔑されるし、生きる理由を無くしたんだよ」

ずっと言いたかった。ずっとコイツにぶつけたかった言葉が涙と共に出て来た。

 「なんであんな…。なんで私を裏切っての!教えてよ!」

 足の力がどんどんと抜けていく。体にある水分が全て目から出てきているかもしれない。

ずっと知りたかった。

なんで私があんな目に合わないといけないのか。 

その理由を聞くまで死んでも悔いがあった。

 「……実は俺がつるんでいた奴らに言われたんだ」

 はぁ……?

 「言われたって?」

 「お前の彼女を連れて来いって」 

意味が分からない。私は彼をどついた。

「本気で言ってるわけ?普通それで彼女連れてく?あんたそれでも私の彼氏だったの?」

「俺だって……何度も断ったよ!何回も!」

 そう言い彼は腹を見せて来た。

「えっ……」

そこには腹部に大きな傷があった。

それは一度ではなく何度も何度も殴られたり熱せられたり何かをぶつけられたような傷があった。

断ったりしてついた傷なのだろう。

 私のためだろう。それで耐えきれなくなったのだろう。

 それで私を差し出した。

 「ごめん……ほんとに君を連れてくのは嫌だった。けど、我慢ができなかった。すまない…」

これを見せられたら何も言えるはずがない。

 この傷は私を守るため。

 もう少し耐えてよ!私の事をもっと考えてよ!

 そんな事が言えるのならそれはもう人間じゃないのかもしれない。

 「そっか……。淳君も大変だったんだね」

「けど、ありえないよな。自分を守るために彼女を売るなんて」

 「ううん。私でもするかも……。私もごめんね。今まで淳君の事最低なクズ野郎だと思ってたけどクズ野郎だった」

 「クズ野郎ではあるんだな」

 「もちろん」

 「「ははは」」 

 何故だか自然に笑えてきた。今だに彼の事が好きなのかもしれない。

 少し話を聞いたら私を追いかけてこの高校に来たらしい、少しストーカー気質がある。

 それに少しだけ懐かしい気がして仲直りしてよかったと思う。

 「そいえば、そのつるんでた人とは離れられたのか?」

 「なんかリーダーの妹が亡くなったらしくて、しかもそういう事してたから逆恨みで殺されたらしい」

 「うわぁ最悪」

 「それで、グループは解散。自首する奴らも出てるらしいがリーダーの奴は色んな所に謝りに行ってるらしい」

 「なるほどね」

 まぁ、した事がした事だし自業自得ではある。むしろ死んで償えとも思う。

 「あのさ?俺たちもう一度やり直さない?」

 「え?」

 「いや、俺はまだお前への気持ちは全然変わってない。こんな最低な奴だけど次は死んでも沙由美を守る。……どうかな?」

 すごく嬉しい。それは正直な気持ち。だけど、なぜか心のどこかで何かが引っかかる。

 この心の引っかかりはおそらく彼だろう。

 彼とも勝負しないと。

 「ごめん!ちょっと1日だけ待ってもらってもいいかな?」

 「あ、うん。それはいいけど」

 「それと、今から私行かないといけない場所があるから!」

 「え、ちょ!」

 走れ!今からあの場所で彼に伝えないと!

 途中先生に何か言われたけど気にしない。

 会ったら話したいことがいっぱいある。

 無事に学校行けたよ。

 クラスで友達が1人できたよ。

 恐かったけど勇気を持って自己紹介ができたよ。 

 彼とも誤解が解けて仲直りできたよ。

 この心臓のドキドキは貴方が好きだからなの?

 

 

 私はがむしゃらに昨日の道まで来た。

 電車とかで時間はかかったけど、時刻は午後5時。

 おそらくまだいるだろう。

 だが、待ち合わせ場所に行くと人盛りができている。

 それに、皆はスマホを掲げて上を向いている。

 月でも撮っているのだろうか。

 私は一旦息を整える。

 「あの、どうして皆さん上を向いているのですか?」

 「うん?なんか首吊って自殺している人がいるから撮ってるらしいよ。最悪ですよね」 

 なんだそれは。胸糞が悪すぎる。

 だが、少しだけ気になる。

 私も上を確認する。死んでいる姿を見たいとかじゃない月を見たいのだ。

 え…どうして…。

 月を見上げるとそこには君がいた。                                   

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月を見上げるとそこには君 イチゴミルク @amakusa828

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