第11話 誘拐

 

 

ハッと目をあける。夜中のはずなのに部屋に誰かいる。


何かが私の顔を押しつけている。それは靴の裏だった。誰かがベッドに脚をあげて、寝ている私の横顔を踏んでいた。ピンヒールが口の端に入ってきて、苦い土の味がした。


「……っ、っ」


とっさに逃れようとしたら別の誰かが私の両足首を掴んで勢いよく引きずった。


「ゼイツ准ッ……」


バシンッ!

顔を叩かれて目の前で星が散る。


「オマエ、あのヒトにキスされた?」


深みのある女性の声。話し方に独特のアクセントがある。魔女だ。ということはこの人、キェーマ后? 私はまばたきを繰り返して、暗がりに浮かびあがる彼女の姿に目を凝らした。魔女の象徴ともいえる、豊かなソバージュの髪だからやっぱりそうなのかもしれない。私をにらんでいる。


「キスされたかってきいてんだよ」

「されてないです……誰にですか……」

「されてナイ?」

「誰にもキスなんかされてないです」

私は懸命に首をふった。夜中に顔ふまれて起きたら知らない人たちがいて、意味不明な質問されて答えるのがやっとだった。もう一人の人物、私の両足首を片手で掴んでいるのは……まさかのデッカイーナ人だった。ベッドの天蓋で顔が見えない。天井に頭がつくほどの巨躯で、肩から腰へソードベルトが渡っている。

いまさらだけど、これって夢じゃないんですよね???


「よくも五階でキャーキャー騒いでくれたね」

キェーマ后が私の喉に爪を立てた。

「あぅっ」

「アリエナイ。あのヒトね、凄いキス魔なのよ?」


あの人ってどっちのことなんですか(涙)五階にいたのはゼイツ准将じゅんしょうですよ。

わけがわからないけど、どうしてキェーマ后が私にキレているのかは見当がつく。エリアス様がHの最中に私の名前を呼んでいたから。ふらちな妖精が国王様をたぶらかしたと、そう思ってるのだ。


「たしかにこの部屋にいるとムラムラしてくるな」


デッカイーナ人が言い、私は恐怖のあまりぷつんと糸が切れたみたいだ。気づくと金切声をあげていた。


「うるっさいわね! ラージ大将、押さえて!」

デッカイーナ人が私の頭をつまみ、キェーマ后が口にスライムを張りつけてきた。私はスライムを吸い込みそうになって呼吸をおかしくした。


「ドライヴランド、起きてるぞ。物音がした」

「ネゾウが悪いだけよ。強力な眠り薬なんだから三日三晩起きやしないわ。心配ご無用」

「心配なぞしていない。お前こそ、こんなところで油売ってないで早く行け。外の奴らに姿を見られるなよ」

「わかってるわよ!」


なんか喋ってるけど頭に入らない。私は後ろ手に拘束され、両足首も縛られてしまった。全身に鳥肌が立った。連れて行かれるんだ、私。デッカイーナ人が私を小脇に抱える。私はうつ伏せにお腹のあたりを持たれ、気持ち悪くなった。

明らかに普通じゃないこの状況。誘拐されてる。デッカイーナ人が階段をおり、私は必死に四階の扉に目で訴えた。


助けてゼイツ准将!!


だが鉄の筋交いが入った扉は閉まったまま、出て来てくれる気配はない。それどころか中から聞こえてきたのは、


「 ぐー  ぐー ふごっ」


といういびきだった。


「フフフッ」

後ろでキェーマ后が笑う。私は口惜しさで暴れた。さっきの私の叫び声は届かなかったのだ。もっとずっと力の限り抵抗して、ありったけ叫べばよかった。

「ワタシはこっちから出るわ。じゃあね」

キェーマ后が裏口から外へと姿を消す。私は正面のドアへ連れて行かれる。

外から人の気配がしてくる。


「おおおおお! 妖精だ!」

「ウホオオ!」


アーチドアの外で起こったどよめきに、私は首をあげて周囲を見た。そこには男たちの集団が待ち構えていた。あちこちで松明が掲げられ、斧を手にしている者、大剣を背負っている者、汚れた顔の男の人たちが私を食い入るように見ている。手を伸ばしてくる。助けてくれるようには見えなかった。


「これが本物の妖精!」

「オホホーッ」

やだ、やめて触らないでっ。


デッカイーナ人が彼らを押しのけた。


「傭兵ども、お前らのすべき仕事は分かってるだろうな?」


それに対して何人かが答えた。

「ああわかってるよ! おれたちが妖精さらって売りさばいたってことにすりゃーいーんだろ」

「ちゃんと妖精チャンだって用意してんだぜ」

妖精? 私と同じように捕まった子がいるの? 頭を起こして探すと、しかしそこにはドレスを着たおじさんが立っているだけだった。背中に羽をしょって。

「ぎゃっはっはっはっ!」

「あーーーなんかムラムラすんなああ!」

「ウホッ、ウホッ、ウホッ」


男たちが奇声を発する。


「渡した眠り薬はちゃんと飲ませたのか?」


「ああ! ボブが犠牲になったんだがな、聞いてくれよ――(回想シーン)


数時間前。

庭でせっせと腕立て伏せをしているゼイツ。(フェルリナにさんざん煽られたので邪念を払おうとしている)

そこへ牛乳屋を装い、エプロンに帽子をかぶったボブがやってくる。

ボブ「おばんです! 牛乳いかがですかい?」

ゼイツ、腕立てをやめて立ち上がる。

ゼイツ「こんな時間に配達か?」

ボブ「おいしい牛乳が搾れたんで、いち早く届けたくて来ちまいました。どうですだんな、グイッと一杯?」

受けとるゼイツ。

ゼイツ「ちょうど喉が渇いてたんだ、もらおう」

そう言ってボブを首固めして瓶を口につっこむ。

ボブ「ぐふぉっ!」

ゼイツ「怪しすぎるんだよお前が飲め!!」

ボブ「ごぶぶぶぶっ」


――てなわけでボブは昏睡状態さ。けどその間のどさくさにまぎれておれたちがキッチンへ侵入し、麦茶に混ぜといた。アイツ筋トレ後に一気飲みしてたぜ」

「馬鹿な男で助かったな」


ゼイツ准将、罠を回避したようで結局飲んじゃったんだ。

私、終わった……。


「ラージのだんな、後金はいつ払ってくれるんです?」

「おれがデッカイーナについたらな」

「送金ですか?」


ドンガラガッシャン!


塔の一階で騒々しく皿が割れて物が落っこちた。


ガンガラガッシャン! ゴスッ からんからん……


「……」


デッカイーナ人が足をとめて、塔を振り返る。

中から人影が、よろけながら出てくる。

私は求めるようにその人を見つめた。

 

 

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