第5話 仮面

 

 

小包の中身は、いつもの薬剤の他に、惚れポーションなど、色々よくないものが入っていた。フェアリーアイランドの外では違法な薬物だったはず。見つかったらホントに逮捕されちゃうじゃんっ。


「まったくもぉ。いたずらばっかりするんだから」


妖精にも二種類いるんですよね。フェアリーは怖がりで引っ込み思案なのに対し、ピクシーは悪戯でいじわるです。


「飯だぞ」


急にゼイツ准将が言って、私は飛びあがった。ノ、ノックした? 慌てて小包の蓋をする。


「その薬があればもう心配ないのか?」

准将が言った。

「そっ、それがですね、薬草が必要なんです。だから探しに行きたいんですけど」

「なんていう草だ?」


ゼイツ准将がポケットから黒い端末機器をだす。位の高い軍人さんが持っているやつだ。生殖地を調べようとしてくれているのだ。


「……う、ウシナウ草です。セイヨクウシナウ草」

ゼイツ准将が黙って親指を動かし、端末機器に打ちこんでいく。指が長くてごつごつした手に私は見とれてしまっていた。

さっき……ずっとつないでてくれた手……ああっ、考えちゃだめ!

「これか?」

と見せられた画面をのぞきこむ。毛糸みたいに細い草で合ってる。私はうなずいて、写真の下の記載を読んだ。


〝フェアリーアイランド山地にのみ棲息。めったにみられない〟



「――……に送ってもらえないのか? 聞こえてるか?」


意識がどこか遠くへ行っていたようだ。ハッ、と気づくとゼイツ准将が喋っていた。


「送ってもらえないのか?」

「それが……全滅しちゃったらしくて」

「全滅?」

「あ、でも、探してもらえば、違う場所に生えてるかもしれないです」

「俺の方でも探させてみるが。これを飲むと体調がよくなるのか?」

「えっと、体はだるくなるんですけど、一応、死なないで済みます……」

「だるくなる?」

「あ、はい」

「どんな風にだ?」


尋ねられて、私は戸惑った。もう一年もそれが当たり前のことだったから、だるさについて今更考えたことなかった。


「一日一回でかけたら、あとは部屋で寝てる感じです。山へウシナウ草をとりにいって、帰ってきて飲んで、ベッドにばたって」

「…………」


返事がないのでゼイツ准将の顔を見あげると、眉をひそめて何かを考えているようだった。

「よくねえな」

と彼は言った。


「それじゃ薬っていわないだろ。根本の原因はなんなんだ? 根っこの原因を治せば、病気自体消えるんじゃないのか?」


この病気になったきっかけ。脳裏に黄色いしっぽがよぎって、私はふと目に涙をためた。


「……とりあえず早急に探させる。だるいのは可哀想だが、あった方が安心だろ。……飯、食えるか?」

私はうなずいた。


今、ゼイツ准将が心に寄り添ってくれた感じがした。病気のこと、真剣に考えてくれてた。


先に階段をおりていった准将が、一階につくなりエリアス様と喋りだす。


「この仮面は自分自身への戒めなんだ。フェルリナ姫に合わせる顔がないという」

「さっき普通にあがってこようとしてたじゃねーか」


一階におりた私は、キッチンの影に立っている人物を見つけてぞわっとした。エリアス様なのだろうけど、鉄仮面をつけているから気味が悪かった。


「我が愛しき姫、弁明させてください。ゼイツはわざと僕に殴られたんです。あなたに囚人の真似などさせて、罪悪感があったんでしょう。野獣のような男ですが、人並みの神経は持ち合わせているようです」


いきなり何のことかわからなかった。ぽかんとしていると、ゼイツ准将がテーブルの料理に手を伸ばしてつまみ食いした。


「こらそこっ、君はいつも手が早いんだぞ!」

「知るか」


エリアス様は胸に手を当てながらこっちへ来るとちゅう、棚に腰をぶつけていた。鉄仮面の両眼の所に穴があいていて、瞳が一生懸命動いている。近くで見ると、あんまり怖くなくなってきた。


「さ、どうぞ姫様こちらへ」

「あ、ありがとうございます」


さっき、暴力ふるっちゃったことを気にしてるんだね。でもそれは私のせいでもあるみたいだし、うわあ、おいしそう。テーブルへ誘われた私は、並んだ料理に笑みがこぼれた。先に一人で、パンにバターを塗っているゼイツ准将の隣に座る。向かいでは鉄仮面が姿勢よく私に首をかしげてみせている。どのタイミングで食べ始めたらいいのか、恥ずかしくなって下唇を噛むと、


「ほら」


とゼイツ准将からバターを塗ったパンを渡された。私はそれをありがたくちょうだいして、ひとかみした。香るパンもバターもおいしい。


「我が国の小麦がお口に合うといいのですが」

エリアス様が言う。

「おいしいです」

と私は笑顔で答えた。エリアス様はティーカップを口元まで持っていき、カツン、と当たると下ろした。

「フェルリナ姫。改めて謝罪させてください。このたびの狼藉を」

「い、いえ、お気になさらないでください」

「何か欲しい物はありませんか? あなたの気が晴れるようプレゼントがしたいのです」

私は笑って首をふった。

「では行きたいところはありませんか? どこへでもお連れします」

なんだか話が脱線しているような……? そのためにこの塔に来たわけじゃなかったはず……。私は横にいるゼイツ准将をちらりと見た。准将はパンを噛みちぎっていた。

「別にいいが。俺のいる時にしてくれ」

え、いいの? そんな風に言われると、胸が躍った。……そういえば私、ずっとだるくてお出かけなんてしてなかった。イークアル公国、どんな町並みがあるんだろう。

「……確かに君は必要だな。その強靭な精神力は賞賛に値するよ」

エリアス様はティーカップを口元まで持っていき、カツン、と当たると下ろした。

「何回やんだよそれ、仮面外せよ」

「つい癖で紅茶を飲もうとしてしまうだけだ。今日一日は外さない」

「夜、さっそく后が来るんじゃねえのか?」

お后様が? 


カタ……カタカタカタ


私はエリアス様の震えている手元に目をとめた。

 

 

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